君の嘘から出た真

 嘘のコツは、真実を混ぜる事。真実には真実以上の情報がないが、嘘は無限に膨らむ。それが存在する物と存在しないモノの差だ。だから嘘でしか満たされない形はとても人間には扱いきれない。何処かでボロが出るとはそういう状況をさしている。

「え?」

「庇うの急にやめちゃった。硝次君、どうしたの♡」

「嘘っぽくはなさそうー」

「だって嘘じゃないからな! 確かに庇ってたよ、でもクラスメイト同士で争うなんて見てられない! それで無実の子を有罪のように扱うなんてあんまりだ! だからもうやめてくれ! このクラスに犯人はいないんだよ!」

 さあ、ここからだ。どういう嘘を加える。真実の中にエッセンスを。有限を無限に膨らませて、どう女子達を動かす。質問攻めと度重なる苦痛に苛まれていた女子はよろよろと俺の方に近づいてくると、手を握りながら。泣いて頭を下げていた。

「ありがとううううううありがとうううううううううああああああ!」

「……と、取り敢えず席に戻ってくれよ」

「それで、硝次君。誰なの?」

「………………Y葉だ」

「Y葉?」

「俺の家に下着が置いてあった件だが、俺も誰が置いたかは知らないっていうか……いや、入ってた事は知ってるんだが顔が良く見えなかったんだ。それで自分の名前をY葉って言った。下着を置いてったのは…………自分で言うのもあれなんだけど」



「貴方が私を好きになるようにって」



 全くの出鱈目、Y葉も由来は揺葉だし、アイツはそんな変態ではない。嘘八百ならぬ嘘八割といったところだが、まさか俺の発言を疑う女子が居るとは思えない。とにかく事態を丸く収める為には傲慢にだってなる。こんな男にはなりたくないと思いながらも、女子の好感度に付け込んで、存分に出鱈目を振舞わせてもらう。

 丹春が俺の背中に控えめな胸を押し付けながら、耳元で甘い声を響かせた。

「話してくれてありがとうね、硝次君。でも不思議だなあ。そんな理由だったらすぐに私に話してくれてもいいじゃんね? 他の子には内緒でも、私は特別だから」

「……あのなあ。勝手に誰か入ってきたんだぞ! そいつは普通に不審者だ。怖くて言えないっつーかさ。俺、お前達にも過激な行動はしてほしくないんだよ。だから黙ってたのに……こうなるなら言うよ」

「あーん♡ 硝次君ってば優しい~♡ そこも好き♡」

「ふーん。そういう理由があったんだー」

 

「わ、私達で探そうよ!」


 信憑性の欠片もない嘘に三人が納得しかけた時、終わりかけた話を最悪の形で蒸し返す女子が居た。それは他ならぬ、ついさっきまできつく詰められていた女子であり、名は天岳龍子あまたけりゅうこ。元々義憤に燃える性格ではあったが、そこに俺への好意が混ざった結果、妙な事になっている。

「人の家に下着を置いていくなんて最低だよ! これはクラス全体で解決するべき問題! そう思わない!?」

「いやー俺はあんま思わな」

 空気の読めない男子の後頭部が硝子に叩きつけられる。実行犯は龍子であり、最早脊髄反射での攻撃だ。

「協調性の無い奴は黙ってろ!」

 映画なんかだと硝子を割っても大した事が無いように思われるが、あれは偽物の硝子であり、本物を力任せに突き破ればどうなるかというと、普通に重傷を負う。男子こと山田は頭から血を流して自らの机に突っ伏してしまった。時々ぴくぴくと身体が動くのはまだ彼が生きている証で、反応とかではないと信じたい。

「ね、そう思うよね、みんな!」

「あー俺は賛成…………だな、これ以上変な目に遭うのは…………」

 流れで男子がまた一人殺されても尚、他の男子は俺を守る事に繋がる事には消極的だったが、一番の被害者である隼人が賛成を示すと明確に流れが変わった。やはり、俺達は明確に立場が対極化しているのか。実際の関係性はさておき、第三者からすれば袂を分かったようにも見える。俺は女子にとっての偶像で、隼人は男子にとっての偶像。

 どちらも圧倒的な被害者という点で共通しているが、見た目がハーレムっぽいのと誰も俺の苦しさを理解してくれないので同情されやすいのはアイツの方だ。その立場を理解した上で助け舟を出してくれたのだろう。やはり俺の親友は、発想が柔軟だ。

「俺も賛成! そいつのせいでこっちまで迷惑掛かってんだよ!」

「なあ、それよりもまず硝次を殺したほ」

「うん、そうね。まずは川上君を殺した方が良いよねー」

 早瀬が金鎚を振り下ろして、正論を言いかけた男子を殺害。力任せに振り下ろされた金鎚はこれ以上ない暴力で頭部を砕き、脳漿を教室全体にぶちまける。男子だけが恐れ戦き、女子は揃って蔑むように唾を吐きかけていた。


