生理・不貞の吊り橋実験

或いは、強情だった。不当な理由でモテ始め、理由もなく愛を口にされて怖くなって。だからずっと避けてきた。こんな不健全な状態の好意を受け入れるのは、お互いの為にも良くないと思っていた。夜枝の存在も大きかった。下品な発言が品性という意味で露悪的というか、こんな奴等に屈してはいけないと思わせてくれたのは彼女の立ち振る舞いも大きい。

 女体ワクチンは接種して正解だった。

 ―――や、やわらかい。

 無抵抗で抱きしめられる女子というのが、まずこの状況だと存在しなかったのもあるだろうが、こういう体験を痴女達で味わわなかったのは幸運でしかない。靡かないつもりだったなんて、俺は自分をどんな強靭な意志の持ち主だと評価していたのだろう。無理無理無理。土台無理な話にこれ以上付き合っていられない。気持ちよさや安心感と言った一点で攻められたら本当に危なかった。

 そんな風に盛り上がっていたのは俺だけで、肝心の錫花は随分早く眠ってしまった。仮面は好きにしていいとの事だったが無理やり取るのも良くないだろうと思ってそのままだ。呼吸は不自由してないらしいが、寝息からすると不自由に慣れているからそこまで気にしていないだけな気がする。俺も彼女の抱き心地があんまり良いから、勝手に盛り上がったのも束の間、それが嘘の様に眠ってしまった。



「起きて下さい。新宮さん」

 


「…………ん……」

 何度か耳元で囁かれて、意識を引っ張り上げられる。抱きしめていたつもりが、気が付くと顔を胸に埋めて、抱き枕というかただの枕みたいに頭を預けていた。

「……………………」

 寝起きなので頭が働かない。何故自分がこんな状態になっているのかも頭では理解しているがリアクションが追い付かない。顔を埋める柔らかさを撫でるように触って、ようやく行動が紐づいた。

「うわあああああ! ごめん!」

 慌てて飛び退くも、錫花はノーリアクションのまま横たわっている。どれだけ身体を預けていたのだろう。白いTシャツの胸元が凹んで、側面から見ないとハッキリしなかった胸の膨らみが正面からでもハッキリと分かる。中学生らしく体つきは小さいから相対的にも大きく見えている。いや、バスタオル姿でなくともこんなに爆…………って違う違う。

「夜這いされた訳でもなし、気にしないで下さい。むしろ謝るべきはこちらの方かなと」

「は……………はあ?」

「魘されてたみたいでしたから、安心させる為にこういった形にせざるを得ませんでした。ただ抱きしめるだけだとあまり落ち着かない様でしたので、胸で顔を挟みました。あまり殿方の事には詳しくないのですが、当主様が旦那様に毎夜行っているという話を聞いていたので」

「…………うなされ、てた。何か言ってたか?」

「央瀬さんの事を気にしていましたね。ずっと謝ってました」

 どうも、そう簡単には割り切れないようだ。頭の中では区切りをつけたつもりでも、無意識にはずっと後悔している。吹っ切れたつもりが全然そんな事はない。俺はなんて思い切りのない人間だ。いつまでも引きずっていたら、何処かで折れる。そこまで分かっているのに忘れられていない。

「新宮さん」

「何だ?」

「私は迷惑に巻き込まれるのが嫌なので協力してるだけですが。その過程で貴方に潰れて欲しいとは思いません。ただ無作為無配慮に助けを求めるのではなく、自分の手でどうにかしようとするその心意気に好感を持ってすらいます。私には身体を差し出す事しか出来ませんが、辛いならいつでも頼ってください」

「…………学校は良いのか?」

「こんな呪いを放置してたらいつか被害が広がると思います。ご心配なく。新宮さんが大丈夫そうな時に、隙を見て登校しますから」

 錫花の、悪意がなさすぎていっそ浮世離れした善意には困惑している。夜枝が言ったら条件反射で反発しそうな言葉もすんなり受け入れてしまった辺りが、スタンスとか思想の違いをハッキリ表しているのではないか。

 時刻は朝六時。登校するには早すぎるか。今日は金曜日で、明日になれば休日だからのんびりと過ご―――す訳にもいかないのだが。日常の名残で少しだけ嬉しくなってしまう。 

「早速ですが今日は登校したいので、私に用があるなら今のうちにどうぞ」

 錫花は身体を起こすと、服の凹みを直してベッドの上で正座をする。どうでもいいが俺は正座中に背筋を伸ばすのが辛いタイプなので慣れている彼女がちょっとだけ凄いと思っている。

