仁義なき下着泥棒

 キモい後輩がずっと家に居たのは考え物だが、今朝は本当に平和な時間だった。だが問題は俺達が高校生であり、時間でも止められないといつかは学校に行かなければならないという事。

「怖いですか、学校?」

「お前SNSでこれなのに、怖くない奴が居るのか?」

「私とか」

「楽しんでる奴は違うな、このボケ野郎」

 不本意ながら手を繋いでいるのは、夜枝の押しが強すぎて鬱陶しかったからだ。後は妹が手を繋いでいる様子を見たがった。色々と分かりきっているかもしれないが、俺の自由意思はままならない状態にある。彼女は決して強制はしないものの、そうした方が得であると説いて誘導してくるのだからより悪質だ。

「せっかく面白くなったんですから、ちゃんと面白いまま突っ切りましょう」

「いや、普通に鎮火させるが。勝手な行動するなよ頼むから」

「はあ、つまんないの。センパイがそう言わなかったらかき乱してる所でしたよ。良かったですね」

「……かき乱すまでもなさそうだけどな。いやマジでさ、こっちにもこっちの狙いがあるとはいえ、どう考えてもかき乱してるからな……隼人」

「そう言えば隼人先輩は本当に関係をもったんです? その、センパイがかたくなに教えてくれない子と」

「持ってねえよ!」

 錫花の事を教えていない理由は単純明快。彼女は迷惑に困っていたので、迷惑の化身みたいなこの後輩を向かわせる訳にはいかなかった。流石にそこは、俺も先輩としての威厳を見せなければ。錫花は発想がぶっ飛んでいるだけでまともだ。俺の事も助けてくれたし、別に好きではないみたいだし。

 自分が好きな奴程信じられないという状況は、今後普通に生きていく上で致命的な気もしているが、何はともあれ今はヤミウラナイだ。後の事なんて考えてる場合じゃない。

「隼人も……口には出さないけど、女性不信な感じがちょっとある。俺と違って前から女性にはうんざりしてたかも……な。何せずっとモテてた訳だし」

「今のセンパイくらいです?」

「これは異常なので参考にするな。まあそうだな。告白されなかった日がこうなるまで一日として存在しなかった。必ずどこかで一回以上は告白されてる。陸上部の朝練の時なんか出待ちされてるのが日常茶飯事。下駄箱にはラブレター。一度振られても女子は諦めないで告る。まあ、今に比べたら些細なもんだけど、あんなモテ方もやばいよな」




「それ、不自然じゃないですか?」




「あ?」

 あまり人目に付きたくなかったのでわざと遠回りで学校に向かっている。大通りに入れば登校中のクラスメイトと鉢合わせる可能性は全然ある。夜枝もそれを知ってか知らずか、直前で足を止めて、俺の頬をぺたっと触って視線を揃えた。

「私、センパイがどうして急にモテたのか知りませんし、興味もそこまでないです。その上で、モテ方がおかしいと思います」

「ど、何処が?」

「女の子は貪欲なんです。私がセンパイに夢中になって欲しいと願うのと同じくらい、本当に好きなら自分だけを見て欲しいもの。八方美人は別に褒め言葉じゃないですよ。幾ら気が良くても、優しくても、そんなに恋敵が居る状態じゃ逆効果っていうか、普通に冷めます」

「それは……お前の感性がおかしいだけだろ」

「恋に恋する女の子は、自分が特別になれないって分かったら冷めるんですよ。傷つかないようにね。で、フられても何回もチャレンジしてるんでしたっけ。それもおかしいです。そういう子はいますけど、全員じゃない。メンタル病む子だっています。それで気を引こうという考えが出ないのも変ですね。私以外の女子と関わるな! って何様の顔で物申す子も居ない。いいですかセンパイ。女の子はプログラムじゃないです。告白して、NOだったら時間を置いて告白しようという処理が全ての女子に行われているなら悲恋なんて発生しないんですよ。多種多様な反応があるから、見る分には最高なんです」

 珍しく、夜枝が理屈に適った事を言っている。今までのぶっ飛んだ言動さえ全部嘘だったのかと思わせる程理知的な内容に、俺は圧倒されていた。やっぱり、彼女はなんだか本音を見せづらい。何処までが嘘で何処までが本当なのかが曖昧だ。或いは全部本当という線もあるが、それなら極端すぎてもう人格破綻の領域に至っている。

