自称清楚な後輩ちゃん
せっかく揺葉や知尋先生に続いてまともだと思っていた女子が、普通に地雷だった時の悲しさたるや誰にも理解出来ないだろう。
「私、清楚ですよ」
トイレで何を言ってるのだろうこの後輩は。天然というより単純に悪質だ。俺に拒否権は本当にない。殺されたプライベートは二度と戻らず、俺がただ困るだけで、もっと言うと後輩が楽しくなるだけだ。夜枝の笑顔が見られて幸せという人間がいるなら、代わってくれ。押し付けるから。
「清楚な奴は自分を清楚とか言わない。大体何で男子トイレに居たんだ」
「何か面白い事起きないかなって思ってました。私を見て動揺して、あわよくば漏らしてくれると面白いなあなんて。そういうのは無かった訳ですけど、まあいいんです。センパイと会えたので」
やっぱり清楚じゃない。
どちらかというと変態だ。何故俺の知り合う女は悉くおかしな奴しかいない……というと揺葉に失礼か。いやしかし、アイツは電話越しだ。
「ほらほら、早く帰ってください。早く帰らないと下腹部に硝次先輩専用って文字を書いてSNSにバラまきますよ」
「分かったよだからやめろ! お前おかしいよ……俺の事好きでも何でもない奴が一番おかしい」
「恋愛って好き以外の感情から始まりませんか?」
「始まらない!」
脅しが本当に血の気も引くような脅しなので早々にトイレから退散した。プライベートがどうのこうのと言ったが、よく考えたらもうとっくに死んでいる様な物じゃないか。連絡先は交換する事になったし、さっきから投げキッスのスタンプを連打してくるので通知が煩いし(普通に通知は切った)。
考えが足りなかったなんて責められる謂れはない。俺のことを好きじゃないならまともだと思うじゃないか。こんな抜け穴を一体誰が考慮する。考慮してはいけないだろう。全部が全部疑い始めたら何も信じられない。知尋先生もそうなのかと思ってしまったが、あの人はあの人で何か事情を知っているという意味でおかしいので、多分違う。そうであってくれ。
「あー♡ おそーい♡」
「…………そりゃ、遅い時もあるよ」
女子に歓迎もとい吸い込まれて、今度は逃げ道が失われた。隼人は男子と共に何処かへ行ってしまった様だ。携帯で連絡を取れば反応してくれるかもしれないが、お互いの命が危なくなる。女子達は別に、俺が好きだから危害を加えない訳じゃない。少なくとも丹春は必要に応じてその気配を見せる。
「な、なあ。丹春」
「なに?」
「お前はその…………いや、ここに居る全員が俺を好きだと思うんだけど。他の評判はどうなのか知ってるか?」
「はー。他の子なんて気になるんだ硝次君。私みたいな可愛い子がいるのにー」
「いやいや、アンタなんてブスだから! 可愛いのは私♡」
「はあ?」
「はあああ?」
「ちーがーうー! 変に思われるだろどう考えてもこういうのは! お前等部活所属してるよな。例えばその部活でずっと俺の事喋ってたら変な目で見られたりするんじゃないか? 俺が人気じゃないならッ」
「あー、そういう事ね。 もー硝次君は心配性だなあ。大丈夫だよ、硝次君を好きじゃない女子なんて居ないから! 上の先輩もみーんな硝次君を狙ってるって話だよ? 勿論、硝次君は私のカレシだけどね!」
俺に主導権が渡る事はない。私の彼氏私の彼氏と言って全く俺の意見なんて聞いてはくれない。夜枝が特に変というだけで彼女達も十分おかしい。悪質な変態か話を聞かない狂人かという違いだけだ。そしてそのどちらも本当に迷惑であり、出来る事なら二度と視界に入れたくない。
節操と風紀ある高校生活を送れるならどれだけいいだろう。俺を囲む女子は―――特に杏子や早瀬や丹春はわざと胸元のブラウスを緩めてブラジャーと谷間を見せつけてくる。こんな状況でも生理的反応で興奮してしまう自分がどうしようもなく恥ずかしいし、最悪だ。好きだから興奮するとかじゃなくて、生物の構造上どうしようもないのが救えない。
もはや諦めたい所だが、まだ早いだろう。俺が今すべきなのは隼人を立ち直らせる事だ。
しかし、どうやって?
