反逆性密接ロジック

 眠っている分には普通の女子。

 喋らなければ、彼女は普通のクラスメイトだ。俺の家で寝ているとか、そういう複雑な事情は置いといて。俺があんまり自分の部屋に行くのを渋ったから寂しがって起きてしまい、手を繋ぎながら寝る事になったとか。そういうのは置いといて。目を背けて。忘れて。

「…………起きて。硝次君。朝だよ。遅刻しちゃうよー」

「……」

 クラスメイトの意外な側面を見て可愛いと思う事はそれなりにあったかもしれないが、こんな状況だと何を見ても悍ましい。実は既に起きているが、これが夢というオチを期待している。何もかも夢であって欲しい。俺が隼人を知らず知らず妬んでおり、その感情が見せてくれた一時の夢であると言って欲しい。

「後…………五分」 

 現実逃避をするように布団を巻き込みながら寝返りを打つと、柔らかい重量物が身体を挟むようにのしかかる。恐る恐る目を開けると(寝ぼけ眼っぽく)、丹春が胸元を開け切ったパジャマ姿で、腰に跨っていた。

「そう。じゃあ私も休もうかな。二人きりで学校休むなんてなんか背徳的だよね。なんなら部屋から一歩も出ないで一緒に過ごそうよ。テレビ見たり、お菓子食べたり、だらだらしたり……ふふふ♪」

「いや、学校に行くわ」

 まさかサボリに協力的だったとは予想外だ。丹春を叩き落とした事は顧みず、慌てて着替える。朝食を食べに行こうかと思ったがこの調子だと彼女にキッチンを握られるか、家族に勘違いを植え付けられるかのどちらかだ。そのどちらも避けるにはたとえ後でお腹の調子を崩す事になろうとも朝食を食べないという選択肢しかない。

「そっか。じゃあ一緒に行こう? 硝次君はこんな時間帯からもう行くの?」

「行くよ。今日は特別だ」

「――――二人きりで行く記念日って事? それなら、納得!」

 俺は何も言っていないが、朝からこんな面倒な奴を相手しているとそれだけでもう疲れて、眠りたくなる。着替えている最中も色々話しかけてきたが自分でも覚えていないくらい中身のないやり取りをした。心ここにあらず、俺の脳内には隼人に対する心配だけがある。

 

 ―――大丈夫だよな。


 マジな警告らしいが、アイツは何も知らない立場だから色々言えるという言い方も出来る。散々弱音を吐いておいてその言い草はと自分でも思うが、それにしたって警告なんてやりすぎだ。気にし過ぎというべきかもしれない。

 いや、違うか。アイツと距離を取るというのが我慢ならないだけだ。隼人は元々痴情のもつれに巻き込まれてかえって交友関係を広げられないという不遇な状態にある。俺はその中で唯一『無害』を武器に彼と友達で居られる存在であり、正直それは今までの俺にとって誇りだった。だから捨てられない。たとえ守る為だったとしても、友達と離れ離れになる事はつまらないだろう。喧嘩した訳でもないのに。

「行ってきます」

「あー! 待って!」

 丹春の事は構わず玄関を通り過ぎると、杏子と早瀬が通り道を塞ぐように立っていた。

「おはよ、硝次君♡」

「おはよー。元気してた? 偶然だよね、こんな所でたまたま遭遇するなんて。やっぱり運命かな。君は運命感じてるー?」

 たまたま遭遇する奴は通せんぼをしないと思う。

 足を止めている内に、後ろから丹春が追い付いてきた。


「…………はあ? 何でアンタ達がいる訳?」


 しかし様子がおかしい……のは元々だが。早瀬と杏子に限っては俺への好意はそのままにまだ交友関係を成立させているのに、丹春だけが何故か。敵意を持っている。

「いーじゃん別に。関係ないっしょ」

「そうそう。逆に聞くけどアンタは何でここにいんの? 不法侵入? 警察呼んじゃう?」

「…………こんな奴ら放っておいて早く行こうよ硝次君。学校遅れちゃうよ」

「遅れないよ。どんだけ早く出たと思ってるんだ……」

 隼人が危ないのか。それはいまいち信じていないが、俺の隣にさえ置いておけば少なくとも危険は避けられるのではないかと思い始めている。俺のことを好きという発言は信用出来ないが、本当に好きだというなら大ごとにはならないだろう。ただどうしても一緒に居たくないし会話もしたくないので三人の喧嘩を聞き流しつつそのまま学校へ向かって歩き出した。

