淫乱・純真=スウィートホーム
隼人が使っていた家で風呂に入ると、嫌が応でもアイツの事を考えてしまう。家族を失って家を失って、それでも俺と一緒に戦ってくれた男。墓だって、本当はもっと立派な物にしてやりたかった。何故荒らされる可能性まで考えた結果あんな場所に埋めないといけないのか。
ガラガラガラ。
「ぶっはあああ!」
その姿を認識した瞬間、俺は勢いよく湯船の中へとダイブ。慌てて視線を逸らすと、声を荒げた。
「ちょ、まだ入ってる最中なんですけど! 何してるんですか!」
「何って……配偶者なんだから、背中でも流そうかなって思っただけだ」
「だからって裸になる必要ありますか! 本気で言ってます!?」
「冗談で裸にはならないよ。一応私にも貞操って物があるからな。ただ君に責任を取ってもらう事になったら遅かれ早かれこうなるんだ。その…………本当に迷惑なら、やめるけど。ごめんね。距離感が分からなくて」
「あーいや。やめてくださいよ。そういう聞き方はずるいしもっと押してください。なんか否定しづらくなってきたじゃないですか」
「……錫花ちゃんに代わってもらった方がいいかな。君も若い方が」
「そういう問題じゃなあああああい! 待って、分かりました。あの子呼ぶくらいだったら先生にお願いします。二人共俺の事なんか好きじゃないのは分かってますけど! 何となく危ない気配がするので!」
女体ワクチンの発想を出した子を風呂場に招き入れる訳にはいかない。一理はあったから俺もある程度は受け入れちゃったし、この調子で丸め込まれると俺は女子に対して何ら強気に出る事が出来なくなる。中学生に間違って手を出すよりは、先生とどうにかなった方が健全な筈。
「ただ、俺は後ろ向いてますからね。それ以上は……やめてくださいよ」
「分かってるよ。ついでに頭も洗ってあげようか」
「もうこの際なんでもいいです。お願いします」
知尋先生の年齢を考慮して、その裸体に興奮するかしないかと言えばしてしまう。年上好きとかそういう話じゃない。それこそ人間の構造として、どうしても。大体先生の破滅を招きそうな黒い色気はある程度の年齢にならないと醸し出せまい。
湯船から上がり、黙って身体を差し出すと、先生はぎこちない仕草で体を洗っていく。もう見られたのは仕方ないものとして、局部には触らないと信じている。身体がどうしても緊張してしまうが、先生の手は泡のお陰か滑らかで、とても優しい。
「ヤミウラナイの責任は、誰にあるんだろうね」
「……はい?」
「死にたくなる事がある。ヤミウラナイのお陰で大勢の人が死んだ。生き残ったのは私だけだった。彼に迷惑をかけた子一人とっても、親がいただろうし、兄弟だって居たかも。好きだった彼にだってそうだ。親も妹も、親戚も友達も大勢いた。その全ての責任は、誰がとるべきかな」
生き残った、知尋先生。
客観的にはそういう事になるのかもしれない。しかも先生は加害者側だ。それで生き残ったともなれば遺族の矛先は何であれこの人に向いてしまう。
「……だから、離れたんですか?」
「そうだ。もう死んでしまったけれど、両親と共に夜逃げした。全部捨てる事になっても、私の方が大事だと言ってくれた…………お陰様で、こうして生きてはいるけど。遺族はきっと今も、悲しんでいるんだろう。ヤミウラナイが集団パニックか何かだと勘違いしたまま……私が生きているかどうかは問題じゃない。全員死んだと思っているからこそ夜逃げは成功したんだろう。だけど、私自身はどうだ? これは背負うべきじゃない責任なのか? 私達が、あの事件を引き起こしたのに」
「………………先生」
「自己満足、自己犠牲、何でもいい。ただ私は、自分に許されたいんだ。だからチャンスがあるなら死にたいと思っている。出来れば君を守って、役に立ってさ。生きていたって仕方がない。苦しいのはもう十分だ」
罪を償いたい訳じゃない。
一生贖罪の気持ちを持って生きていく事に耐えられない。先生は最後まで自分勝手な理屈を言っているが、俺だって同じ立場なら同じ望みを持つだろう。自分勝手で何が悪い、自分を大切に出来ない奴が誰かを大切に出来ると思うな。なんて俺の言えた義理でもないのだが。聞いてる分にはそう思ってしまう。
