揺りかごのようなキミ
「センパイの部屋、綺麗ですね。意外でした」
「いや、物色するなよ! 帰れって!」
「他の子の下着とか、私物とか置いてないんですね。あーあつまんないの。あーでもエロ本とかえっちなビデオはありそうですね」
「ねえよそんなの! 帰ってくれ…………頼む!」
「センパイの友達を助けてあげた恩人にその言い草はどうかと思いますよー」
俺の事を好きという建前なので当たり前だが、夜枝は人の話も聞かずにベッドに寝転んだ。妹の視界から離れた途端にこれだ。俺に興味なんてないと言わんばかりに足を向けて、パタパタ動かしながら携帯を見ている。
「お、おい! 待って。せめてこっち向かないか?」
「えー何でですか。疲れたので休ませてくださいよ」
「スカートの中をこっちに向けるなって言ってるんだよ! み、見えるから」
後輩は足をバタつかせるのをやめて、横向きになる。上体をほんの少しだけ起こして、伏し目がちに俺の方を一瞥した。
「へー、見たんですね」
「見てない」
「じゃあ何色だと思いますか?」
「………………縞々」
夜枝はニヤりと笑ってスカートを手で抑えた。しかし丈が短いので、下着自体をギリギリ隠す程度の効果しか見受けられない。
「せいか~い。なーんだやっぱり見てるんだ。ただ遊びに来ただけの後輩のスカートを覗き見てるとかえっちですね、センパイって」
じゃあ何だ、俺はせっかく自分の部屋に帰ったのに一生目を瞑っていなきゃいけないのか。それはおかしい。俺は純然たる被害者だ。断固として濡れ衣は許さない。声を上げていく。
―――夜枝の行動方針とかも少しは知りたいし。
じゃないといつまでも俺はこいつに振り回されて疲れてしまうだろう。役に立つ事は立つのだから、鬱陶しいけど対話を試みないと。ああ、俺という人間はなんて素晴らしい存在だろうか。この手のマウントは嫌いだが、普段通りの否定的な考え方じゃ尊厳が失われる一方だ。
変態にされるよりは全然マシ。
夜枝が徐に立ち上がったかと思うと、スカートの中に手を突っ込み、なんと下着を脱ぎ始めた。
「………………は、はあ!? お、お前何して」
「じゃじゃん。じぇーけーの脱ぎたてパンツです。これ、この部屋に置いていきますね」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て! 本当に待って! 何で? 何でそんな事するんだ? 意味が分からない! お前の考え方が分からない! 何がしたいんだ!」
「何って。センパイの周りの子の反応が気になるからですよ。どうせ勝手に部屋に入ってくるんですよね。そんな時これを見つけたら……」
「やめろ!」
後輩は聞く耳を持たずまたベッドに寝そべった。下着だけならまだしも脱いだ今となってはモロ見えなので流石の俺も目を瞑った。良心が痛むというか、こんな極悪女に対して働く良心もどうかと思うが。生理現象として興奮して、それをネタに強請られるのを避ける為と言った方が個人的にも納得がいくのでそういう事にしよう。
「…………もう分かった。それおいてっていいから、帰ってくれ」
「嫌ですー。センパイが襲うの待ちですから」
「襲わねえよ!」
「みんな最初はそう言うんですけどね。でも安心してください。センパイが相手なら抵抗はしませんから幾らでもどうぞ。妊娠させてもいいですよ。反応が面白そうなので」
「…………お前。どういう神経してるんだよ。そこまで行ったら俺でも分かる。お前はどんな手段を使っても殺されるって」
「あんまり気にしない様にしてます。人生を楽しむ秘訣です。真似してください」
自論ばかり展開してやはり聞く耳を持たない夜枝。ため息を吐いていると、俺は突然自分が馬鹿だった様な気がしてきた。スカートの中を覗きたくないなら移動すればいいだけの事だ。何故気づかなかったのだろう。
