賢い愚者の陰謀論

「何処から説明しようかな。ええと、確かヤミウラナイは実行者が複数人居ても問題ない。私の時はクラスの女子全員でやったね」

「全員……呪いは必ず一人で行わないといけない決まりはないですけど、一人の方が構築しやすいのは確かです。ちょっと専門的な話は省きますけど、例えば呪殺をするなら誰か一人、もしくは専門的な数人が行います。こっくりさんは降霊術なので引き合いに出すのもどうかと思いますけど、あんまり大人数でやるのは危険だと思いますね」

「それはどうしてだ?」

「単純に何が起こるか分からないからです。ヤミウラナイの出所はネットですか? ネットじゃないなら猶更危険ですね。誰かから聞いたとなると、その誰かがほんの少し知識を持ってて悪意もあった場合、間違った情報を与えても咎められない……しかも貴方の状況から、一度おかしくなれば後から咎められる事もない。聞いた所で本人達は心の底から純粋に好きなだけだと思ってるから時間の無駄でしょう」

「……ネットかどうかは分からないけど、ネット経由だったら俺達もこんな難航してないから多分誰かから聞いたんだろうな」

 大体こんなに強力な効果が発揮される呪いなら今すぐにでも取り締まった方が良い。オカルトがオカルトたる所以は主に信憑性が無かったり現実味がない所であり、これは現実味以前に被害が出てしまっている。

「因みに人数は俺も分からん。一瞬パシられただけだから」

「説明を続けてください」

「それで……袋を用意するんだ。そこに好きになって欲しい相手の一部分を入れる。私の時は誰かがわざと怪我させて血液を用意してた。後は更にそれを隠す箱……何でもいいけど、袋が収まるだけの箱をね。お金と一緒に入れるんだ。お金は多ければ多いほどいいって言われてたから、私の時は五百円をみんなで入れてた……かな」

「なんでお金を?」

「恋愛成就という事なら、それを願う神様、もしくは霊が居る筈です。渡し賃とか手間賃の類でしょう。それで?」

「後はそれを埋めるんだ。何処に埋めたかは知らない。保険を掛けておくみたいだけど、私はクラスメイトが誰かから仕入れた話を更に聞いているだけだ。合ってるかどうかは知らないよ」

 紙には位置関係が絵で示されている。聞いた感じは概ね一致しているから特に何も思わないものの、俺は素人だ。明らかに詳しそうな人が、たとえ年下だろうと横に居る以上、見栄を張ってこの場を凌ぐ意味はない。そんな事しても自分が苦しいだけだ。

「俺の時は木箱と……硬貨。百円が一枚だったかな。それと何か入ってた袋があった。パシられたのは袋の中に隼人に関連した物を入れろって言われたから。制服の糸くずを入れる為だけに呼ばれたって言うか。後は知らない」

「………………」

 錫花は携帯を取り出すと、何処かに電話をかけ始めた。



「もしもし、お兄様? 一つ頼まれて欲しいのです。はい……ええ、まじないの資料を少々。ボランティアです。はい。有難うございます。失礼します」



「…………何してるんだ?」

「二人の話は大筋が沿っているだけで、細かい所が一致していません。ですから後日勝手に検証するつもりです。気になるのは、何かが入っていた袋とお金ですね。縁を繋げる為に身体の一部が必要なのはわかります。しかし貴方が持って行ったのは制服の糸くず。所有物かもしれませんが身体の一部ではない……とすると、元々入っている物が何だったのか」

「ごめん。当事者でも理解が及ばないんだが、それがそこまで重要なのかい?」

「重要ですね。話を聞いた限りだと、死んだ央瀬さんを相手に呪いをかけているのに、実際は貴方に……新宮さんに矛先が向いています。民間に流れるような呪いでそんな二次被害をもたらすとは考えられません。そうなると参加者の誰かが手順の何処かを改竄した……今のところは一番可能性が高い仮定です」


 ―――全員を騙して、わざわざ俺にターゲットを変えたって事だよな。


 何の為にそんな事を? 知尋先生は誰か一人が俺に悪意を持っていると言っていたが、それと妙にかみ合わない。ヤミウラナイ、今はこんな状態かもしれないが中身は特定の相手を無理やり好きにさせる物だ。大して知らないならそれを悪用しようなんて発想は出得来ないだろう。何せヤミウラナイは二十年前に一度行われたっきりで―――

「あ」

 知尋先生と錫花の顔を交互に見遣る。二人は首を傾げて怪訝そうに俺を見つめていた。

「何?」

「気づいた事でも?」

「いや……調べた感じだと、先生の事件って原因がぼかされてるっていうか。ハッキリヤミウラナイとは書かれてないんですよ」

「まあ。そりゃそうだ。犯人は幽霊ですなんて結論付ける警察はいない。何かしら科学的根拠に基づく原因が語られるだろう。集団パニックとか」

「でしょ。でもその、前例がないおまじないを悪用するって考えにくくないですか? これがなんか化学的なもんだったら知識があれば悪用幾らでも出来ると思いますけど。ヤミウラナイって多分ネットにないし。だから。恐らくなんですけど」






