痴女裁判
夜枝を少しでもまともだと思った俺が間違っていた。何だかいつも間違っている気がする。
『もう何も余計な事はしてないな? これ以上何もせず帰ってくれるな?』
『センパイって臆病ですよね。ベッドの上ではあんなに激しいのに』
『何も! してない! 俺も!』
『はいはい。もう何もしてませんよ。その代わり、また遊びに来てもいいですか?』
『……もう聞かなくていいだろ。どうせ来るじゃん』
『どうしても嫌なら考えますけど。その時はSNSに』
『あーもういつでもいい! 分かったらさっさと出てけ!』
そんな感じのやりとりが帰る直前にあったが、騙された。騙された? もう何もしてないという事は既に何かしたという事だ。俺の早とちりとはいえ、この言い回しには明確な悪意を感じる。
女子三人に部屋を漁られた結果、俺の部屋から出るわ出るわ夜枝の下着が。やたら色を揃えてるのもムカつくが、ブラジャーが見つかった事で彼女のバストが大体Bカップくらいだと判明したのが一番腹立つ。
よく分からない人間もいるかもしれないが性的興奮に自主性はない。生理現象というか、仕方のない事だ。夜枝はヤバいしキモいと思ってるが、それはそれとして胸のサイズを聞いてしまうとちょっと……
俺が杏子達から貰った下着姿を見ようとしないのも同じ理由。変に喜ばせてしまうと、俺も被害者として振る舞えなくなる。なんか自業自得感が出てしまったら終わりだ。
「これ、誰の?」
「…………」
これ見よがしに見せてきたパンツの方は、俺が隠しておいた筈だが、誰かが同じ場所に下着をこれでもかと詰め込めば隠し場所として成立しない。身体の中に下着を仕込んでいた訳ではないだろう。ただ学生鞄にしこたま詰め込んでいないとこうはならないので、夜枝はあの瞬間だけ名実ともに痴女だったか。何が清楚系だ。
「知らん」
庇う義理はなかったが、夜枝の性格だと通報はむしろ面白がって行動がヒートアップする可能性があるのと、別に要らない好感度を稼ぐ可能性がある。アイツはこの世で最もリスクが大好きな後輩であり、非の打ちどころがないのは顔と身体だけ。それ以外は非の打ちどころしかない。性格アポカリプス。いや本当に。
あんな性格が悪い後輩を持つとその先輩だって口が悪くなるのだ。
「知らない? 貴方の箪笥にあったのに、そんな事おかしいよね?」
「そうそう。私達に隠し事はなしだよ♡」
「んー。もしかしてー。庇ってるー?」
危ないのは特に丹春だが、この瞬間だけは俺に鎖を付けた早瀬が一番危ない。攻撃性は未知数だが、その過激さに気づいた頃には命が無かった……というのは避けたい。反省する余地もなく死んでいるという事だろう。
「硝次君。ねえ教えてよ。恋人でしょ? 隠し事はやめようよ、大丈夫! 硝次君には怒ってないよ! ただ私の知らない間に硝次君の家に入り浸ってる女が誰なのか気になるだけだから。教えて?」
「知らないもんは知らない! 何で俺が連れ込んでる前提なんだ!? ほら、考えろ! お前達だって勝手に入ってきてるんだ! うちは別に最新セキュリティ詰め合わせの家じゃないし、その気になれば誰だって入れる!」
「勝手に入ってきてないよ♡ ちゃんとお義母さんお義母さんに挨拶してるし♡」
「それだよそれ! 口だけならなんとでも言える! お前達の気持ちが本当だったとしても、ここに下着を置いていった奴はそうじゃないかもしれない! かもかどうかも分からないけど、口だけなら言える! そうだろ!」
バレにくい嘘を吐くコツは、ほんの少し本当の事も話す事。夜枝は俺に付きまとう為だけに見かけ上はセンパイラブを装っている。これくらいは問題ない筈だ。まず彼女は後輩で、俺と接点なんて普通に考えたら生まれる筈もない。それはクラスメイトにも言える(ただし部活動次第だ。俺スキになってからサボっているみたいだが)。