自分を蔑ろにする発言は、たとえその意図が無くても自分を大切に思っている誰かを蔑ろにしている様なもの。
「先生。死ぬよりももっと良い方法があると思います」
「…………何?」
「俺を生きたままヤミウラナイを終わらせるんです。そうしたら俺は、先生に死んでほしくなくなります。先生は優しいので、死んでほしくない俺の意向を無視して死んだりしませんよね」
「………………」
「先生の悩みを聞いて、俺も随分馬鹿な凹み方してたなって思います。一番いいのは今回のヤミウラナイを終わらせる事。それが隼人の為になる……俺一人じゃ無理なんで。これからも生きて助けてくださいよ。それで終わったら、俺が先生を幸せにします。婚姻届けにサインした通りね。自分は不幸で、生きていても仕方ないなんて思えなくなるくらい幸せにしたいと思います。だから死なないで下さい。俺は先生をまだ好きでも何でもないですけど、死んでほしいと思えるくらい嫌ってる訳でもないんです」
「………………………いい男だな、君は。モテるのも分かった気がする」
「やめて下さいよ。あっちは大して理由もなく好きになってるんです。俺は『無害』なだけ。隼人の方が百倍くらいいい男です。間違いない」
「…………モテると言えば、ヤミウラナイの話か。あの場では言わなかったけど―――気のせいかもしれなかったからさ。でも君には言っておこうかな」
「何ですか?」
「ヤミウラナイ。水鏡の男の子さ…………そう言えば死体を見てないんだ。生き残りが居るとしたら……彼かも」
「じゃあ、抱いてもらえますか?」
「ぶふっ!」
「ぐはっ」
就寝直前になって語弊のある言い方に俺も先生もむせてしまった。風呂上がりに直ぐそんな申し出をされると余計にそれっぽくなる。辛うじてそれを減算しているのは仮面であり、気休め程度の差し引きだ。
「言い方!」
「他にありますか?」
「いや…………無いけど」
「おおう……浮気を堂々とされるとはね」
「先生誤解です。違います。これはれきとした対策です。他意はないんです」
「いやあ、無理しなくてもいいんだ。私みたいに細っこい女よりもボンキュッボンな中学生の方がいいのは無理もないというか。胸の突っ張りに対してくびれてるなんて反則っていうか。勝てる訳ないっていうか」
「違います! 錫花、お前も何とか言ってくれ!」
「はあ…………?」
本当に他意がない奴の反応をされて、間接的に俺の嘘が証明された。何であれ先生に文句を言われても男に二言はない。俺は錫花を抱き枕にして寝る。服装として白いTシャツにふわふわの短パンを履いているのは助かった。下着姿だったらどうしようかと。
「良く分かりませんけど、直ぐに髪を乾かします。先に就寝準備をしておいてください」
「普通に気になったんだけど、どうして一人暮らしの学生の家にベッドが二つあるんだろうね。不思議だ」
「部屋貸した人が日によって違う場所で寝たくなる人だったんじゃないんですかね。それでは失礼します」
適当な受け答えで流しながら錫花は階段を下りていく。しばし二人きりになって気まずくなっていると、先生の方から俺に話しかけてきた。
「なんか、ますます私の知ってる水鏡みたいだな」
「そうなんですか?」
「彼もね、少し無知って言うか純真って言うか……ヤミウラナイの真っ只中で、他は全員敵だったのに私には彼が敵とは思えなかった。なんか俗世に染まってない感じがさ。中途半端に染まってるからたまに綺麗な部分が見えてしまうみたいな。ああそうそう。一応言っておくけど水鏡は私の記憶が正しければ良いとこの家だから、今後の人生を考えるなら彼女と結婚した方が楽なのは確かだよ」
「だから、浮気じゃないですって! 良いとこなのは分かってます。隼人から聞きました」
「私は君を自分の手で幸せにできるとは現状思えない。ただ君が幸せになればそれで十分だ……お金で回避出来る不幸は沢山ある。あんなロマンチックな事言われた後だけど、選択する時間はまだ残ってるんだから。慎重にね」
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