命と恋の天秤を拒容せよ
絶対に受け入れちゃ駄目だ。
それが知尋先生からのアドバイス。鵜呑みにした訳じゃないが、あの時の俺にとっては耳触りが良すぎて、つい聞いてしまった。この場に先生は居ないかもしれないが、だとしても直ぐに裏切る様な事はしたくないと思った。
「うわあああああああああ!」
舞台袖から連れ出された園田は、そのまま女子が整列する舞台の下に突き落とされ、人の波に呑み込まれた。
「ばがああああああああぎゃががぐ」
断末魔の叫びも女子達の処刑になすすべなくかき消される。人を殺すのに凝った武器は要らないし、そもそも女子は俺以外に興味がない。それを示す様に園田君は地面に放り出されて間もなく、何人もの女子に全力で踏み潰されて絶命した。
全力。
人間は。真っ当に教育を受けた人間なら、殺人や傷害は罪であると学んだ法治国家であるならば。相手に対する攻撃には無意識に躊躇が掛かる。それが良心や道徳心という奴だ。そんな人間がボクシングなどを始めようとすると、肉体づくりを除けばまずはこの無意識のブレーキを取り外す事になるのだが。
そしてこの学校はそんな武闘派な生徒ばかり集めた危ない場所ではない。躊躇なく人を殺すとは言っても、最終的に殺す事になったとしても。加減はすると思っていた。
「どうだ、責任を取ればすぐにやめよう。私もこんな事はしたくない」
「じゃあ止めろよ!」
「そうもいかない。生徒の将来を応援するのも役目だ」
あらゆる女子の目線が俺を捉えて離さない。足元に転がる男子には目もくれず、ただ恍惚の表情で俺を見ている。果たしてそれは、本当に俺を見ているか? 俺はそれを望んでいるか?
受け入れない。受け入れる訳にはいかない。拒絶し続けないといけない。女子が怖いからという感情を、先生の理屈が上書きしていく。意地の張り合いなんて泥臭いものじゃない。だとするなら、俺が圧倒的に不利だ。
こうして悩んでいる間も一年男子が次々と女子の間に放り込まれ、踏み殺されていく。骨を砕き、肉を潰す音が体育館に盛り上がりもなく響き続ける。彼女達は興味関心を持たない事には徹底的に冷酷だ。今死んだ男子も、付き合っていた女子に助けを求めたが、俺に対するラブコールで拒否されていた。
「なあ、もうやめろよ! 退学とかじゃないだろこれ! 殺人じゃねえかよ!」
「いいや、退学だ。もう学校に来る事はないからね。大丈夫、彼らの両親にはちゃんと説明しておくさ。分かってくれるかどうかも悩む必要はない。理解してくれるだろうからね」
そんなでたらめな理屈が通る筈もないと言い切れないのは、知尋先生のせいでもある。あの人こそヤミウラナイの末路その物なのではないだろうか。全て失って、奇跡的に生き残っても自尊心を潰されている。それは女子側として、散々迷惑をかけた代償だろうか。それなら俺がここを生き残ったとしても同じような末路を辿るだろう。
散々モテた末に拒絶を続けて、よしんばヤミウラナイが終わったとしよう。その先には何がある。男子が目の前で殺されていく光景をただだまって見過ごして、一人残らず死んだのを確認してもまだ拒絶して、それで生き残る事が出来た先に希望なんてない。
「は、早く受け入れぎゃあが!」
「お願いしまあああああああああああ!!」
「…………嫌だ。死にたくな―――」
校長の提案を受け入れるだけの材料は既に揃っている。俺を嫌っている筈の男子も、嫌っている場合ではなくなった。何故なら己の命が危ないから。俺の事が嫌いでも殺したくても、生き残る為には隔離するしかない。
「早く頷けよ馬鹿あ! しんじまうだろうがっ―――ぎぎゃげが!」
「新宮! クソ野郎!」
男子には理解出来ない筈だ。俺の置かれているこの状況がどんなに辛いか。ハーレムは決して幸福の象徴じゃない。それも強制的に引き起こされたモテ期は最早パンデミックに等しい。
「アンタはモテモテで悩む必要なんかないだろ! 俺達を殺したいのか!?」
そういう訳じゃない。ただ、受け入れたくないだけ。先生に言われた通りにしているだけ。現実的に考えてこの提案を飲んでしまったら俺に逃げ道はなくなる。一年中女子に囲まれ、女子に支配され、超えたくもない一線も超えられるのではないか。隼人との連携を失えば打開策さえどうにもならなくなる。
男子を救うまともな方法はこのヤミウラナイを終わらせる事だけだ。
「ふざけんな!」
「早く頷けってええええええ!」
「新宮硝次君。見ての通り、全校生徒が君の選択を望んでいる。今ので一年男子は全員退学か。次は二年生だな」
「ちょ―――ま、待って! 待ってください! もうやめ。やめて……」
「では頷いてくれるね? 男として責任を取るんだね?」
「……………………」