 ――――――


 目を閉じても、事実を捻じ曲げても、とにかく何をしていても人が死ぬ。早く何も感じない日が訪れないだろうか。目を閉じても耳を塞いでも完全にその感覚は失われない。傍で誰かが死んだ感覚。即死だった肉体に執拗な追撃を加える打撃音。肉を抉り、骨を砕き、何度も何度も液体を浸かる鉄の音。

「放課後、全員で探そう! 部活なんかよりぜえったいに優先するべきなんだよ! ね、硝次君! 私絶対その女を見つけるからね!」

 放っておけば人が死ぬ。放っておかなくても人が死ぬ。これがいずれ女子にも適応されるのかと思うと、それまでにどうかおかしくなっていてほしい、俺の頭の中よ。とても正気じゃいられない。とても狂気には付き合えない。 



 早く、どうにかしないといけない。
















 このクラスには居ないという結論を、痴女裁判の中で導き出した事によりかえって集団の動きを操作する事に成功した。最初はどうなるかと思ったが、一先ず矛先が逸れてくれただけでも十分だ。

 放課後は部活を休む―――という算段だったが丹春の提案により各自所属する部活動に事情を聴きに行く事となった。俺は保健室に立ち寄る為、隼人に階段から突き落としてもらい(自分だと怖くて出来なかった)怪我を獲得。名目上の理由も手に入れて、安全地帯に逃げ込んだ。

「ごめん。丁度いい感じの怪我ってのが分からなかったから何回も突き落とす事になったな…………もう二度と頼まないで欲しいけど」

「いや、俺が頼んだ事だからいいよ…………いたたた。ほら、身体をあちこち打っただけで……問題ないから」

「友情を確かめるのは結構だけど、私の前で自演を零すなよ。治療してやらないぞ」

「あ、いやすみません! あの、俺が間違って突き落とした? うっかり突き落とし…………ああっと。だから治してやってください!」

「理由は何でもいいよ。大丈夫、打ち身でも最善は尽くす。一応、私の夫だし……やめようかこの話。言っててなんかおかしくなってくる。また人が死んだんだって?」

 女子共とは違い、知尋先生は努めて俺の身体に意味もなく触れようとしない。それが当たり前なのだが、今の俺には嬉しい心遣いだ。

「で? 今後の方針は? 存在しない人物を犯人に仕立て上げたって事は、泥沼必須だけど」

「あー…………いや、助ける為に行き当たりばったりで変な事言った感じがあるというか……隼人」

「また俺かよ! いいけどさ……わざと怪我するのはこれっきりにしろよな。あんまり露骨だと今度から女子がついてくるし」

「―――」


「あんまり後の事は考えてなかったって顔だ」


 普通に見透かされ、黙るしかない。閉口してしまった隼人の代わりに、先生が頬を優しく叩いた。

「大事な身体なんだから、あんまり雑に扱っちゃ駄目だ。治療する人の気持ちにもなれ」

「…………すみません」

「よろしい。くれぐれも、死なない様に立ち回ってもらいたいね。婚姻の仲なら猶更、見たくない」

「あー初めての夫婦コミュニケーションな所悪いけど! やっぱり架空の敵は本当に実在させた方が良いと思うんだな! とにかく女子のヘイトを集めて、俺達から気が逸れるようにしたい!」

 そこで隼人は俺に対して三つの方法を提示した。


・適当な奴に全部の罪を擦り付けて、そいつを全力で保護する

・辻褄が合うように嘘を重ね続けて、バレないように全力を尽くす

・いっそ謎を作ってしまって、全力で迷宮入りを目指す


「全力ばっかだな。三つ目はどういう事だ?」

「一番目は分かるな。誰かに死んでもらおうっていう魂胆だ。二番目はその死んでもらいたい誰かを嘘だけで作り上げて、絶対に矛盾しないように考える。揚げ足取りさえ起きないようにな。これを踏まえて三つ目だ。まず、ヘイト管理の為に特定個人を嵌める。だけどその特定個人は実在した人物にするんだ」

「…………もう死んでる人って事か? でもそんなのすぐ調べれば分かると思うけどな……」

「すぐ調べれば分かるなら結構だろッ。真相が分かればこのおまじないの解き方も明らかになって、全員ハッピーだ!」

「は? おまじないとこれと何の関係が…………ああ! そういう!?」







「そうだ。せっかく経験者が居るんだからこの手が使える! つー訳で先生、先生の時に死んだ人の名前を誰か教えてください。出来れば女性。死人が硝次に干渉しに来たって事になれば―――アイツらもヤミウラナイの詳細を調べてくれる筈だ。死人の名前を騙ってるって思われても、何で二十年前に死んだ人の名前を使ってるのかって言う所で、こっちから誘導出来る筈だ! 完璧だろ!」

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