無知と悪意の女神

確かに、体のラインが出にくい服はあるが、流石に信じられない。俺の目が節穴だとでも言うのか?

「え? そんな大きい訳ないって?」

「だからって触りたくもないからな? 変態みたいで嫌だし」

「でしたら証明しますか」

 そう言って錫花は別の部屋で制服を脱いで、バスタオルを身体に巻き付けて部屋に入って来た。俺達が止める間もなく圧倒的に素早い行動だったので、もしかすると他人の物と言われるのが嫌だったのかもしれない。

 まさか確認の為に触らせるのかと戦々恐々していたので、違う手段を取ってくれたのは嬉しいのだが。


「このバスタオル、流石に少し小さいので困ります」


 胸の先端から背中の裏側までをギリギリ覆い隠せていない錫花がそれでも部屋に入ってきた瞬間、俺は反射的に隼人の方へ視線を向けた。隼人も俺の方へ視線を逸らして、気まずい視線が交差する。

「この家のバスタオル小さくね!?」

「いやあ、俺はすぐ着替えるしな……身体拭ければ十分だからあんまり気にしてなかったよ。全く想定してる訳ないだろ、あんな爆…………うん」

「錫花、もう分かったから着替え直してきてくれ! お前の学校の制服が身体の構造を隠すデザインなのは分かったから!」

 それとも紺色が悪い? いや、紺色にそんな効果は無かった…………筈。

「分かりました。では戻りますね」

 今の彼女を見たら、このブラジャーの大きさも納得だった。どうやら俺の眼は節穴だったらしい。錫花がいつもの制服姿に戻ってくれてちょっぴり安心した。戻ったら戻ったでまた下着と吊り合わなくなったので俺の眼はやはり狂っている。


 ―――早瀬よりあるのか。


 アイツも中々な物だと思うが、色々と合点がいった。確かにこれならば期待値が高い。高いのだが、そこには無視出来ない問題がある。

「錫花。お前の作戦はいい線ついてると思うけど、一つ問題があるんだ」

 これ以上机の上にブラジャーがあると気が狂ってしまいそうなので錫花に引き取ってもらった。俺は女性じゃないので分からないが、あれを自分でつけるのは難しいのではないだろうか。

「はい」

「家で見つかったブラとパンツな…………あ、それが見つかったから元々問題になってるんだけど。痴女裁判で」

「馬鹿みたいな名前ですね」

「まあそう言うなよ。それで見つかった下着―――今回で言うとブラの方な。Bカップくらい……えっと」

「Iです」

「…………さ、サイズが合ってないんだよ。だからその、申告は要らないんだけど。これだと偽物だってバレるんじゃないかなあって」

 それもこれも夜枝が悪いと言いたいが、今回はあのキモい後輩に罪はない。いや、よく考えたら下着を置いていったアイツが悪いのでやっぱり有罪だ。だがアイツは罰される事まで含めて喜びそうな気質があるので、普通に関わりたくない。

 そう考えたら錫花は相対的にはまともだ。今回のも俺をどうこうしたいというより提案しているだけで、これで彼女を痴女呼ばわりは可哀そうすぎる。目つきがきつすぎる事を除けば本当にまとも……な奴は仮面を被ったりしない、か?

「いや、待てよ硝次。多分そこまでガッチガチに固める必要はない」

「はあ? 何言ってんだよ。矛盾突かれたら終わりだろ。物事は理論的に考えないと、辻褄が合わなければ全部嘘だってバレる」

「まあそうなんだが、世の中には辻褄が合わなくても納得する人間だって居るんだ。自分の中のゴールポストを動かすっていうか、合うように合わせる奴がさ。女子って多分そんな状態だと思うんだよ。だってさ、下着の犯人見つけるってなった時、サイズ気にしてるなら全員のスリーサイズ聞いて回るなり測るなりするだろ」

「俺が保健室行ってる間にやった可能性もある」

「器具があるとすれば保健室だが?」

 実際に女子が来た事はなかった。聞いて回った可能性の方は否定出来ないが、まさかうちのクラスにBカップが一人もいないなんて事の方がおかしい。錫花くらいと言わず早瀬以上が存在しない。ならばその下は大勢いると考えた方が自然であり、その過程で何人も容疑者は見つかるだろう。だが詰められていたのは龍子一人だけだった。

