ロマンス・アルカナム
「………………ぅ」
「おいこれやりすぎたんじゃねえの?」
「やりすぎってやりすぎてんのはどう考えても俺達じゃねえし」
「隼人が死んだのこいつのせいだろ」
朦朧とする意識に、前後の記憶が結びつかない。頭が痛い。ズキズキする。冷たい、熱い。熱い。濡れている? 何で?
「ていうかお前強く殴り過ぎ。殺す気で殴ったろ」
「だって……」
「まあ生きてたからいいじゃん。おーい硝次、起きてるか?」
聞いた事がある声も、識別が出来ない。冷たい液体を身体にかけられて、朦朧としていた意識が強制的にたたき起こされ、ぼんやりとだが正常な視界が戻って来た。
「…………桶。坂」
「おう、良く死ななかったな。頭から血流れてるの止めたけど、これでちっとは延命出来るよな。死ぬ前に聞きたいと思ってたんだけどさ、どうして隼人殺したんだよ」
「…………………………ぁ?」
俺が―――隼人を?
どうして?
「何だよその釈然としない顔。普通に考えたらわかんだろ。女子共さ、お前の為に動いてんだから。黒幕はお前じゃん。何でそんな事すんだよ。俺等なんかしたかよ」
黒幕?
俺が?
――――――ああ。
男子には味方と思われていないくらい分かったが、黒幕とまで思われているのは想定外だった。別に、俺が甘かっただけだ。俺が好きである限り全てが免罪符になるのなら、それは俺の命令に因るものだと思っても不思議はない。
理由とかじゃない。そう思われても仕方ない状況なのだ。俺が幾ら弁明しても言い逃れにしか見えない。困ってる様な素振りは嫌味にしか見えない。そういう事なのか?
「つーか隼人殺すのはおかしいじゃん。お前の親友だったのに。アイツなんかしたのか? それだけでも教えてくれよ。俺等もお前拉致したからどうせ殺されるっぽいし。いやまあ殺されるくらいなら殺すけどな。刑務所入ったっていいよ別に。卒業まで女子に抑圧されるとか嫌だし」
「いやー女子と別の教室使えるようになったのは幸運だったよな。先生も協力してくれたし。何人くらい道連れに出来るかな」
「その前に、隼人と同じ目に遭わせるのよくね? 女子が発狂する様とか見たいだろ!」
女子も男子も、手遅れか。異様なハイテンションはお互い戻れない所まで来ていると言っているに等しい。そしてそれは、俺にはどうする事も出来ない。
―――死ぬのか?
別に、無抵抗を貫きたい訳じゃない。この手に拳銃があるなら容赦なく引き金を引く。覚悟とかじゃなくて死にたくないから攻撃するだけの話だ。しかしそんな妄想は学校にテロリストが来た様な物で、都合が良すぎる。だって俺は銃なんてゲームじゃないと扱えない。そもそも男子全員を殺せる技量もないし。
まあ、それでもいいかもしれないと思う自分はいる。生き残りたいと思ってはいるが、同時に生き残れるとも思っていない。諦観している部分が何となくあるから、どんな酷い目に遭っても完全に折れないのだ。
何となくこうなる気がしていた。そんな言い訳がきいてしまうから、耐えられる。
ヤミウラナイは終わったが最後、全滅するしか未来が残されていないのだろうか。知尋先生は本当に幸運だった? それこそ都合が良すぎないか。自分でもどうして生き残ったのか分からないと言っていたが、それなら俺にも方法がある筈だ。先生には特別な出自もなければ理由もない。むしろ加害者こそ因果応報で以て死ぬべきだった。道理に沿うならその通り。だがそうはならなかった。
天罰を信じている訳じゃない。ただ客観的に責任を取って死ぬべきだった人間が死ななかったのなら、抜け道がある筈だ。
「………………俺を」
「あん?」
「俺を…………………………解放、してくれ」
「………………解放って。散々俺等にやってきた事無視してそれかよ。お前ってマジで最低なんだな。隼人の奴、可哀そうだよ。お前みたいなゴミを親友だって本気で思ってたのに」
