愛されたいし、愛したいので
隼人を殺す?
揺葉も自分で否定したが、その選択肢は考えられない。アイツは徹頭徹尾良い奴だ。非の打ちどころもなければ今回の騒動で落ち度もない。全面的に被害者というか、落ち度があるとしたらこんな事になる想像が働かなかったとはいえおまじないに協力した俺の方にある。
そんな奴を殺すなんて。加害者をどうやっても更生出来ないのでその対象になる人を皆殺しにすれば加害者は加害出来ないみたいな極論だ。あり得ない。何が起きてもそんな選択は取らない。家族が人質に取られても俺自身の命が危機に晒されても駄目だ。
悪くない。
悪くない奴を殺すのは違うだろ。犯罪だからとか倫理的に躊躇がとかじゃなくて。筋が通っていない。
結局その幸運な一日は事態を前に進ませなかった。おまじないの性質を調べようにも俺は詳しくない。誰か詳しい人か……もしくは隼人とどうにか一緒に行動するか。悔しいけどあの自称清楚後輩を頼るか。
「あ、起きたー」
目が覚めると、早瀬が俺の上に跨って鎖を握っていた。鎖の先には首輪が繋がっており、その首輪は俺に向かって既にはめ込まれている。
「…………え」
「おはよー、硝次君」
「お、お。おはよ―――んぐっ」
目覚めのキスとばかりに唇が塞がれる。寝起きで、拘束中で、マウント状態で。抵抗しろというのは無理難題だ。押しのけようとしても身体に力が入らない。これが例えば熱湯をかけられたとか、怒鳴り声が聞こえたとかだと目も一気に覚めるのだが……早瀬のキスは勢いこそ激しいがキス自体が激しくはないので覚めるにしても半端なものになる。
「な、何しやがる!」
「目覚めのキスは恋人の基本だぞー」
「恋人じゃない! ていうか何で首輪!?」
「硝次君と一緒に登校したいからだよー。ほら、逃げるじゃん」
「……そりゃ逃げるだろ。俺は寝てたんだ。ていうか何勝手に家に入ってんだよ! この不審者!」
「ひどーい。ちゃんとお義父さんお義母さんの許可もとったのにー」
「なんで取れたんだよ…………お前、何したんだ?」
「頂き物の高級メロンを一つばかりあげたけど、気にしないで。硝次君の為なら安い安い♪」
お菓子で買収される妹といい、高級品で買収される両親といい、まともな奴がこの家にはいない。まともという概念を義務教育で教えるべきだ。それともあれか、両親にとって息子の価値はそんなものなのか。こんな得体のしれない不審者を近づけさせて。メロン一個で超えられてしまうハードルなのか。
――――――なんで全員がちょろいんだよ!
訪ねて来た時の初動を知らないので何とも言えないが、もしメロンを出された途端に通したなら最低だ。俺は現金主義が好きじゃない。元から通していたら最低を突き抜けて家族の縁を切りたいくらいだが流石にそれはないと信じている。信じさせてくれ。
また猛烈に学校へ行きたくなくなったが、丹春とは違い、早瀬は強引だ。鎖を引っ張られて身体が持ち上がる。首を中心に負荷がかかっているので呼吸が苦しい。
「ぐ、やめろ! 分かったから。学校行くから。この首輪外してくれ」
「駄目駄目。硝次君が何処へも行かないように監視してないと」
「トイレとかどうするんだよ! 俺に漏らせってか!?」
「その時はちゃんとついていくよー。大丈夫大丈夫。硝次君がトイレしてる姿を見ても嫌いになったりしないからー」
「そういう問題じゃ、ない!」
本当に違う。
恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、好きだとか嫌いだとかそれ以前の問題だ。確かに好きな人が居たら、その人に見せるのは恥ずかしいを通り越して死にたくなる。
だが俺は早瀬の事を何とも思ってないし、何なら嫌いに片足を突っ込んでいる。だから違う絶対違うとにかく違うあり得ない考えられない万が一にもそんな要因はない!