「先生のヤミウラナイ、生き残りが居るんじゃないかなって」


















『一応デマの効果は出てる。都子の話題を出してるのは全員そっちの生徒かな』

『ヤミウラナイについては?』

『調べたけどやっぱり出てこない。ただ、都子の存在を関知した人が協力して調べ出してる傾向があるから、私よりも先にそっちが見つけるかもね』


 隼人の家で、揺葉からの進捗を聞いている。アイツの犠牲は無駄じゃなかったと証明する為にも都子の存在には引っかかってもらわないといけない。因みにSNSの投稿からして女子は情報共有して俺の事を探し回っているらしい。

 俺も調べてみたが、本当にそうだった。ただ一人あからさまに嘘の目撃情報を流してる奴が居るが、これは夜枝だろうか。アイコンもヘッダーもデフォルトのままというのがアイツらしいというか、捨てアカウントみたいだ。


『で、殺した奴を炙り出す方法なんだけど』

『あるのか?』

『方法の一つとしてね。隼人君がまだ生きてるって事にしておくんだ。そしたら隼人君を殺した奴が反応しないかな』

『アイツを殺したがってたのは多分女子全員だぞ』

『それならそれでいいよ。殺し損ねたって事なら実行犯以外の女子が実行犯を疑うんじゃないの?』

『あー。お前、実は逃がしただろ的な感じか。確かにあんな綺麗だったら思うか……』

『ね、ね、そう思うでしょ? ……本当はこんな計画、立てたくもないんだけどな。隼人君が死ななかったら……』


 全くその通りだ。

 隼人が死なないんだったらこんな計画は必要なかった。誰が殺した。何故殺した。絶対に許さない。殺してやる。相手が誰であっても知るか。


『……高校卒業したらさ、会いに行くわ』

『え? 急にどうしたんだ?』

『会っておかないと、硝次君まで死にそうだから』

『………………そうか。じゃあそれまでには解決しないとな。俺も死にたくない』


 いつかの再会を約束して通話を追えると、知尋先生が自らの存在を知らせるように咳を払った。

「邪魔してごめんよ。お風呂沸いたみたいだから先に入れば? 夕食は、錫花ちゃんが作ってくれるってさ」

「先生じゃないんですね」

「私、こういうのはからっきしなんだ。ごめんね。一応配偶者なのにさ」

 ばつが悪そうに目を背ける先生の肩に手を置いてみる。悪意もなくついでに恥じらいもなかったり、悪意しかなかったりと俺の女子周りは散々だ。なので相対的には知尋先生が一番初心という事になる。

 だから多分―――年上にこういう言い方もどうかと思うが、たまに幼く見えるのだろう。

「気に病まないで下さい。先生との婚姻は心の支えにもなってるんです。お願いだから死なないで下さい。自分の命を大事にしてください。もう、死んでほしくないです」

「…………努力してみよう」

 階段を下りて一直線に脱衣所に向かうと、錫花が俺の着替えを畳んだ状態で盛ってきている所だった。

「お風呂、入るんですか?」

「勧められたから」

「着替えは置いときました」

「あ、ありがとう……あ、ちょっと待ってくれ」

 素っ気なくすれ違おうとする彼女の手を引き止めて、再度脱衣所に引きずり込む。割れた仮面から見える瞳がギラリとこちらを睨みつけた。

「何ですか?」

「お前の提案…………色々考えたんだけどさ。俺は隼人を殺した奴を殺したい。ついでにこのクソみたいな呪いを終わらせたい。その為にはどんな手段も使うつもりだ…………もし女子が、俺欲しさにハニトラしてくるんだったら。その時は『お前の方が抱き心地良かったわバーカ』って言えるくらいになっておきたいよな。ムカつくんだよ。好きでもない男追いかけ回して、束縛してくるなんて。だから………………そういう関係はまだ。その。お前の事を知らないから。あれだとして。添い寝くらいは――――――して。ほしいなって」

 こうなったらとことん変態に付き合わないと道理にあわない。いつかの隼人もそう言っていたように、変態にまともな対応は難しい。その全てが効果なしか逆効果か。それなら真っ向から対抗した方が拒絶の意思表示としてもいいだろう。


 快楽にはさらなる快楽を。


 認可など下りず、違法待ったなしの極上女体のワクチンを。その必要があるなら摂取しよう。

「………………そうですか」

 錫花は背を向けて、脱衣所を後にする。




「なら、抱きしめる際は加減など考えないで下さい。私の身体が壊れるくらい強く、全身に感触を覚えて下さい。私が眠っている時も身体は自由に使ってください。理性の調教には丁度いいと思います」

 扉を閉めるその直前。錫花は振り返って。



 仮面の外から漏れる瞳で、ウィンクした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る