虚ろで 快な悪待ち女子

 朝食がファストフードというのは、やっぱり良くなかったなと一人で反省している暇もなく、俺は次に向かうべき場所を必死に考えていた。せっかく彼女が俺の健全さに付き合ってくれているのだから、無駄にはしたくない。

「今日は午後の天気が良くないですね」

「んあ?」

「雨が降るって事です。風邪は引きたくないですね。センパイが看病してくれるなら別ですけど」

「あー……」

 突発的なデートなので天気については把握していなかった。というか俺が把握するべきは女子の動向であって天気ではない。『無害』なままならデートする事もなかっただろうし、それについて気にする日も訪れなかったのだから。

 夜枝は単に雨の心配をしたのかもしれないが、お陰で良い場所を思いついた。時間が経過するにつれて徐々に町も人の賑わいを見せてくるがまだ全然問題になる程じゃない。俺の事を好きな女子も居ないみたいだ。

「デート中にこんな話をするのもどうかと思いますけど」

「何だ?」

「センパイを好きになった人の範囲が分かりませんね。女性はもうたくさん居るのに」

 学校中は間違いないものの、確かに影響力が町に出ていないのは妙だ。女子が好き放題する分には咎められないが、好き放題する女性と出くわした事はまだない。そんな女性がたくさん居たらまず町中を歩けないのはその通り。


 ―――早くヤミウラナイを探れよな。


 女子は俺の事が好きなのに、その俺が動きを操れないのは何の冗談だ。


 俺の話をちっとも聞かず、やりたい事を法律無視でやりきって、挙句命の危険が迫ったら自分の命を優先する。何故こんなにも手がかりが見つからないのだろう。何でもいいから一先ず女子にはヤミウラナイについて探ってもらいたい。俺だって一刻も早くこの状況から抜け出して元の生活に戻りたいのだ。

「なあ、正直に話してもらいたいんだけどさ、俺にキスしたじゃんか。体育館で」

「しましたね」

「初めてか?」

「もしかして何事も初めてじゃないと駄目な人ですか?」

「いや……それを言い出したら俺も初めてじゃないし。キスの話だぞ。それ以外はまあ……」

 そう。俺のファーストキスは丹春に奪われている。それも唐突に、あまり脈絡もなく。

 じゃあ何故後輩とのキスを同じ様に感じたかというと、感情の問題だ。夜枝は喋れば地雷、動けば爆弾、仲良くなれば地獄行きの三拍子揃ったとんでも女だが、あの時だけは俺もほんの少し。ほんの少しだけだが、好意を持ってしまった。

 だから事実上のファーストキスは丹春でも、気持ちとして、主観的な問題として。俺にとってのファーストキスは夜枝とした事になっている。

「そうですね。一般的には初めてじゃないと思います。というか初めての人なんて居るんですかね。私のクラスの子でキスした事ない人居ないと思いますよ」

「でもお前、彼氏居ないんだろ?」

「居た事ないなんて言いましたっけ」

「穿った見方なら謝るけど、居た事ある奴が惚気に苛つくってのも妙だ。気持ちはわかる筈。その上で苛つく可能性もあるけど。恋人の有無で格付け決まってたんだろ。居た事ある奴に堂々とマウント取る奴があるか? お前の事はキモいし怖いとも思ってるけど、見た目は俺のクラスのどの女子よりも良いと思ってるよ。居た事あるなら今後できる可能性もある。そんな奴にマウントとか取れないんじゃないか?」

「うーわ最低な発言ですね。最低ですよセンパイ。モテてるからって自分がイケメンだって勘違いしてるんじゃないんですか? 自分を好きでいてくれる子に失礼だとは思いませんか?」

「好きでいてくれる結果俺が困ってるんだから勝手な事くらい言うだろ。俺が好きだからって放火、殺人、死体遺棄、不法侵入。やっていい訳ないだろ」

 失礼ならそれでもいい。嫌いになってくれと俺は言いたい。こんな最低な男を好きでいる必要はないから。お願いだから今までの凶行はやめて、普通に戻ってくれ。願わくは捕まって罪を償ってくれ。

 俺は歩く免罪符じゃない。

「―――ま、私は嫌いじゃないですけどね。せっかくだし答え合わせしましょうか。確かに彼氏、居た事ないです。でもキスは初めてじゃないですよ。その辺りはご想像にお任せします……ああでも、そうですね。自分からしに行ったという意味なら初めてです」

「……無理やりされたのか?」

「センパイに清楚で可愛い後輩ちゃんが無理やり唇を塞がれる光景を見て興奮出来る性質があるなら、どうぞご勝手に想像してください。貴方のメインディ……ごめんなさい。健全でしたね」

 やはり夜枝は発言に対して自覚を持っている。普段の下品で低俗な発言も全部意図的に、考えて言っているようだ。ますます彼女の事が良く分からなくなってきた。デートが続けられる内に少しでも理解しておきたい。


 どうせ妨害される未来は目に見えている。


「微妙に降って来ましたね」

「なら丁度いい。ご到着だ」

 天候に左右されないデートスポット。その定番と言えば、やはり水族館だろう。




















「こういう所、初めて来ました! センパイ、今日は誘ってくれてありがとうございます! ふふふ!」

 後ろ手を組み、ご機嫌そうに身体を揺らして首を傾げてみせる夜枝。心なしか上目遣いをしている様に見える。本性を知らなければ確実に惚れていた。それは弾けんばかりの笑顔からして、そうなのだが。

「あー。それはどっちだ?」

「普通に初めてですよ!」

 るんるんという擬音でも出そうな軽やかな足取りで、夜枝は目を輝かせて水槽越しの魚を見ている。この反応が素なのか演技なのかは良く分からない。知り合って日が浅いし、彼女と親しい人間も知らないからコツが分からない。疑り深くなってしまった俺を尻目に、夜枝だけが客観的には一番楽しんでいた。

「センパイ、変な魚いますよッ。名前分かりますか?」

「名前ぇ? 何とかザメだろ」

「鮫じゃないのは流石に私でも分かりますよ」

「ごめん。適当言った。因みにどの魚だ?」

「センパイがアホな事言ったせいで逃げたみた―――あ、あれですよ」

「あれが分からん。水槽デカいんだよ」

「だーかーらー。あれですってばッ」

 指示語では何を言ってるのか分からない俺と、それが理解出来ない夜枝のとんちんかんなやり取りが三分程続いたら、業を煮やした彼女が俺の腕を引っ張って自分の肩に寄せた。

「あれ!」

「あー。あれはな………………何とかっていう魚だよ」

「情報量ゼロの知ったか有難うございます。センパイのばーか」

「なんだとお?」

 いがみ合っているのかというと、そんな事はない。夜枝は楽しそうに笑って、流し気味に俺を見つめている。これは本当なのだろうか。全然何も分からない。

「……時間はたくさんあります。雨もちょっと激しくなってきたみたいですし、ゆっくり見て回りましょうか。本当に、初めてですから」

「俺も初めてだよ。行く機会が無かったからな」

「だったら楽しめますね!」

 

 ―――なんか気に入ってくれたならいいかな。


 本当はこの後の予定の方が本命というか、一番距離を縮められると思っていたが。こういう事になるならこれでいいか。

 

 

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