ノット・イコール・キングハーレム

 勉強会からどうにか抜け出せないかと無駄な時間を過ごす事二時間余り。大人しく勉強してくれる分にはいいのだが、クラス中の女子がつき纏ってくる事がどんなストレスを招いているか。彼女達は知る由もないし、言っても聞かない。俺の周りの女は全員人の話を聞く姿勢がない。

 

『お兄ちゃん。ちょっと帰ってきて欲しいんだけど』


 そんな時、妹―――新宮冬癒にいみやふゆの連絡を受けて、俺の心は舞い上がってしまった。

「いやー悪い! 妹から緊急の呼び出しだわ! 家族がちょっと心配だから、先に帰るな! じゃあな!」

 そうだ、何をうっかりしていた。妹が俺に惚れていないなら、血縁関係のある人間は対象外という事だ。それに、家族という関係性も踏まえて、自称恋人の彼女達もそう簡単には食い下がれない。事実、俺は引き留められなかった。多少惜しむ声はあったが、今までの悩みなんて全て吹っ飛ぶくらい簡単に帰宅出来た! そうだそうだ。この手があった。妹に毎日急用を作らせればいい。そうすれば俺も帰宅出来る! 

 ここに問題があるとすれば、妹にも妹のプライベートがあり、暇ではないという事だ。一回二回はまだしも定期的にとなるとどうしても信頼が必要になってくる。謎ハーレムの解決の前に、まずは土台作りだ。兄としての威厳はなくなるかもしれないが、妹との信頼関係を築く所から始めよう。

「おい、こらああ! 硝次!」

「え…………隼人?」

「お前の仕業だろ! マジでさ…………勘弁してくれよ! 夏でも流石に風邪ひくぞ!」

 校門で俺を待ち伏せしていたのはジャージ姿の隼人だ。ジャージ自体はファッション目的の衣服ではないので一般的にはダサいが、彼が着ると様になるというか、似合っているというか。華があるように感じる。

「お前、無事だったのか……何もされてないか!?」

「何もって、お前この格好で何でそう思うんだ? 縛られてプールの中ってもう拷問か処刑方法だろ。本当に溺れるかと思ったぞ……」

「いや、ごめん。ちょっと頼れる奴かと思ってたんだ。アイツ、別に俺に惚れてる訳じゃなくてさ。なんていうかフリをしてるんだけど。ばっちり頭がおかしい奴で」

「…………??? 意味が分からん」

 とにかく怒りを収めたいと思ってつい早口で説明してしまった。しかし隼人は女子と違って温厚なので、怒っているからと言って手を出してきたりはしない。俺も落ち着いて、語彙を分かりやすく選んで、もう一度説明した。

「よーしなら分かりやすく言ってやる。お前の事が好きだった女子はある日突然地雷系に化けた。そうだな?」

「地雷系……っていうか、地雷そのものな」

「いいや地雷系だ。アイツ等はそれなりに俺が制御出来るけど、お前に向かわせた後輩は制御出来ない。真の地雷ってのはあれだ。俺もなんか……理解に苦しむ。ごめん。ただお前を……その。立ち直らせたかっただけって言うか」

「…………ああ、知ってるよ」

「え?」

「その核地雷から聞いたんだよ。お前の思惑。だからまあ……怒ってるけど、あんま怒る気にもなれないっちゃなれない」

 

 夜枝…………。


 脳内でドヤ顔をする彼女の顔が浮かんで腹が立った。本当に何がしたいのだろう。あまりここで立ち往生しているとせっかくの機会を逃す。隼人の背中を押して、俺はそそくさと学校の敷地を出た。

 女子を撒くまでの経緯を説明すると、隼人は渋面を浮かべて首を傾げる。

「……なんか妹の負担が大変だな。嫌われるぞ」

「だからちょっと……言い方悪いけど、媚び売っとくみたいな。それよりもお前の方が大変だろ。家とか…………保護者とか。学校に居られないんじゃないのか?」

 話題に出すだけでもこの空気が壊れるんじゃないかと。ハッキリ言って怖かった。隼人は水責めのせいで頭に血が上っていて、それで気が紛れている筈だ。明言してしまうと正気に戻すみたいで悪いというか……それならずっと、怒りの酩酊状態が続いた方がいい。

 でも、言うしかない。隼人の今後を思えば、大事な問題だ。

「あー……………………それ、な。うん。さっき散々ボロカス言っといてあれだけど。俺が怒ってない理由の一つでもあってさ」

「うん?」

「夜枝ちゃん……だっけか? なんか知り合いに部屋を貸せる人が居るみたいな話で。貸してもらう事にした。保護者の件も、その人がやってくれるみたいな……法律とか道徳的に大丈夫かなとは思ってんだけど」