「ねー。私達、勝手な行動はしない約束したけど、これはあれじゃないかなー。クラスの誰かが、抜け駆けしようとしたみたいな」
「……成程ね。そっかそっか。硝次君優しいからあり得るね!」
「ああそっか。そうだね、硝次君が女の子入れるわけないか♡」
「これはもう、炙り出すしかないよ。ライバルが増えすぎても嫌っていうか、出し抜こうとしてるのが気に食わない」
鎖を引っ張られて呼吸が圧迫。痰でも出そうな咳が出て、意識が混濁する。首の骨も心なしか痛い。首輪は嫌いだ、不愉快だ。何か勘違いしてくれるのは嬉しい誤算だったが、だからって腕に力を込めるのは違う。俺にダメージを伝えてる事が理解出来ないのか。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「そうなったらさ、もうあれしかないでしょ。全員で犯人探し」
早瀬も杏子も丹春も一度決めたら方針を変えない頑固者の様だ。俺がどんなに喘ぎ声を出しても意に介さず、心の準備も許さず引きずるように引っ張っていく。
「いたいたたああああああああああああああ!」
靴を履く事も許されず、体勢を変える事も出来ず。ずるずるずるずると。俺の身体はコンクリートにすりおろされていく。
「そんな訳で、痴女裁判を始めます。みんな、席について。大事な話だから!」
ズボンがズルズルに剥けただけで済んだのは奇跡だが、それで俺の受難が終わる訳じゃない。普段は俺を嫌う男子も今度ばかりは同情の目線を送って俺の現状から目を逸らしていた。
早瀬に首を引っ張られ、丹春に頭を撫でられ、杏子には『可愛い』と写真を撮られる。これはなんの拷問でしょうか。
「この中にね、勝手に硝次君の家に侵入して下着を置いていった人がいる。怒らないから、正直に名乗り出て………名乗り出ろおおおおおおお!」
丹春が持っていた彫刻刀を何度も教壇に叩きつけてクラス全体を威圧する。実を言えば家に残された後輩の私物は下着だけではなく、歯ブラシやコップ、目薬なんかもあったのだが。妹のお陰で見逃された可能性が高い。
「これは大変な事だ。生徒の健全な恋愛を応援するのが教師の役目でもある。誰だ、怒らないから出てきなさい。それか全員目を瞑ってもいい。手を上げればバレたりはしない」
そういう、内部通報への配慮みたいなものは無駄だと思う。こっそり目を開けてるやつは絶対いるし、少しでも物音を立てればそれで判断されてしまう。
また、教師の中には矛盾を司る神様が多い。怒らないから正直に。そういう前置きをする先生は大抵怒るし引きずる。俺の人生の中ではそうだった。
なんかおかしな事になってないか?
巻き込まれたがりな後輩への嫌がらせをしたばかりにどんどん取り返しがつかなくなっている気がする。今ならまだ引き返せるだろうが、やっぱり巻き込むとアイツは「ヒロイン狩りじゃー」なんてウキウキしそうだし。
「何かと思えば授業もホームルームもほっぽり出して魔女裁判か。学生諸君は歪んだ青春を楽しんでいるな」
教室後方の扉を開けて入ってきた白衣の先生は知尋先生だ。大真面目な犯人探しを茶化されて、丹春は敵意を見せている。
「湖岸先生、邪魔しないでください。保健室の人が何の用事ですか?」
「私の役目は一つだろ。そこに足を擦りむいた怪我人が居るじゃないか。軽傷でも放っておくのはよろしくない。犯人探しはご自由にして欲しいけど、その子は私が預かるよ」
「えー。でも先生も硝次君の事好きじゃないですかー」
先生はまじまじと俺を見つめた後、お手上げと言わんばかりに手を振った。
「決めつけるなよ。私は……新宮硝次君について詳しくないんだ。まあそこまで信用出来ないなら誰か付き添いしてもらおうかな。うん。央瀬隼人君だったかな。ちょっとついてきてよ」
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