愛情自縛テロリズム
「朝から慌てて……まあ、大体察しがつくけどね。休んでいく?」
「ちょっと……隠れさせてもらいます」
「どうぞ。あーココア、淹れようか? 前よりは上手く出来ると思うが」
「―――そう、ですね。なんか俺も落ち着きたいので、お願いします」
保健室を普通に安全地帯としか捉えていないような使い方だが、先生は歓迎してくれた。ここには不思議と誰も来ない。用もないのに来ないのは当然か。怪我をよくするとかでもないと、保健室とは最後まで無縁だったという人間も多いだろう。身体検査とかでお世話になる事はあるかもしれないが、それは縁というより強制だ。印象に残るかどうかは怪しい。
知尋先生は別に、モテる訳じゃないし。美人は美人でもアンニュイな美人のウケが良いとは思わない。俺はハイテンションな女子に付き合い過ぎてむしろ好みになってきた。多分、普通の反応。
「先生の所には何も来てないんですか?」
「用もないのに来るのか? 私だって生物学上は女性に分類される。新宮君は傍目から見ても女性に対してほぼ無条件に拒絶しているんだ。私の所に居るかもと考えるには、それよりも可能性が高い選択肢を潰すんじゃないかな」
先生はココアを机に置くと、大きなため息を吐きながら椅子に座った。自由に座っていいらしいが、怪我もしてないのにベッドに座るのはどうかと思ってソファに座る。教室の椅子なんかより、ずっとフカフカだ。
「そうだ。先生に聞きたい事があったんです。ヤミウラナイの事なんですけど。少し気になる事があって」
「何?」
「状況を、教えて欲しいんです」
ヤミウラナイ唯一の生存者、湖岸知尋。夜枝の発言が気になったというのは癪だが、もしも隼人のモテ方にさえ理由があった場合。俺がこうなったのも全くの不運とは言えなくなってしまう。そこには理由があるなんて嫌だ。理由がないなら異変を潰せばいいだけだが、理由があるとそこから断ち切らないとまた巻き込まれる可能性がある。
「…………そう。あまり思い出したくないけど、君ならいいかな」
「やっぱり辛いですか?」
「私は全てを失った。生きる理由も、楽しかった思い出も。何もかも色褪せてしまって。自分自身が枯れてしまった感覚を受ける。かといって自殺も出来なければ、やり直そうという気も起きない。辛くても涙なんか出ないけど……いや、気にしないでくれ。私の事情は君には関係のない事だ。別に話すよ。トクベツだから」
俺から切り出した事だが、昔を思い出そうとする先生は言葉の節々から痛ましさを感じる。時薬という言葉もあるが、それは完全に傷を癒す訳じゃない。俺は己の身可愛さに触れては欲しくない過去に手を出している。
それを踏まえて、無意味な質問は控えよう。
「知尋先生はモテてた側じゃなくて、恋してた側だったと記憶してますけど。その時の気持ちとか思い出せますか?」
「―――何処から説明したらいいかな。最初から君と同じくらい過激な訳じゃなかった。私も、強烈に彼が好きだっただけさ。とにかく何でも知りたい。彼に繋がる事なら何でも。その声が好き、その感触が好き。喜怒哀楽どんな感情でも良い。一秒でも長く彼を視界に入れたかった」
「彼の気持ちは……どうでも良かった?」
「……私は気にしてたつもりだが、あんまり気にしてなかったかもしれない。有難がられた事はないな。感覚がマヒしてたかもしれない。私の行いは全部彼の為になってる。彼の為を想ってる。彼も喜んでる……身勝手だったから、拒絶されたのかな」
当事者から聞き取れる情報は非常に貴重だ。今回は科学的検証もクソもなく、オカルト全開の集団ヒステリーかパニックか、その辺りで片付けられてもおかしくないような出来事だ。
社会復帰は出来ているが、先生はもうとっくに壊れていると言っても過言じゃない。そんな人の発言を信じるか?
信じるしかない。
俺に選択肢は残されていないのだ。
「私だけじゃなくて、他の子も似たような感じ。焦りがあったね。他の子に先を越される不安、私を見なくなるかもしれない予感。全部怖かった。だから必死だったんだ。みんな……好きな人をどうして好きなのか、それさえどうでも良くなるくらい」
知尋先生の手が、震えている。自覚はあるらしく、もう片方の手で必死になって手首を握り締めていた。表情は相変わらずくたびれているが、身体は正直という奴か。何年経っても思い出すのは辛いと。俺にはまだ分からないが、恐らく隼人も……こうなっているのではないか。アイツは家族を失った。
「…………知尋先生は、隼人がモテてた事は知ってますか。ちょっと前の話ですけど。いや。この際知らなくてもいいです。凄いモテてたんですよ。出待ち喰らってたり一日も欠かさず告白されてたり、それでも女子に粘着されてたり。これってヤミウラナイのせいですか?」
「……絶対に違うとは言い切れないのが難しい所だ。多くの女子が同じ名前を出していた事は知ってる。こちらからも一つ聞きたいけど、彼は女子に対してどんな反応してたの?」
「優しい感じ……いや、いつもと変わんない。俺みたいに拒絶とかはしてないと思います。告白とかそういうのは断るけど、遠巻きにするとか避けるとかはない」
「…………ふむ。そうか。いや、判断は出来ないけどね。もしヤミウラナイの影響だとするなら、彼は知ってか知らずか影響を抑制していた事になる」
「はい?」
「恋に恋する女子の原動力は焦りだ。周りに遅れたくないから過激な行動を取りたがる。男の子の全てを掌握したがる。選ばれたがる。考えてもみなよ、自分が一番乗りだっのに目的地のせいで勝手に後ろに追いやられるんだ。そうなるとまた焦る。一番になりたくて、手段を択ばなくなる」
「…………もしヤミウラナイでアイツがモテてた場合、アイツは一切を受け入れてゴールだけさせなかったから、穏やかなままだったって事です、よね」
「その通り」
ヤミウラナイが介在していたかどうかは今となっては闇の中だ。ただ、俺が異常に巻き込まれてから隼人は一切モテなくなったという所が気になる。だからこれはその前提の上で話しているのだが。
俺は最悪の道を進んでいるらしい。
知らなかったからしょうがない。しょうがないかもしれないが、これが人間性の違いか。アイツは日常として全てを受け入れていたが、俺は日常の中の異物として全力で拒絶した。今から受け入れようなんて思わない。やっぱり気持ち悪いから。
「俺―――最終的に死んだりしますか?」
「どうしてそう思うの?」
「知尋先生の好きだった人は死んだんでしょ。じゃあそれって、最悪の結末だ。俺は同じ轍を踏むんじゃないかなって思ってね」
「拒絶するなというのも無理な話だ。ここまで来ると、もう対抗していくしかない。生存者として一つアドバイスをしよう。状態が悪いと思うから、今後は何があっても絶対に受け入れちゃ駄目だ」
「……へ?」
「ゴールはカップルになる事じゃない。私は選ばれなかった女だが、それでもこの想いが鎮まる事はなかった…………いいかい? 約束だぞ? 何があっても。どんな事をされても。絶対。約束出来る?」
「…………」
出来ない、と思っている。
俺にそんな覚悟はない。幾らでも弱味はある。知尋先生は俺の傍に近寄ってくると、真正面から目を見据えて、首を傾げた。
「困ったら、私を頼りなさい。何に懸けても助けよう」
これ以上生きていても仕方ないからね、と。
知尋先生は悲しそうに、微笑んだ。
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