LOST!LOET!LOXT!L♡♡E!
様々な思惑が絡み合う中実行された作戦は、翌日に効果を表した。
「いつもお兄ちゃんを起こしに来る人、来ないんだね」
「…………」
「やっぱり特別扱いだ。夜枝さん」
「違う!」
錫花の制服を調べたら中等学校の物だったし、本人からも中学二年生という情報を得ている。身体の小ささからもそんな気がしていたが、何をどういう事が起きたらあんな凶悪に育つのだろう……なんて。常識的に色々と小さい冬癒を見ながらぼんやり考えていたが、それでも条件反射で見過ごせなかった。
「アイツは特別扱いじゃない!」
「でも今日泊まってるよね。お兄ちゃん、帰れ帰れって言う割には許容してるじゃん。なんかさーそういうの本当に気持ち悪いと思う。ツンデレ? って奴? 面倒だよ」
「ちーがーうーーーーーー!」
ムキになって言い返してしまうのは、ヤミウラナイも流石に無関係だ。夜枝の事だけはどうにも妹の短絡的な恋愛脳によってこうなってしまう。
「夜枝さん私でも美人だって分かるから無理しなくてもいいのに。子犬っぽさがある感じ。お兄ちゃん好きそう」
「子犬!? 子犬!! 片腹痛いわ! アイツに可愛らしさとかないよ。大悪魔だ!」
「でも昨日一緒にお風呂入った時、色々聞いたよ? ベッドの上ではお兄ちゃんが獣で……み。みたいな」
直接口に出すのは恥ずかしいのか冬癒の顔が赤くなっている。一方でなぜだろう、俺の顔は目に見えて青ざめていた。いや、見なくても分かる。自分の事だから。
「……どこから突っ込もうかな。まずお前、何で一緒にお風呂入った?」
「え。なんかたまたま……もしかしてお兄ちゃんが一緒に入りたかった? さ、流石にそれをこの家でするのは」
「だあああああ! お前にとってお兄ちゃんは後輩の裸を見たがる変態なのか!? 俺は健全なお付き合いを重ねて、そこから進歩する事があるならっていう、ごく当たり前のプロセスを大事にしたいのにどいつもこいつも!」
これは別に夜枝に限った話じゃない。他の女子も全員そうだ。まともじゃない。そんなに俺が好きならお願いだからきちんと段階を踏んで欲しいのにまるで夫婦、まるで恋人、まるで理解者。怪人二十面相もびっくりの面構えを俺に見せて、一方的な立場をさも真実であるかのように示してくる。
「センパイ、朝から元気ですね」
気だるげな声と共にリビングに降りて来たのは話題に上がっていた夜枝だ。昨日当たり前の顔で宿泊を強要してきたので俺に逆らう術はなかった。『ベッドで自慰して喘ぎ声を響かせる』とか言い出されたらもう……俺に止める術はないというか。泊めようとしたらなんやかんやあって行為の最中だったという事実を作られそうというか。
朝から生暖かい目線で俺と妹の会話を見守る両親も、後輩が姿を現すと友好的な態度を隠そうともしない。
「夜枝ちゃん、おはよう!」
「よく眠れた?」
「……どうでしょうね。ふぁああ~」
「…………やっぱり」
「違う! お前ぐっすり寝てただろ! 後降りてくるなよッ」
またいつかの時みたいにこの後輩は彼シャツ(という体で勝手に俺の服を着ている)を着ているから全体的に服のサイズが見合っていない。眠そうなのは事実だが、名前に似合って朝は苦手とは本人の弁。
「おはようございます、センパイ。昨日は……凄かったですねっ」
含んだ笑いを語尾に忍ばせて、さも何かあったかの様に思わせる悪魔な後輩。妹が間隔を空けて座っていたのが気になっていたが、夜枝の為に空けていたとは驚きだ。家族扱いとは。
いつもの事ですけど、と夜枝は弾けんばかりの笑顔を向けてくる。さりげなしに机の上に手を置くと、俺の手の甲に重ねた。
「お前さあ…………え? 何なの? 侵略者なの? せめてこっちには降りてくるなよ」
「センパイ、イライラしてますね。欲求不満ですか? あんな事しておいて、ケダモノです」
「何もおおおおおおしてないよおおおおおおおおおお?」
家族の好感度を吸い取られて、彼女からはどうやっても逃げられない。俺だって色々努力したのだ。ベッドの上ではなく床で寝ようとして……そしたら身体を痛めて眠れなくなって。結局睡眠欲には抗えず同じベッドで眠ってしまった。ああ本当に、自分が恨めしい。
「お兄ちゃん。そ、そう言えばさ。おはようのちゅーとかってしたの?」
「してないし、することもない。だってまず恋人じゃないからな」
「へえ、そんな口の利き方していいんですか? センパイが朝静かに過ごせているのは私のお陰なのに」
そう。
今朝は女子の来訪もなく、不法侵入もなく、気持ち悪いくらい穏やかなまま時が流れている。何が起きたかは俺もまだ確認していないが、その一旦は間違いなく夜枝が担っている。
俺は彼女に計画の一端を話し、計画に沿える形で都子の存在を広めてもらった。不特定多数の人間の家に下着をつるし、メッセージを書き残すのだ。それは本人のアドリブに任せてあるとして―――
「はい、朝食」
久しぶりに家族団欒ができるかと思ったら、シンプルにトーストを二枚ずつ渡された。
「マジ?」
「二人の時間を邪魔しないのが母親」
存分に邪魔してくれていいのだが、俺の願いは届かない。夜枝に先導されて重い足取りで自室に戻ろうとすると、冬癒が服の裾を掴んで引き留めた。
「ねえお兄ちゃん。私、ちゅー見たい」
「…………何でだ?」
「私、友達にお兄ちゃんのちゅーは見た感じ超絶テクだって言ったから」
――――――!
