乖離する友情ドラキュリーナ

「いた…………ううう」

「何とか言えよ! お前以外の誰がアイツを泣かせてんだよ!」

「があああ!」

 前蹴りで金網に顔を叩きつけられる。イジメというものを初めて受けた。肉体的な負担は当然として、心理的負担が当事者になると段違いだ。大勢の男子に囲まれて、逃げ場もなく殴る蹴るの繰り返し。あんまり顔を守ると股間を蹴ると言われて、俺は差し出すしかなかった。

 結局股間は何度か踏みつけられたので、俺はこうして悶絶している。

「うう、ぐす。はあああ。な、何だよ………………ぐうううううう……」

「お前さ硝次さ、どんな手段使ったんだよ。おかしいだろ、急にモテるなんて」

「お前のせいで彼女にフラれたよ! クソ!」

 話を聞いていると、あの三人以外にもおまじないの影響は出ているらしい。ただ表立って交流をしてこないだけで、いつぞやの隼人みたいに知らない所でずっとモテ囃されているとか。

 サッカーボールキックをもろに受けて鼻血が噴き出すようになった。もう顔を動かす気力もない。壁に寄りかかるのが限界。絶え間なく流れる血がワイシャツを赤く染めて、涙のような軌跡が腰まで伝わった。

「……あああ。ああああああ……ッ!」

 隼人が居ない場で俺の罪を裁こうなんて、悪質なやり口だ。だがそれを言及する元気もなければ反抗心もない。暴力で以て叩き潰された。女子から解放されたと思えばこれだ。剣呑な雰囲気を放つだけだった女子とどっちが危ないだろう。

「アイツも相当うんざりしてたぞ。俺は何もしてないのにってずっと悩んでた。強気に振舞ってたけど俺には分かる。同じ陸上部だしな。いいか? 隼人はな、モテモテになる事で自分を強く持ってたんだ。周りから評価されてるからあんなにポジティブになれる! それをお前、何で奪った! 友達面してずっと窺ってたんだろ!」

 髪を乱雑に掴まれ、何度も金網に叩きつけられる。都合が良いと承知の上で、今は女子に守ってもらいたい。俺が悪かった。もうとにかく、直接的な暴力は嫌だ。


 ブッブッブチ!


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああああああああ!」

 髪一本を抜かれるだけでも痛いのに、力任せに何十本も。強すぎる痛みは演技もクソもなく涙を強いてくる。フリでどうこう出来る段階ではないのに、這いつくばる俺の顔を見てクラスメイトの高東は「へたくそな演技しやがって!」と怒りを収める様子がない。

 俺はどうすればいい?

 何が悪かった? おまじないの時にちょっと干渉した事か。それはこうなる事が想定されていたか? 俺は悪くない。誰がどう考えてもただ巻き込まれただけだ。それなのに被害者面すら許されず、謝罪は認められず、無抵抗に、無制限に加害を認めないといけないこの状況はひたすらに巻き込まれ損だ。

「お前の方が好きだからって小学校の頃から付き合ってきた奴にフられたんだけどさ。お前、本当に何したんだよ。それ教えてくれたらな。俺は許す」

「…………しら、しらな」

 本当に、知らない。

 知らないのに、誰も信じてくれない。俺の話も、この現実も、悩みも、俺は一人ぼっちだ。俺は悪くない。何でこうなる。繰り返す。分からない。知らないのに。『無害』であった俺に何の変化もないのに。隼人と違ってどんなに両手を挙げても暴力は止まらない。

 『無害』は言い換えれば『無力』だ。何の害ももたらさないのではなく、何の害ももたらせない。その可能性すらない。誰も危険と思っていないから俺は隼人の友達でいられたのだ。それが裏目に出ればこうもなる。幾ら俺でも命の危険に晒されれば有害にもなるが、そうなる前に今回は俺が害意の物量で圧し潰された。



「お前等、何してるんだ?」



 そんな絶望的な状況の中で、担任の先生はやってきた。男子達の壁を退けて俺の前までやってくる。心なしか、先程まで俺を虐めていた男達は大人しくなっていた。

「いや、これはその……」

「ああ、なんだ。硝次を虐めてるのか」

 それだけ言って。

 先生は踵を返した。返そうとした。

「ま、まってぇ!」

 殆ど脊髄反射で飛び出した身体が先生の上履きを掴む。先生は俺の方を不愉快そうに一瞥すると、力任せに手を振り払って、かかとで掌を踏みつけた。

「ああああがあああああああががあああああああああああがぁあぁあああ!」

「何だその声。変な声出すなよな。俺はな、ただお前がイジめられてるなら助けようと思ってたが。よく考えてみろよ。お前、本当は自分が悪いとか思ってないだろ?」

「ああああああ…………あぁあぁぁぁぁぁぁ―――?」

「女子が急にお前を守ろうとするなんておかしいんだ。お前、何か脅迫とかしたんだろ。それもまあ良いとしよう。高校には色々あるもんな―――だが、俺の彼女にまでするのはどういう訳だ!? ああああ!?」