「あ、行かないで!」

「アンタのせいだ」

「疫病神じゃん。帰れよ」

「は~? あったまくるんですけど。硝次君はアンタら二人の事とかどうでもいいんだから。引っ込んで隼人君でも狙いなよ」

 女の子を侍らせて登校なんて、かつての俺には出来なかった。嬉しいかと言われたらまた別の話だ。信号待ちの最中はベタベタ身体を触られるし、手はもぎ取られる心配をしなきゃいけないくらいしょっちゅう引っ張られているし、何の気もない通行人の挨拶や目線は何倍もの敵意で迎撃される。こんな刺々しいハーレムは如何に寛容な人間でも嬉しくないだろう。この女子に取り囲まれる俺自身が何やら厄介者に思われないかとひやひやしている。

 ただならぬ雰囲気の中で校舎に到着すると、俺はその異様な雰囲気に足を止めざるを得なかった。




「あー。俺なんか悪い事…………したか?」





 あの隼人が、まるで虐めでも受けているみたいに男子の数で壁に追いやられている。本気で喧嘩をするつもりならあの体格だし、勝てるとは思うのだが、それはそれとして平和主義者だ。ここまで追い詰められても暴れるという選択肢を否定するが如くハンズアップを貫いている。

「隼人!」

 親友のピンチは見過ごせない。たとえ俺の状況の方が長期的には危なかったとしてもだ。息を切らして走りよると、彼は俺の存在に気づいて苦い笑みを浮かべていた。

「おー。爆弾持ってくんなよ。怖えから」

「硝次か。てめえは関係ねえから邪魔すんな」

「は? 関係あるわ。隼人が一体何したんだよ?」

「うるせえな。それが条件なんだから仕方ねえだろ!」

「条件…………?」

 聖人たる隼人に対してここまで敵意剥き出しなのも珍しい。話を聞くに彼らは彼らなりの青春―――つまる所、意中の女子に告白をしたところ、隼人を学校から追い出せば交際を考えると発言したらしい。

「ちなむと、その女子って前は俺を出待ちしてた女子な」

「お前余裕たっぷりか! よくこの状況で落ち着けるな!」

「いやあ。だって……」



「「「なにしてんの」」」



 それはまるで、共通の意思であるかの様に。杏子と早瀬と丹春の三人が。

 血走った瞳を滾らせながら男子達に向かって歩いていた。その手に包丁もなければ凶器もないのだが、普段とは明確に違う態度を感じて怯んでいる。隼人は壁に追い詰められていたのでいち早くこの状況を察知出来ていたのだ。俺も足を竦ませていると、彼に手を引っ張られ、校舎の中へ。

「こんなもん逃げるだろ普通」

「ちょ…………おま。動いて良かったのかよ!」

「ん? 平気だろ。どう考えてもお前を邪険にしたアイツらにヘイト向かってたし。それにさ、きなくさいよな。話として」

 校舎の中に入るとなると、自分の教室へ向かうしかない。さっきの状況がおかしかっただけでいつも通り教室にはまだ誰も来てはいなかった。他の女子さえも例外ではない。

 机の上に刺さっていた包丁を抜くと、隼人は鞄の中に放り込んで机のフックにそれを掛けた。

「な? 俺の机に包丁が刺さってたろ」

「―――全然意味が分からないんだけど」

「俺の出待ちしてた女子が急に俺をダシにして交際を渋ったんだろ。その原因を考えたら分かりやすいもんだ」

「勝手に納得するなよ。説明してくれ」

「こればっかりは説明するより実際に感じた方が早いだろ。俺も命が惜しいし、今日一日だけでも、試しに俺に絡まないでくれ」

 そしたら多分、分かると。

 寂しそうな顔を俯いて隠した隼人は、それっきり言葉を発さなくなってしまった。気丈に振舞っているだけで内心は焦っているのかもしれない。包丁が刺さっていた机にはよく見ると彫刻刀よろしく文字が彫られており。




『これ以上硝次君に近づくな泥棒』


 

「はあ…………つれー」

 俺の視線に感づいたか、隼人は隠すように突っ伏した。



















 果たしてそれを不幸と呼べるかは分からないが、隼人の生活は一変した。

 出待ちの女子が居なくなった事に始まり、女子の間では彼の悪口が広がり、男子は好感度を稼ぐためにそれに抗えない風潮が生まれ。昼食では弁当盗難未遂に遭い、姿を消すように。

 隼人に対する女子の好感度は反転と表現しても差し支えないほど代わってしまった。男子は面従腹背と言った様子で、女子さえ居なければ隼人を担ぎ上げているのだが、それにもやはり限界はある。

 『無害』故。俺は男子とも女子ともそれなりの距離感で付き合える人間だった。 




「お前さ、何か隼人に恨みでもあんの?」 




 『無害』故。

 俺は結託したクラスメイトの手で屋上に攫われ、男子全員からリンチを受けていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る