ごめん。
本気で妹を殴ろうと思ったのは生まれて初めてだ。こんなに人に苛ついたのも初めて。家族だからこそボルテージは跳ね上がる。脳内の妹は顔の輪郭を残していない。今の発言はそれだけ、俺の逆鱗に触れた。
「私は構いませんよ」
ここぞとばかりに後輩は乗っかってくる。揶揄っているのか、試しているのか。俺も、正直困っている。普段なら断るのだが、妹からの好感度は上げておいて損はない。いざという時離脱手段に仕えるかもしれないのだ。学校で知尋先生という安全地帯を作れても、それだけで十分かと言われたら……セーフハウスは大いに越した事はないという考え方だ。
トーストを置いて、夜枝の肩に手をかける。
「え。するんですか」
「うるさい。黙れ」
これも全部、平和の為だ。
クラスのグループSNSは大変な事になっている。
まず男子クラスメイトから次々と上がる下着の報告。ブラジャーであれば隼人、パンツであれば夜枝の仕業だ。当初の反応は様々で、半分困惑半分歓喜と言った所。下着には女子に対する挑発と言わんばかりに『男はみんな私に夢中』と書かれている。Y葉と名乗っている事も多いが、一人だけ『都子』と書いてあるのがミソだ。
たったこれだけでも女子の方は気が気でなく、現在血眼になってその存在を探しているのが事の真相。俺の家でラブラブやっている場合ではないから、来なかったのだ。
『都子。気持ち良かったな』
隼人が残したたった一言が。今となっては全女子に毛嫌いされていると言っても過言ではない男の言葉が。女子の冷静さを塵に帰した。ヤミウラナイのせいで隼人と俺の立場は大体逆転したと言ってもいいのだが、アイツの性質まで変わった訳じゃない。個人的には聖人と言ってもいいくらい気の良い奴で、現に男子からはまだ全然大人気だ。
そんな男が夢中になる程の女子。気にならない奴はいない。都子の物とされる下着を確保する男子が続出、下着の識別の手間がかかるから女子に下着バリアをやめろと抗議する始末。
まだ学校が始まってもないのに、グループ上は血で血を洗うばかりの地獄絵図が広がっている。確かにここまで話が過熱すると、ブラの大きさがどうこうというのは些細な話になってくる。
「本当に面白い事になりました。びっくりです。やりますね、センパイ」
「…………キス、気にしてないのか?」
「気にしてませんよ。好きな人からのキスをどうして気にするんですか?」
「お前の言葉は嘘ばっかりだ。好きでも何でもない癖に、平気でそんな事を言えてしまう。やっぱ最低だよ」
「清楚がお嫌いなんですね。でも私、キス上手かったでしょ?」
…………。
『他の子とキスした時、私と比べちゃ駄目ですよ。あんまりにも下手で、びっくりしちゃいますから」
「―――俺は。お前なんかに屈しない! 絶対に!」
「大丈夫。私はもうセンパイに屈してます。降伏してます。身体の上から下までセンパイのわんわんです。
くすくす笑ってトーストを齧る夜枝。協力者なのに、間違いなく成果は出してくれるのに不安が止まらない。まともなのは知尋先生だけか。錫花も相対的にはまともかもしれない。
「ところでセンパイ。一つ聞かせていただきたいんですけど。あんなに大きなブラジャーを何処で?」
「は?」
「ジェラシーです。あんなに大きい人、校内に居ませんでした。でかすぎです。是非とも会わせていただきたいです」
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