錯乱の木の下で貴方が好きデス
知らない現実見る理想
「え、お父さん死んだー? 知ってる、余計なお世話だよねー。娘の恋愛に口出すとか何様って感じ。気にしないでいいよー」
あの凄惨な事故から翌々日。
自分が悪いとは微塵も思っていなかったが、それでも父親が死んだので早瀬に謝罪にいくと、出た言葉がこれだ。むしろケタケタ笑って、どうでもいい事みたいに流している…………実際、どうでもいい事なのだが。少なくともこの状況に比べたら。
「あー。既に説明があった通り、クラスの男子が急速に足りなくなった。アイツ等はちょっと恋愛の邪魔をしたからな。だからA組とB組は合併して、今日からここがA組だ!」
人が足りなくなったのでクラスを統合する。それは良い判断だと思うが。問題はその席順だ。俺達は一年生ではないが、新しくクラスを編成するとなれば最初は出席番号順になるのが筋だろう。というかその方が分かりやすい。人数の多い学校ならどこもそうだと思うが、あまりにも人が多いと余程記憶力が良い人でもないと誰が誰なのかが一致しない。そこで出席番号順に席を座らせる事で初めて名前と顔を一致させるとか……とにかく、合理的なのだ。
ところがこのクラスは俺を中央の机に置いた後、周囲を女子で固めて、最後に一番外側を男子で埋めるという、明らかに俺を孤立させる様な席順にしてくれた。男子達は隼人を除けば外様だとでもいうのか。親藩があまりにも多すぎるのではないか。
「……先生。あの、俺に対する嫌がらせですか? 俺のせいで彼女にフられたからってあんまりじゃ?」
「何のことだ? これは女子全体の要望を聞き入れただけだぞ。やっぱりクラスの悩み事は多数決で決めないとな! その方がクラス全体にとっても良い筈だ」
「うぇーい先生最高ー♡」
担任の先生から物凄い敵意を感じるが、彼なりに教職として秩序を考慮した結果のようだ。確かに女子の過激さを考えたら俺を近くに置いた方がいいのは分かる。男子が外側に居るのも俺に対する嫌がらせというより、守る為か。下手に俺に関わったら命が危ないからと。クラス全体にとって良いとはそういう意味だろう。
―――やっぱなんかおかしい。
俺の知ってる日常、性格、言動行動全部がズレているならむしろ分かりやすかった。昔の現実と全く違う……異世界の様なものだと思ってしまえばそれはそれとして納得がいく。『そういうもの』と思考停止出来る。
だけどそうじゃない。全員殆ど代わっていないのだ。先生も一方的な恨みを俺にぶつけてくるなどの違いはあるが、クラスが荒れた状態は許容してないし、仕方ないとしつつも悪戯な被害を防ぐための策は講じる。それは俺の知る普通だ。
女子の行動に対して致命的に全てがおかしくなっているだけで、それ以外は全く普通。それが違和感となって、俺に不愉快を押し付けてくる。
この考え方で行くと当然だが、隼人は俺から一番遠い場所に追いやられた。一応男子に囲まれたので守られたとも言えるか。
「先生ー! せっかく新しいクラスになったんですし、交友を深める為にもなんかしませんか?」
「授業で使えるコマ……そうだな。どうにかして考えてみよう」
「やたー!」
一人浮かれている女子の名前は
控えめに言って、俺の生活を羨ましがる男子が居れば素直に挙手して欲しい。
俺は是が非でもそいつと協力関係を結び、状況の解決が望めないようならそいつに押し付けるから。悪人だ非道だのと罵られてもしった事じゃない。俺だってこんな状況一ミリも望まなかった。それを羨ましがるなんて俺に対する嫌味もいい所だ。是非絶望を味わってくれと。
「硝次君」
「硝次君♡」
「硝次君ー」
「硝次君!」
ああ名前を呼ばれ過ぎて自分の名前が嫌いになってきた。こんな事が現実で起きるなんて。休み時間の度に女子に話しかけられ、授業中は女子に先生が答えを聞こうものなら俺を頼ってきて、昼休みは逃げる間もなく机を包囲されて強制的にその場で昼食を摂らされる。聖徳太子よろしく俺は女子に囲まれ特に丹春、早瀬、杏子の三人とは会話の頻度が多い。
