錫色煤けた燼の花
「…………げほ! ごほお!」
「大丈夫ですか」
心中よろしく水中で車の中に取り残されていたらどうやって脱出するかを学校では習っていない。窓も開かないし、このまま海の底まで沈めば水圧の問題も考えないといけなくなってどうにもならないと。そうは思いながら現状の打開策さえ見つからなかった中、少女は外側から窓を割って俺を助けてくれた。
溺れるまでは行かなかったがとにかく慌てていたので無駄に海水を吸い込んでしまって、むせている。この辺りでは見ない制服の少女は、ずぶ濡れの制服の端っこを絞って水を吐き出していた。
それ以上にデスゲーム主催者みたいな笑顔の仮面を被ってる事の方が気になるが。
「………………あ、有難う」
「死ななくて良かったですね。じゃあこれで」
「…………ちょ、ちょっと待って!」
知尋先生と同じだ。この子も俺に惚れている訳じゃない。本当にそのまま。俺の知っている通りというか。他人の関係を他人のまま理解している。何でもない事の様で、今の俺には大切な線引きである。
「はい」
「な、何で仮面を被ってるんだ?」
「笑うのが苦手で、目つきも人を殺してそうか常に見下してそうの二択でしか評価されなかったので」
「…………へ、変な事聞くようだけど。俺の事は好きじゃ、ない?」
「好きではないですね。では」
明らかに干渉を嫌がっている。少女はそのまま歩き去ろうとして。急に立ち止まった。
「おまじない。漢字で書いたらどう書くか知ってますか?」
「へ?」
「の、ろ、い。呪いと書いてまじないです。恨みでもかったんですか? お気の毒に」
「いた! 硝次! 大丈夫か!」
「私、錫花って言います。生きてたらまたその内」
「あ、ちょっと。すず―――」
「硝次ッ、あの運転手早瀬の親父だってよ! お前何もされなかったか!」
中学生くらいの少女が去っていくのを、隼人の妨害で止められない。彼にそんなつもりがないのは知っているが、なんて間が悪いのだろう。俺が追いかけようとするその身体を掴まれ―――冷たい感触で、気づかれた。
「…………もしかしてお前、落ちた?」
「落ちたよ落ちた落ちた。無理心中って言うのかこれ。助けが来なかったら危なかったと思う。それよりも、お前は大丈夫なのかよ。家燃やされてただろ」
「――――――まあ家には誰も居なかったから、いいよ。よくねえけどさ。なんかもう俺の方も信じられなくなってきたっつーか。誰が味方なんだろうな」
「…………隼人?」
「俺の家族がさ。放火したんだよな。出火元は俺の部屋だし。携帯見たらなんか人の恋路を邪魔してるお前サイテーみたいな文面が来てたし」
「…………? 俺と一切関係なく、そんなバカみたいな行動するのか?」
「そうだよな。お前はついさっきまで殺されかけてたんだ。だから俺も……理由を……………………」
隼人が不自然に黙り込んだ。
「…………?」
黙り込んだまま、俯いて、空を仰いで、目を覆うように掌を被せる。身体が震えて、声は怯えたように揺らいでいた。
「―――あー。やっぱ無理だ。お。れ。がんばって。わすれようと。してた。かんがえない。ように」
俺とのグループに一枚の画像が送られてくる。写真の端っこにあるピースマークは女子の手だろう。真ん中にはチャックの開いた赤色の鞄が道路に置かれている。
内部には隼人の両親を小分けにした死体が、丁度顔だけが開けた時に外を見るように置かれていた。
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