売心淫制度
湖岸知尋先生は本当にヤミウラナイとやらの影響下にはないらしい。判子が無かったので拇印を代わりに、正式に役所に出す訳でもない(出せない)し、契約書みたいな物だ。
「しかし、生徒とこんな関係になるとは私も思わなかったな……これはこっちで預かっておこう」
「お願いします。あースッキリしたー!」
「俺はスッキリしてないけどな。先生がなんか許嫁みたいになっちまって…………まあ、承諾したけど」
「お前って年上が好きだったんだな!」
「ああ、なあお前。本当にそういうのやめろって。いや、まともって意味だと確かにそうなるんだけど、違うからな? 茶化すのやめろな?」
「まあ、何でもいいんだけどさ。一応、契約は契約だから。清いお付き合いをさせてもらうよ。えーと、新宮硝次君にとってはその方が良いだろう」
「……すみません。もう痴女はこりごりみたいな所があるんで。先生に全く興味がないとかって訳じゃないんですけど、スリーサイズとか下着の柄とかはその。本当に好きになった時にでも改めて教えてもらえれば」
その辺り、別に拘りなどないつもりだったが、下着姿を無理やり保存させられたり、キスを迫られたり、家に不法侵入されたりを繰り返されると流石に苦手意識というものが根付いてくる。積極的な女の子が苦手になったと……これもある意味恋愛的なトラウマか。知尋先生は絶対に何も考えてないような声音で笑っていた。
「私もそこまで積極的にはなれないな。若いってのはいいね。行動的というか、情熱的というか。自分をおばさんと自虐するつもりはないけどもさ、そういう衝動に駆られるような恋は、若い内にしか出来ないからね」
「多分今回ってそんな呑気な事言ってられる場合じゃないと思いますけどね……俺、家焼かれてるし」
「……それは俺らの視点だろ。先生多分、女子目線で言ってるでしょ」
「一応ね。まあ、そんな話はいいんだ。大切なのは戦略―――私に協力させてまでしたい事や方針を聞かせて欲しいな。多分、今しか出来ないよ?」
「と、言いますと?」
「女の子って勘が鋭い子も居るんだよ。特に好きな人の一挙手一投足には敏感で、直ぐに事情を把握しちゃうみたいな子が居たり居なかったり。だから早い内に行動しないと私も監視されるか、今度こそ死ぬかという二択を背負う事になる」
流石生存者は言う事が違うというか。違うのは多分説得力だが。友人全員が死んだという惨状も含めて、早い内に行動した方が良いというのは反面教師みたいな物だろうか。自分達は遅すぎた、とでも言うように。
「隼人。どうする?」
「どうするか……まず課題を明白にしようぜ。先生。ホワイトボード借ります」
「…………ペン、インク残ってたかな」
清いお付き合いを称するだけあって、隼人と入れ替わりで俺の隣に来た先生は決して身体に触れる事なく、ただ椅子に座って呆けるように前方を眺めていた。俺が横目で気にしていても、全く意に介していない。
―――違和感だらけだ。
女子に囲まれていたせいでついに俺の感覚もバグったか。ただ先生の眼はどうも死んでいるというか、光を感じられないのが。ちょっと気になる。
「俺達の課題はこうだ。じゃじゃん!」
「情報番組かお前。いいだろ別に」
「テンションは間違ってるな。楽しい空気にしようという気遣いは良いと思うけどね」
その課題というのは主に三つ。
・女子に囲まれているせいで身動きが取れない。そのせいで連絡も取れない
・女子は家にまで来るので、プライベートの時間が殆ど存在しない
・女子が攻撃的なので、放っておくだけでも周囲に被害が及ぶ
「ハッキリ言って今三つ目を対処するのは無理だと思う。女心は秋の空なんてやわなもんじゃない。硝次を好きな女子の心は空襲警報が鳴ってるんだろうな。先生の協力を得て解決出来るとすれば、一つ目か二つ目だ。このどちらもは多分難しいな。俺にはまだ思いつけないから―――どちらか。硝次。どっちを解決させたい? お前に任せるよ」
「……お、俺!? マジか。絶対お前が決めた方が良い方向に転がると思うんだけど。成績いいし」
「勉強なんてただ理解力と暗記力が試されるだけだろ。こっちは頭の回転だ。何より当事者はお前だろ。お前を助ける為なんだから、こういう時に俺が責任取ってもしょうがねえ」
あんまり頼るな、と言いたいのか。でも隼人は親友だからついつい頼りたくなってしまう。頼らせてくれ。ここ数日ずっと俺の精神は参っているのだ。立ち直ってくれたなら是非もなく、頼らせて欲しい。
それはそうと、どちらが俺にとって都合の良い状況を作れるかだが。個人的には二つ目も解決させるのは難しい気がしている。あれの解決した先とは、要するにプライベートな時間を確保してある状態なのだが。学校関係者の力を借りてどうにかなるとは思えないのだ。
隼人が何を考えているかなど知る由もないが、二つ目は無いと思う。揺葉がここに加わっても同じだ。プライベートは諦める。
「一つ目、じゃないか? とにかくお前や先生と協力していきたい。何なら定期的に集まって考えを整理していきたい。こまめに方針とかも話し合いたいし。揺葉とかも混ざれば……少しはマシになると思う」
「揺葉?」
「あ、俺達の友達です。遠くに住んでて」
「へえ。そんな子が居たんだな」
「―――――だったら。あれだろ。やっぱりこの保健室を拠点として、集まるしかない。先生が繋がってるとバレるリスクはあるけどな。さっき怪我してるから診せろって先生が言ったらちゃんと引き渡してくれただろ。女子達は恋愛関係に過敏になってるだけで、常識はまだうしな…………」
俺と目が合って、隼人は頭を振った。
「われてるけど、微妙なラインで残ってると思われる。だから具体的に何処がどういうふうにまだ正常なのかを探っていけば、自ずと解決策も見つかる気がするんだ」
「なんかふわっとしてるな。名案とかないのかよ」
「うちの教室で行われてる馬鹿な裁判の結果次第だな。どうなってんだろ」
馬鹿な裁判こと痴女裁判では、俺と関係のない女子が三人によって詰問され、泣いている所だった。珍しく女子達は俺が帰って来た事にも気づかずに夢中になっており、何食わぬ顔で自分の席に座るなら今しかないが。
―――助けた方が、いいか?
まともな頃なら助けただろう。『無害』を理由に割り込んで、後はどうにでもなる。だけどこの裁判はそもそも、俺の部屋に下着を置いていった阿呆が誰かという話だ。その答は『夜枝』なのだが、調子に乗らせたくなかったので黙った結果、犯人を捜すノリが始まった。
だから助けてしまうと、冤罪を作り上げてしまう可能性が非常に高い。『硝次君が庇ったからアイツに違いない』と言った具合に。女子は嫌いだが死んでほしいとまでは思ってないので、手を出そうにも出したくならない。
「アンタが硝次君の家に入ったの!? 無断で!」
「こっちはこっちでシビアな関係を保ってるのに一人で抜け駆けしようとしてるとか!」
「硝次君に近づくなよおおおおお!」
「………………交渉力の見せ所だぞ、硝次」
「いや、お前が交渉したと思うけど……」
「順番だよ」
そんな事言われても…………この場を収められるとすれば。
「犯人はここには居ない!」
また嘘を吐くしか、ないんだけどな。
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