立ち上がって移動しようとすると、彼女がつんつんと靴下越しに俺の身体をつっついた。
「何だよ」
「どうせなら隣に来てくださいよ。変態なら来る筈です」
「俺は変態じゃないので、行かない」
「…………なんか反抗的ですね。しょうがない。やっぱりここはSNSに」
「わーやめろ! 行くから! 社会的抹殺だけはやめろ!」
「そうやってすぐ折れるなら反抗しない方がいいんじゃない?」
「うるさい!」
自分のベッドに寝転んで何が悪い。そんな風に開き直らないともう心が持たない。至近距離で夜枝の悪魔的な美貌を見るのは身体に悪いと言いたいが、顔だけは良い女と言い切ってもいいくらい、他の部分が汚点なので問題ない。
「…………今日来たのは、センパイの事を知りたかったんですよ」
「俺の事?」
「センパイの情報を、他の子は知らない訳ですから。後輩ちゃんとしては少しでも情報優位に立ちたいんですよ。勿論見返りはあります。今回みたいに手を貸してあげてもいいです」
「………………ヒロイン狩りとか言ってたけどさ。あんまり過激な事するなよ。俺は俺で勝手に解決しようと頑張るんだ。お前には余計な事しないで欲しい。今のクラスメイトは嫌いだけど、別に殺したい訳じゃないんだ。いいな?」
「殺すより面白い事が起きそうなら、何もしませんよ?」
「何だよ、それ…………さっきの発言とかさ。お前が男遊びしてるのかなって思ってたけど、ないな。ないない。確信した。お前みたいな危ない女をどうにかしたい男はいないもん」
夜枝はクスクスと笑って、ウィンクするように目を瞑った。
「じゃあ、私のハジメテはセンパイですね。優しくしなくてもいいですよ。何事も激しいのが好きですから」
夜枝の良い所はちゃんと夜になる前に帰ってくれる事だ。帰り際に余計な事さえ吹き込まなければ完璧だった。妹は友達に俺が『年下好き』であると伝えたそうだ。
『もう無理だよ…………揺葉。助けてくれ。しんどい』
なにもかもが嫌になったので唯一まともな女友達こと揺葉に頼った。着信履歴とか知らない。俺はもう辛い。耐えたくない。
『あはは。ちょーうける』
『お前もかああああああ!』
『いや、ごめんよ。でも他人事っていうか、私は電話越しにしか聞いてないからさ。対岸の火事みたいな事なんだよね。ごめんごめん。おまじないについて調べたから機嫌悪くしないで』
『…………収穫は?』
『特定は出来なかったけど、硝次君の住んでる地域に根付いてそうなおまじないは見つけたよ。見つけたけど…………』
電話越しにもその歯切れの悪さは明確だ。よく耳を澄ませるとパソコンのキーボードをたたく音まで聞こえる。イヤホンなどはしていないのか。
『―――恋愛成就の物はないって言うか。全部縁切りに近いって言うか』
『縁切り?』
『恋愛とは程遠い物ばかりなんだ。硝次君っておまじないに巻き込まれてから急速にモテたんだよね。そうなると、話がおかしくなってくるじゃん? ねえ、そのおまじないの手順を教えてくれない? そうしたらもっと絞り込めるんだけど』
『なんから体の一部……服の一部だっけ。それを何か……袋に入れて……あー』
『あーこれは期待出来ないな。でもまじないをかけたい人を絞り込む為に服とか体? とにかくその人を示すモノを用意するのは普通だから、あんまり絞り込めないね』
『…………ごめん。役立たずで』
『あーいいよいいよ。気にしないで。大事な事は分かったから』
『大事な事?』
『凄い極端な話になるから、あんまり真面目に聞かないで欲しいんだ。多分まじないに掛けられた人って隼人君だと思うんだけど……だから、多分隼人君が死んだら、全部終わるような…………ごめん。気にしないで。それは私も嫌だし』
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