人間として。尊厳的に。嫌なのだ。
「我儘言わないのー。さ、早く着替えてよ。じゃないと役得感もないし。この役手に入れるの大変だったんだよー?」
「俺が! いつ我儘を言ったんだよ! トイレを見せたくない、鍵を閉めたくない! 全部我儘なのか!? この鎖付きの首輪を外してくれって言ってるだけなのに!?」
もう埒が明かないし、いつもいつも人の話を聞かないことに関しては想像以上だ。しかし駄々をこねても無駄だと悟ったので大人しく着替える事にする。着替える瞬間についてはもう諦めた。身体を舐め回すように見られるなんて―――恥ずかしいし、普通に怖いし。
「…………もう好きにしてくれ。登校するから」
「えーとねー。それは駄目だよー。ちゃんと朝ご飯食べなきゃ力出ないんだから。色々な意味で精力つけないと。ねー?」
「お前……不法侵入じゃ飽き足らず、朝食までこの家で摂る気なのか。いいか、そういうのは図々しいって言うんだぞ」
「大丈夫だよ、硝次君の家族には迷惑かけないからー」
「俺に多大なるご迷惑をおかけしてるんですが、謝罪してくださいますか?」
「台所で丹春が待ってるから、早く行かないとねー。はあーあ。私が料理したかったなー」
は?
結論から言うとこの家は乗っ取られてしまった。丹春と早瀬と、それに杏子。妹も両親も既に仕事へ行くなり学校へ行くなり、もう家を出てしまった。ここに居るのは俺と不審者と不審者と不審者。
これは実質的に誘拐では?
「はい、あーん♡」
「あーん」
抵抗は無意味だ。鎖付き首輪をつけられているのでほんの少しも離れられない。かといって本気で暴れるといつかの丹春が今度こそ危害を加えてくるかもしれない。こんな窮屈な朝食があってたまるか。楽しくないし、美味しいのかもしれないが美味しいとは思いたくないし、ただならぬ緊張感に晒されているからお腹が痛い。
「どう、美味しい♡」
「ああ」
多分。サバの味噌煮を食べている。目をそらしているので分からない。
「ほらほら♡ 私の食べさせ方が上手いからだよ♡」
「私の料理が上手いからだけどね!」
「はあああ?」
「私が優しく起こしたからねー。ここだけの話だけど」
三人に見られながらの朝食は窮屈だ。だからこんなハーレムは嬉しくも何ともないと散々言ってるのに、誰も引き取り手が見つからない。ただ見つめられるだけならまだ良かったかもしれない。
だがこいつらときたら、俺が一々口を動かし、呑み込む度に、まるで性交渉中とばかりに身を捩らせたり、震えたりと―――ハッキリ言って。気持ち悪い。夜枝も大分キモいがまたランキングが塗り替わってしまった。
俺が間違っていた。ここ数日で価値観を全く変えられてしまった。それは認めよう。第一印象はどうしても外見になるから。顔が良い女子はそれだけである程度モテるし、そんな子に好意を抱かれたらこちらも無碍には出来ない筈だと。
顔が良いだけでは限界があったのだ。とにかく関わり合いになりたくない。かつて『無害』と呼ばれた男とは思えないくらい、投げやりな対応を続けていきたい所存である。
恋愛経験も皆無で隼人のモテを見るだけだった俺は。自分で言うのもあれだが面食いな節があった。面食いは馬鹿だ。もしもこのハーレムが解決して真っ当な人生を取り返す事が出来て、将来のパートナーを見つけなければいけない時が訪れたら、その時は中身を見せていただきたい。
顔が良いだけで中身が最悪だともう冗談じゃなく吐き気がする。家に押しかけて来たのが三人だけだから、まだギリギリ堪えられた。これがクラスの女子全員だったらもう…………もう。
「ねー硝次君。 そう言えばベッドに女の子のパンツがあったけど。あれ、ダレの?」
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