自分の歯が砕けるのではというくらい、顎に力が籠っている。俺だってまともな人間だ。この異常な状況で我が身可愛さになるのは仕方のない事。男子の為にハーレムを受け入れるなんて冗談じゃない。だけどいつまでも選択しないで無意味に殺し続けるのも最悪な気分だ。
女子達の足元は血肉臓腑に塗れてぐちゃぐちゃのねちゃねちゃになっているが、それでも気にする様子はない。眼中にないどころか『汚れ』程度にしか気にしていない。俺が必ず首を振ってくれると信じてくれず、その為なら何人でも殺戮する勢いだ。
―――都子に対する反応が、ここまでくるのかよ。
過去の事件について探りを勝手に入れてもらう事で解明する算段が滅茶苦茶だ。或いはここを切り抜けられたらやってくれるかもしれないが、そこまでに一体何人が死ぬのだろう。
「………………ッ!」
ギリギリギリ。
歯軋りを響かせ俯いた。その間にもA組から二年生が殺されていく。感慨も躊躇も時間もなく。ただ無意味無価値に数だけが連なっていく。俺を踏み留めているのは、先生に送った婚姻届の署名。
嘘でも仮初でも書いてしまったのだ。あれが俺の徹底抗戦の姿勢である事は言うまでもない。自分に背を向けてまでここを生き残らなくてはならないのか? 明らかに通行止めな未来を選択してまで。いやしかし。
「たいへーん!」
正常な判断が着実に狂いかけていた頃、体育館に響き渡る声に全員が視線を向け得た。何故ならそれは女子であり、俺の事を大好きな一人であるから、発言力を保障されているのだ。
「みんな逃げて! 体育館の一階に火がついてる! ていうか何で火災報知器が作動しないの!?」
「何! それは大変だ! 皆さん、ここを避難してください!非常口を通って!」
校長先生の切り替えは早く、教師を通して素早く緊急避難の姿勢をとると、まだ退学になっていない男子も含めて全員を非常口に誘導。火元の確認もなく、体育館から姿を消してしまった。
「大丈夫ですか?」
「…………………………」
嘘か本当か、俺を助けてくれた女子の正体は夜枝だった。女子達が避難の際に俺を連れて行こうとしなかったのも、彼女がどさくさに紛れて俺を隠したからである。夜枝は体育倉庫の地べたにぺたん座りをしたまま、抜け殻のように虚ろな俺の顔色を窺っている。
「あのまま様子を見るのもそれはそれで面白かったですけど、センパイが壊されるとつまらないので助けてあげました。感謝してね」
「…………嘘、か」
「はい?」
「火災」
「いえ、センパイが精神的拷問にかけられてる間に抜け出して、私が放火したのでマジですね。火災報知器が鳴らないのは別のアクシデントなので気にしなくて大丈夫です。早く逃げないと、危ないです―――――きゃっ」
散々キモいと思いながら。得体が知れないと警戒しておきながら。
倉庫の中で、俺は後輩の胸に飛び込んでいた。
さしもの彼女も、これには驚きを隠せず固まっている。
「センパイ?」
「…………………………………少し、こうさせてくれ」
「――――――困ったセンパイですね。お礼くらい普通に言ってくれていいんですよ。素直に受け取りますから」
有難うが言えないのは、罪悪感? 一貫性? 俺は散々不信感を露わにしているのに、飽くまで長期的な面白さを追求する夜枝だからこそ俺を助けてくれたのに、その性格がどうしても気に入らないから素直になれない。
引き締まって、ふにふにした身体に守られて。それでも言葉が声にならない。
「こんな時に何ですけど、どうして首を縦に振らなかったんですか? 私は一方的なのがそんなに面白くないなあって思ってたんで、正直センパイが折れなかったのは嬉しいですけど」
「………………………怖い。女子に囲まれるのが」
「私、女子ですよ? センパイが今まさに枕にしてる物の名前を言ってあげましょうか」
「……………………」
どうしても、つまらない意地が。感謝の言葉を濁らせる。
夜枝は優しく俺を抱きしめて、火の手が回るのも厭わず、耳元で囁いた。
「本当に素直じゃないですね。そういうの、張り合いがあって嫌いじゃないですよ。大丈夫です、私は気の長い女の子ですから。まずはセンパイを素直にする所から始めても全然問題なし。お手伝いしますよ?」
「………………?」
「夜道には気をつけろって意味が分かりましたよね。一先ずは落ち着くまで―――通い妻になってあげます。良かったですね、世話好きな後輩で」
造られた笑顔を俺に向けて、夜枝が肩に手を置く。
「センパイの地獄にお供します。旅は道連れ世は情け、痴情のもつれは地獄旅。忠実なるワンちゃんが貴方を護ります」
ファーストキスは、詐欺の味がした。
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