こんな状況だと隼人を気に掛ける暇もない。アイツは一昨日家族をバッグ詰めにされて失った。そのショックは当人が強気に振舞っても到底隠しきれる物ではなく、連日の様に思い出しては泣いている。二人でこの良く分からない状態を解決しようという話は、当分先の事になった。
「アイツ……マジでクソだろ」
「隼人がこんなに泣いてんの初めてなんだがおい、隼人! 大丈夫か? 俺らは味方だ、大丈夫。飯食おうぜ飯!」
そして事情を知らない男子はやはり俺がハーレム(ハーレム?)を築いた事が原因と思ったのか隼人に優しい。元々人望はあった方だが、ここに来て男子からの人気は更に高まった様だ。聖人に似つかわしくない不遇さが同情を誘ったという原因があるので、これは正しい。
急になんかモテた俺は、正しくない。
「ああ……うん。なあ取り敢えず授業は真面目に受けないか? 俺に頼るのはまあいいとしてさ。成績あんまりよくないだろ。杏子とか」
「えーそれは心外!」
「テストの点数悪い様な人が硝次君と吊り合う訳ないじゃん。帰れよ」
「あああん!? テストとか関係ねーじゃん! 大切なのは愛よ愛! どれだけ硝次君を愛してるかで言えば、私より上とかいる訳ないもん。ねー硝次君♡」
「人の話を聞けよ! 点数が足りなくなったら留年するんだぞ。俺の事を好きなのはいいけど、少しは自分の身も心配してくれ」
「へー♡ 私の事心配してくれてるんだ♡ それだったらさ、ねえ。二人きりでお勉強とか? してくれるよね?」
は?
俺だって成績優秀ではないが、何故そうなる。杏子の案を誰よりも肯定していたのは本人よりも俺よりも、周囲の女子だった。特に、五月。
「じゃあ放課後全員でやろうよ! その方が楽しいし、クラス全体の為にもなる! 参加する人!」
女子全員。俺は手を挙げなかったが、数人に身体を鷲掴みにされてむりやり挙手の事実を作られた。五月は他の男子にも聞いたつもりだったが、隼人はショックでそれどころではない。それ以外の男子が参加する道理はないので(クラス統合の余波で破局するカップルが増えたらしい)、これで終わりだ。
「そうと決まれば打合せ―! 硝次君後で時間頂戴? 今日は何処を勉強するか二人で計画立てよー!」
「め、メイ! お前知らないかもしれないけど、成績そんなに良くないぞ! 赤点じゃないだけで―――」
「知ってる知ってる。硝次君の成績くらいみーんな知ってるよ。それでも勉強すれば一緒に成績上がるよ? これで万が一にも留年はなくなってみんなハッピー! ねえ!」
話が通じないし、言い返そうとしても多くの場合は多勢に無勢で声をかき消される。クラスメイトとの交流が苦痛になる中で、俺は逃げるように男子トイレへと向かった。
わざわざトイレに行くと言わないとついてくる気配まで見せるのが、本当に鬱陶しい。
―――クソ、クソ、クソ、何でこうなるんだよ…………。
俺は、隼人を責めたい訳じゃない。家族が死んだら俺だって放心するし、多分泣く。現実味のない死に方が現実である事を認識する。それより残酷な事はない。だがアイツが居てくれないと実質的に俺は孤立している様な物だ。先も終わりも見えないハーレムにはだいぶ前から愛想をつかしている。早くどうにかしないと。死にたくなる。
時間は十二時過ぎて少し。トイレは混雑している事もあるが、今日に限っては幸運にも個室が開いていた。こんな幸運で埋め合わせされても仕方ないが、少し一人の時間が欲しい。
勢いよく扉を開けると、ショートカットの女子が座っていた。
「あ」
「…………あ」
目と目が合う瞬間。
本能的な危機感により、俺は直ぐに隣の個室へと移った。
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