「俺に言わせると、多分頭に血が上っててそこまで気が回ってないんだ。だから少しくらい大きくしても大丈夫。バレない」

「そうかあ?」

「それにこういう怪しい時こそ俺の出番だ。俺はお前の親友だけど、立場上は敵対してる様なもんだ。この件を俺達の方で取り上げれば、存在しないY葉もとい都子を認めさせる事が出来る筈だ」

 隼人の言いたい事は分かるが、辻褄が合わないままでもいいという考え方はどうにも納得出来ない。俺は俺の方で個人的に動いた方がいいだろう。大丈夫、物は使いようだ。基本的には毒薬にしかならなくても、事と次第によっては特効薬ともなる要素が、俺の手にはある。

「話の流れがいまいち掴めませんが、私は下着を置いていった方がいいんですか?」

「あー……………………うん。俺は嫌だけど。硝次の為だし、やるしかないよな……」


 

  
















「遅かったですね、センパイ」

 やっぱり家に、夜枝が居た。いつもいつも俺を揶揄っているのか誘っているのか分からないが、スカートをこっちに向けるのはやめて欲しい。ベッドの傍にある勉強机に腰かけて、俺は彼女の横顔に話しかけた。

「夜枝。話がある」

「………………」

 後輩はぼんやりした視線を俺に向けると、無表情に顔を整えて、ベッドの上に座った。

「いつになく真面目な様子ですね。何ですか?」

「お前が下着を置いていったせいで面倒くさい事になった。責任を取れ」

「それはそれは。センパイも素直じゃありませんね。身体を使いたいだけならそんな回りくどい頼み方しなくてもいいのに」

「ちーがーう! 解決の為に動けって言ってんだこのすっとこどっこい! 俺は非常に迷惑してるんだよ!」

「私は楽しいですよ? 下着を見つけた事で頭に血が上ってたんじゃないんですか? センパイの女がどうやって私を見つけ出そうか夜も眠れず悩んでると思うと、笑いが止まりませんよね」

「………………それだよ。それを利用して、解決したいんだ。面白い事が好みなんだろ? なら朗報だ。お前的には凄く面白い事になると思うから、解決するまでは俺の言いなりになってくれ」

「いいですよ」

 そう言って夜枝は、スカートを指先でつまんで捲り上げる。錫花の不意打ちで警戒が解かれていなかったのでそれよりも早く目を瞑れた。

「センパイって可愛い所ありますよね。ぐちゃぐちゃにしたくなります。右も左も分からず私に夢中になってくれる日を、楽しみにしていますよ」

「ふざけるな。お前はなんか面白そうだから以上の動機が何処にもないだろ。この愉快犯」

「気持ちいい事って、楽しいですよね」

「…………協力、してくれるんだな?」

「先輩、私を嫌ってるじゃないですか。それでもお願いしに来るって、それだけ切羽詰まってるって事です。なら面白くなりそうじゃないですか。一枚噛まないのは人生を損しちゃいます」

 そろそろ目を開けると、スカートは元に戻っていた。元々の長さが短いのであまり油断は出来ないが、きちんと目を見て話したい。相手が度し難く気持ち悪い後輩だとしても、大事な協力者だ。



 しかも俺の事を、好きじゃない。


 

 多少どころではなく性格に問題があるものの、それだけで夜枝とは付き合う価値がある。

「嫌われてる自覚があるなら、少しは大人しくしてほしいもんだな!」

「センパイって何日か監禁して搾ってあげたら大人しくなりそうですよね」

「おい!」

「大好きなセンパイにそんな事しませんよ? でも心外です。私、こんなにも清楚で可愛くて、快楽に肯定的なのに嫌われるなんて」

「――――お前。何度でも言うけどさ。学生で妊娠なんてしたらお互い人生が大変だぞ。いや、もうお前の人生なんてどうでも良くなってきた。俺が嫌なだけだ」

 夜枝は口が裂けるのではないかというくらいにんまりと、満面の笑顔を浮かべて、胸の前で手を合わせた。

「だからいいんじゃないんですか。未来が暗くなっても、目の前の気持ちよさに抗えない。それに、これでも気遣ってる方ですよ。身体はいつでも明け渡しますけど、センパイが我慢ならなくなるまで私から強引にってのは、しません」

 それでも誘うのはやめないらしい。後輩は大の字に寝転がって、首のリボンと、上のブレザーを脱ぎ捨てた。









犯らないかShall We Dance?」

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