「し、しらな。しぐぶッ!」

 後頭部を踏みつけられて生まれるのは屈辱ではなく激痛だ。先生の足音がゆっくりと遠ざかっていく。

「昨日、プロポーズする予定だったんだぞ……! このクソ野郎! お前の事なんて話さなきゃ良かった……うわあああああああ!」

 

「あー」

「マジかよこいつ」

「くずじゃん」


 俺が反論出来ないのを良い事に好き放題言って。先生も俺を加害するだけして被害者面だ。どうしてそうやって。俺を悪者にするんだ。ハーレムが引き渡せるならすぐにでも渡すのに。その原因も分からないのに。どうして証拠もなく、俺が犯人だのと決めつけられるのだろう。

「先生までやるとかありえねーだろ……ドン引きだわ」

「何なのお前は? マジで何がしたいんだ?」

「だ、だから。しらない……しらな。のに!」

「どんだけ秘密守りてえんだよ。ほんっとに最悪だな。邪悪だろ邪悪。こいつ以上に似合う奴いねえって」

「そういや国語の谷村もなんかコイツと絡むときだけ雌猫みたいな声出してたよな」

 知らない。

「そうだそうだ。ちっとプリント提出しに職員室言った時はあれだぞ。こいつの話題で持ち切りだったぞ」

 知らない知らない知らない知らない知らない!  



「おい硝次。てめえどんな手を使ったんだよ! そんなに人を困らせるのが好きなのか!? あああん!?」



 知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない知らないしらない


 お願いですから。

「なあ、もうコイツ殺さね? そしたら隼人も困らなくなるし、女子は弱み消せるし。先生も黙認してたから良くね?」

 誰でもいいですから。

「口裏どうする? 流石にコイツの為に犯罪者になるのもなんかやだろ」

 僕を信じてください。

「いやでも、元はと言えばこいつのせいじゃん。犯罪者殺して何が悪いんだよ」

 

 僕は、アナタを。


 信じてくれたアナタを。




 好きになりますから。











「ちょっと男子~」

 あんなに恐ろしかった女子の声が、今ではまるで救世主。杏子と、早瀬と、それに丹春。


「「「私のカレシに何してんの」」」


 その手に握られているのは包丁と、広辞苑と、彫刻刀。三人共通して両目が尋常ならざる血走りを見せており、非常識にも不自然に、その瞳は震えていた。

「殺すとか、虐めとか。全部聞いてたよ?」

「フられたのが硝次君原因とか、そりゃないっしょ。自分の魅力がないだけ。硝次君のがかっこよかっただけじゃん」

「マジで殺すとか殺さないとか。あり得ないし。隼人君に借りが出来たのはあれだけど、もーうなんかどうでもよくなっちゃった」


 ああ、俺は無力だ。

 何ももたらせない。何の干渉も出来ない。自分が殺される事にも、これから相手が殺される事にも。何も出来ないならせめて目を瞑るしかない。トラウマにならない様に、死体を日常に紐づけない為に。

「ひ、ひぎゃあああああああああ!」

 肉を貫く音と、断末魔の叫び。ドサリと身体が崩れる音、次いで鈍器で硬いものを殴りつけ、破損した音。


 ゴキッ。ベキッ。ドッ。ドスッ。


「やめろオマエラ! 待って。やめて! 助けて! 何もしないから!」

「はあ~意味わかんない。私はね、硝次君を自分の気持ちで好きになってるの。脅迫とかする訳ないじゃん」

「硝次君が何もしてないのに、自分は何もしなければ助かるとか思っちゃってるんだ。へーすごーい」

「マジ、くたばれし!」

「やめろ! 俺はお前達の為を想って―――!」



「そういう身勝手な気持ちの押し付け、いっちゃん腹立つんだよねー」



 クラスメイトがクラスメイトを躙る、血で血を洗う闘争だか殺戮だか。目を塞いだ俺には事の経過など分からない。ただ、それは嵐の様な災害だ。じっと身を縮こまらせて静まるのを待っていればいつかは過ぎ去る。

 命を救ってもらった身で、大きな事は言えない。

 『無害』故に。

 『無力』故に。

 拒絶も許容も全ては無意味。ただありのままの現実に流されるまま、なるようになれと祈るしかない。 

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