確かに俺はゴミだったかもしれない。実際ゴミみたいな奴だ。『無害』なだけのゴミだった。隼人の事を親友だって本気で思ってた。アイツより優しい奴はこの世に居ない。心の底から聖人だったと信じていた。
信じている。
諦観している部分は認めよう。どうせ何処かで死ぬと今も思っている。だがそれ以上に、今は死にたくない。親友が命を張ってまで助けてくれたこの命は、生き続ける限りその意味を無駄にしていなから。
視界が明瞭になっていく。ああ、俺の命が僅かだとしても。生きる為にはプライドなんて捨ててやろう。
「たすけてくれえええええええええええええええええええええええ!」
俺に対する愛を強いられた女子に頼るのは、悪手だろう。だが生きる為ならば、喜んで使う。瀕死の俺がそんな声を出せた事に男子達が一瞬怯み、それから即座にレンチを握って俺に向かってきた。次に意識を失えば二度と元には戻らない。そして俺には避ける体力もない。
だから彼女は、それよりも早く教室に入ってきて、まずはレンチを握った桶坂に対して躊躇なく発砲。あまりにも慣れた手つきで、頭部に向かって。
「え……」
たった一発の銃声が狂気に追い詰められていた男子の動きを鈍らせる。間髪入れずに残りの弾が吐き出され、瞬く間に六人が死亡した。
「私の」
ポケットから取り出した次の拳銃をまた全弾発砲。それをもう一丁、もう一丁。もう一丁。
「旦那に」
拳銃が無くなったら今度は医療用のメスと思わしき刃物を取り出し、失禁と脱糞で殆ど気絶状態にあるような最後の生存者に向かって振り下ろした。
「触るなあッ!」
血走りつつ、焦点の合わない瞳。
過剰な息切れ。
俺の知る先生とは似ても似つかぬ狂気に、何やら不思議と納得が行ってしまった。
ああこの人は、ヤミウラナイの加害者だ。
きっと二十年前も同じような顔をして、暴れていたのだろう…………
「起きてください、センパイ。まだ死んでないんですよ。死んだと思わないで下さい」
「………………う」
「ゆっくり。目を開けて。死なれたら困るの。お願いだから…………目を覚ましてください」
強張っていた身体が、ほぐれていく。頭に響いていた激痛が少しずつ収束していく。ゆっくり目を開けると、隣に椅子を付けてこちらを覗き込む夜枝の姿と―――ここは何処だろう。見覚えのない天井だ。
「…………………や、え」
「はい、夜枝です。生きてて良かったですね。先生の応急処置が良かったのかそれとも……まあ、いいかな。ここは私の家です。早い話がセンパイを匿ってます」
「―――病院、は?」
「病院なんて行ったら被害が広がるだけだと思いませんか?看護師の人がつきっきりになるかもしれないまでは良くても、クラスの子が取り返しに来るかも。私の硝次を奪うなって。そうなったら病院が壊されちゃいますよ。保健室の先生に感謝してくださいね」
「……先生、何処だ? 確か俺は…………先生に。ぐッ!」
身体を起こそうとして夜枝に制される。ちょっとお腹を押されるだけでも抗えないくらい、今はとにかく体に力が入らない。
「先生はついてきませんでしたよ。なんか、『自分を殺したくてしょうがない』とか言ってましたね。ここには私とセンパイの二人だけです。両親も居ません。センパイは元気になるまで大人しくしていてくださいね。ここは病院じゃないので科学的な治療は出来ませんけど、まあまあ。治りますよ」
「自然療法みたいなのは……嫌だぞ」
「自然派とか嫌いなんで、そこは安心してください。今のよわっちい貴方には微塵も興味が湧きません。健全で居てあげますから、大人しくするように―――おっと、そう言えば制服のままでしたね。着替えてきます。少し外しますね」
撫でるように俺の手を握って、夜枝は部屋を出て行った。扉の表面には何故かお札と、見た事のない模様が書き込まれている。そしてそれは扉だけじゃない。
鏡を見るに、俺の身体中にも書き込まれている様だった。
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