「いや。いやいや。ちゃんと失敗して泣いたりするぞ」

「でも諦めないんですよね。次の日には告白するんですよね」

「まあ……」

「一割くらいはそういう子が居ても良いと思います。でも全員はおかしいですね。今まで疑問に思わなかったなら、センパイは恋心を軽んじすぎです」

「そ、そんな事言われてもな……」

 俺は『無害』な人間だった。

 誰からも嫌われず、好かれてもいない。

 性質としては中立に近いから、軽んじるも何も経験がない。俺は隼人と違って全く言い寄られなかった。隼人の踏み台としてさえ見られていなかった。

「まとめると、隼人先輩は不特定多数の女の子に常日頃追い回され、追い返してもつき纏われ、あらゆる女子の的だったという訳ですね」

「わざわざまとめなく…………あれ?」




 今の状況と、似ている?




 相違点はある。人が死ななかったり女子による強権が存在していなかったり。細かい所で違いはあるが、全体的な状況がヤミウラナイと酷似しているではないか。

「…………どういう、事だ」

「話は終わりです。行きましょうか、センパイ?」

 頭の整理が追い付かない内に手を引っ張られる。反射的に声を荒げてしまった。

「ちょ、待てよ! 少し考えさせてくれって!」

「学校、遅刻しちゃいますよ。事態を鎮火させる筈では?」

 状況がカオスになる事には賛成だが、かといって俺の邪魔をする事はない。ただ神出鬼没に現れては俺を挑発するだけの後輩、夜枝。



 何がしたいんだ、コイツ。

















 教室に入ろうとすると、下着を大量に被った隼人が飛び出してきて、俺を廊下に突き飛ばした。

「うおおおお! 何だ!?」

「お前来るな! HRなんかどうせ始められないから!」

「ちょ、待って。まず説明を―――」

「そんな暇はない! 教室の粉叫具合を見ろ!」

 ここまで来ても正気な隼人の声も霞んでしまう程、中では暴動と呼ぶに差し支えない下着の取り合いが繰り広げられていた。『都子』以外の下着は邪魔だからと女子が持ってきた大量の下着を奪いたい男子。『都子』に唆されたと信じて疑わず、男子に対して暴力的な手段で以て鎮圧を試みる女子。

 

 学級崩壊と言っても、過言じゃない。


「取り敢えず今俺が警察呼んだから、早く逃げろ! 逃げる場所分かるな!? お前が来るだけで話がこじれまくるから暫く来るなよ!」

「待ってよ! 隼人、お前はどうす―――」

「あんな事言った手前逃げられねえだろ! 俺は男子派閥のトップだぞ、こうなったらとことん変態に付き合わなきゃ道理に合わねえんだ!」

「警察呼ぶ前に担任呼べよ! どうせ無罪だろ!」

「担任なんざ女子の味方するに決まってるわ! 無罪放免でも警察挟んで止めなきゃダメだろうがよ!」

 普段の彼からは考えつかない前蹴りで追い返され、俺は渋々教室を後にする。リアルがこの状態なら、SNSの方も修羅場となっているかもしれない。何処に逃げればいいかは分かっていたが、出来れば様子を見たい気持ちもある。

 隣のクラスを覗いてみると、こちらも小規模ながら同じ諍いが……クラス超えてる!?

 わざわざ目の前でブラウス開けて下着を取って、それを鞭のように振り回す女子が居たり、下着を繋ぎ合わせたロープで首を絞めてる女子が居たり。阿鼻叫喚の図がないだけで十分すぎるほど、凄惨だ。こちらはパワーバランスが女子に傾いているらしく、男子は殆ど全員が血まみれの状態で鎮圧されていた。

「―――あ、硝次君!」

「やっば!」

 隼人の忠告に素直に従えない俺も悪い奴だ。見間違いという事になるのを期待して俺は全力で校舎を遠回り。




 保健室に逃げ込むと、焚火の音を聞きながら椅子に寄りかかっていた知尋先生が、ぐるりとこちらに向きを変えた。






「おはよう、新宮君」

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