「あー……えっと、ヤミウラナイって呪いなんだろ。先生が影響を受けないのは何となく分かるじゃん。前やったからみたいな。お前は何で受けてないんだ?」

「呪いは共存しません。呪いに掛かる筈の相手が既に別の呪いに掛かっていた場合、どちらがより強いかという勝負になります。むしろあの人の方をすんなり終わらせている方が分かりませんね」

「え?」

「話を聞いてる感じだと、素人ですよね。どうして終わったかもハッキリしていない、となると今回も影響を受ける筈です。ヤミウラナイの範囲が分からないので詳しい事は言えませんが、今は新宮さんの校内に影響が留まっていて……先生という事は、教師ですね」

「保健室のな」

「なら今回も影響を受けている筈。受けていないなら何か隠しているか。それならまだマシな方で、最悪なのは受けているのを隠している場合です。こっそり情報を流されたりすれば大変な事になりますね」

「それは………………」

 絶対にあり得ないとは言わない。この状況で絶対に内通者たり得ないのは夜枝と錫花だけだ。前者は己の欲望に忠実で、それ以外は無関心という性質から、後者は単に学校が遠いのと、女子の横暴に対するクレームを俺に言ってくる常識さから。

 先生の方は逆に錫花(というか水鏡)自体に疑いを持っていたが、俺はどちらも信じようと思う。今は疑う理由がない。

「後もう一つだけ……頼みたい事がある」

「はい」

「先生が起きるまで………………もう一回だけ」

「―――どうぞ」

 気持ちよさに耐性を付けておく事が重要だと判明した。ヤミウラナイに感染した女子からは淫乱ウイルスが出ている。その瘴気に当てられたが最後、俺の人生は破滅するだろう。ならばこそ、早々に二回目のワクチンを接種するべきだ。いや、なるべく多く回数からだを重ねるべきだ。


 未成熟と呼ぶにはたわわでくびれた中学生の肉体に飛び込んで、俺は暫く考えるのを辞めた。夢中になんか、なってない。



















「硝次君!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 校門を通り過ぎた瞬間、拡声器による声を至近距離で浴びせられて聴覚が狂いかける。そうだ、忘れていた訳じゃないが実感として薄れていた。夜枝も先生も錫花もまともな方だ。俺と対話する気があるというだけで健常だ。

「探したんだよ! 何処に行ってたの家に居なくて何処で泊まってたの誰の家!? 女! 男?」

「ど、何処でもいいだろ」

「心配してたんだよ! …………無事でよかった。本当に心配してたんだから」

 涙目になって俺に飛びつく丹春。ちょっと前なら突き飛ばそうと頑張っていただろうが、女体ワクチンのお陰で耐性が生まれた。どうせ離そうとしてもどさくさに紛れて胸を揉まされるのが関の山だ。抵抗しないのが抵抗である。

「…………ちょっと、確認させてね。大丈夫、何もしないから」

 丹春は目の前でしゃがみこむと、俺の股間に向かって顔を埋めて、くんくんと臭いを嗅ぎ始めた。

「は!? ちょ、うおおおおおおやめろって!」

 その行動は予想外で身体が離れようとしたものの。直後に背後から現れた佐々島五月に羽交い絞めにされて、身動きを封じられる。

「だーめーだーよー! 硝次君に悪い女がついてないか調べてるんだから! 丹春! 後で私にも嗅がせてねっ」

「絶対にヤダって言いたいけど、今は都子が邪魔だから勝手にして」

「うおおおやめろ! これは何の拷問だ!」

「硝次君が都子とエッチしてないかの確認」

「してない! してないからやめろ! 俺の事を信じろってえええええええええええええええええ!」

 これは単に恥ずかしい。やめて欲しい。俺の声に吊られてわらわらと校舎からゾンビの様に湧いて出てきた女子は瞬く間に取り囲むと、全員が黄色い声を上げながら俺をコンクリートに引き倒し、無差別にキスを繰り出してきた。

「うわあああああああああっぷ―――――」

 HRの鐘が鳴るまでの不本意なキス。それと引き換えに俺は、知らず知らず揺葉が提案していた計画を手助けしていた事に気が付いた。



 隼人の家の電気が点いていた事で、どうもクラスメイトはアイツがまだ生きていると勘違いしているらしかった。

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