「大丈夫じゃ無さそうだぞ。絶対手続き飛ばすだろ」

「………………まあ、お前がまずあり得ない状態に陥ってるし。どうせ協力するなら俺もその方がいいかなって」

 前言撤回をしたい。

 夜枝は発言がとち狂っているだけで、なんだかんだメンタルケアというか、ハーレムの事以外の問題は処理してくれた。頭がおかしいので出来るだけ関わり合いにはなりたくないが、次に会う事があればもう少し態度を軟らかくしてもいい。

 駅前にさしかかる。裏道を通っているお陰か、女子達の気配は感じない。

「でも無条件で貸す訳じゃないだろ。何が条件だ?」

「それが特にないんだ。強いて言えばお前に協力しろって……だから、お前のモテ期が終わるまで無条件で部屋も貸すし保護者としての務めも果たすみたいな。そういう条件だよ」

「………………なーんだ。お前が親切心でわざわざ変な立場に身を置いたのかと思った俺が間違ってたよ」

「流石にな? でも……俺は乗り気だぜ。お前のモテ期は迷惑すぎる。解決しなきゃ俺も殺されるかもしれないしな」

「それは合ってる」

 何てことだ。今日一日で隼人を立ち直らせるばかりか自然な流れで協力を取り付けられた。元々そのつもりだった事も加味して、夜枝の働きは素晴らしい。いやほんと、言動と思想と行動さえ危なくなければ滅茶苦茶可愛い後輩(正直クラスメイトの誰よりも顔は良い)なのに。

「じゃあ早速揺葉にも協力を……って言いたい所だけど、俺は妹になんか呼ばれてるからな。お前も部屋の内覧みたいなのしなくていいのか?」

「あーそれは、やっておいた方が良さそうだな。トイレがないとか風呂がないとか言われても文句言えないし……心の準備くらいはしておくか」

 気の置けない親友と、二人きりの帰り道。



 久しぶりでもないのに、せわしなかった神経が、落ち着いた。


















「お兄ちゃん、ごめん。お兄ちゃんって年下好き?」

「は?」

 家に帰って早々、また恋愛!?

「え、おい。まさかお前―――」

「いや、違いますから。ブラコンじゃないですから。私じゃなくて私のクラスメイトね? なんか良く分かんないけど、私にお兄ちゃん紹介しろってうるさくなったの。そう言えばモテすぎて困ってるとかキモい事言ってたし。じゃあ紹介するかって思ったんだけど」

「年下…………いや、そうじゃなくて! お、お前の学校でも噂になってるってなんだ? マジで言ってる?」

「じゃなきゃ呼びつけない。で、どう? 脈あり、なし? 妹の友達だから興奮出来るとかそういう変態性はございますか?」

「言い方が悪いなッ。いや年下…………とか、そういう問題じゃないっていうか」

「年齢は拘らない系? じゃあ何? スタイル? 胸が大きいとか小さいとか、ウエストが太いとか細いとか? ウエストはともかく中学生に胸とか期待してたらドン引きなんですけど」

「お前も人の話を聞かない妹だなあ! 違うよ! 俺はモテすぎて明日の展望も見通せない様な状態だからこれ以上モテると正直困るっていうか。手に負えないみたいな所があって」

「お兄ちゃんそんな事言う割には、特別扱いしてる子いるよね」

「は?」





「あ、お邪魔してます。センパイ」





 玄関で詰められている最中、二階からブカブカの俺の服を着て降りてきたのは、夜枝だった。

「………………」

「冬癒ちゃん。大丈夫だよ。センパイはそういう細かい事気にしないから。ありとあらゆる女の子が、女の子であるというだけで好きなんだから。ね、センパイ」

「…………………」

「なんか言ってるけど。お兄ちゃん?」

「何で家に………………」

「え、それは…………お菓子、美味しかったから」

「お菓子! お前買収されたな!?」

「えへへ 面目ないです」

 本当にもう、妹はちょろいしクラスメイトは発狂してるし夜枝は奔放だし地雷だし地雷だし地雷だし人の話を全く聞かないし! かと思えば気遣いだけは無駄にできるし!




「うわあああああああああああもうやだああああああああああああああああああ!」




「うるさいセンパイにはこれをあげますね」

「むぐ―――っ」

 口に放り込まれたのは四角いクッキーだ。黒々しい見た目からチョコっぽさを期待したが、実際の甘みは絶妙に舌に残る匙加減だった。

「清楚な後輩ちゃんは料理も得意です。参ったかー」

 その弾けんばかりの笑顔が、せめて本音である事を願いたい。

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