アイツにはもう、家も家族もないのに。
「………………………」
放課後は勉強会に付き合わないといけない。つまり俺本人はどうしようもないという事だ。
それならば。もう頼めるのは。
放課後。
図書室のルールを破ってわいわいと女子達が騒ぐ中、勉強会は俺の努力もあってトラブルなく進んだ。一応俺が過激な反応さえしなければ真っ当に勉強くらいはしてくれる様だ。成績の良し悪しはこの際気にしない。何事もなく終わればそれでいい。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「はーい。早く帰ってきてね♡」
勿論伏線は張っておいた。あえて水筒の中身をお茶にして利尿作用を強調。これなら不自然さはない。『漏らしたら漏らした分だけ飲む』とかいうド変態も現れたが、人として間違っているので俺の方から遠慮した。君には綺麗な身体で居て欲しいとか何とか。何を言ったかは覚えていない。口から出任せだったので。
トイレについたら即座に電話を掛ける。スピードが大事だ。今度は誤魔化せない。たかが少し用を足すだけの名目だから、この場は見逃されてもこれ以降は警戒心を抱かせてしまう。
『はいはい。センパイだけの可愛く可憐な後輩ちゃんです』
電話の相手は、自称清楚な夜枝だ。頼れる相手が本当にコイツくらいしか居なかった。少し話した感じだと面白そう―――もといトラブルが起きそうな事なら引き受けてくれそうだと思ったので頼んでみたら、案の定快諾だ。
『結果を言え』
『つれないですね。もう少しノリの良い人だと思ってました』
『変態のノリには付き合わないよ』
『隼人は立ち直ってくれたか? ……まず接触出来たか?』
『センパイの嫁だって言ったら接触を避けられました』
だろうな。
どう考えても、襲いに来たとしか思えない。そういう女子しか今は居ないし。隼人は包丁で襲われた過去がある。過去と言ってもついこの前だが。
『なので無理やり捕まえてふん縛って、プールに放り込みました』
『…………はあ!? お、おま! そんな事しろなんて言ってないぞ! 引き上げろよ、殺す気か!』
『紐を引っ張れば顔くらいは水面の上に出るので大丈夫です。立ち直らせろと言っても私はメンタルケアの心得がないので、立ち直るまでこのままにするつもりです』
『…………分かった。もう解放してやれ。お前には二度と頼まない』
『えー。せっかく面白くなってきたのに、残念ですね。ヒロイン狩りはこれからですよね?』
…………?
『何言ってるんだ? だからそんな事頼んでないぞ。ていうかヒロイン狩りって何だよ』
『そりゃあ勿論センパイに付き纏う子の一掃ですよ。特定の誰かを好きで好きでたまらない人からそれを略奪するのってなんか面白そうじゃないですか。どんな反応を見せてくれるんでしょうね』
話が通じているかどうかも怪しくなってきたが、ここまで己の娯楽だけを突き詰めてくるといっそ笑いがこみあげてくる。夜枝には俺の都合とか誰かの迷惑とかを考える頭がない。ただ楽しければいい。それだけの単純明快で悪質な思考回路。
『お前…………殺されるぞ!』
『それはそれで面白いからいいじゃないですか。恋の障害には殺人も厭わないなんて素敵な恋です。センパイもそうは思いませんか?』
『自分がどうでもいいなんて中二病患者みたいな事言うんじゃねえよ! 痛いんだからな!』
『どうでもよくはないですよ。せっかく面白そうな事になってるのに死んだらそれまでじゃないですか。だから死ぬつもりはないです。一応名目上は私もセンパイが大好きですので、殺す殺されるともなれば仁義なき一騎打ちか、バーリトゥードなデスマッチか』
『なあおい、やめてくれよ。お前が好き勝手して、俺の関与がバレたらついでに俺も死ぬんだぞ? 頼むからまともに俺の話を聞いてくれ。なんで過激派筆頭みたいな事ばっかり頼んでもないのにするんだ』
『センパイが死ぬ事は無いと思いますよ。言ったじゃないですか、恋は好き以外の感情から始まるって。だからそれを邪魔されるくらいならどんな手を使っても排除してあげます。やっぱり、これから面白くなりそうですね』
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