あっという間に希う

 家族が家に帰って来たのは夜も夜。十時過ぎの事だった。朝起きられないからと丹春は早めに寝てしまった、勿論俺の部屋で。流石に俺のベッドを使わない良識はあったらしいが、両親がわざわざ敷布団を用意していたせいであんまり変わらなかった。

「何であんな危ない奴入れたんだよ!」

「危ない奴なんて言い方はないだろ。丹春ちゃんはお前をどんなに好きか熱弁してたんだぞ」

「お兄ちゃんってそんな女の子の好意を雑に出来る程モテてないじゃん。選んでくれただけ有難いと思いなよ」

「ちーがーうー! 変な気を利かせなくていいんだよ。何で出かけちゃうんだよほんと…………お願いだから、二度とアイツを入れないでくれ。普通に迷惑してるんだよ」

「ほう。珍しく照れてるな」

「お兄ちゃん。流石にモテ男気取りはキモいよ」

「だあああ何で誰も分かってくれないんだよオオオオオオ!」

 しかも俺が居ないからちょっと高いお店で食事を済ませて来た事も腹が立つ。世界は不公平だ。家族は味方だと思っていたのに、何故こんなひどい真似をする。俺が何かしたのか。人には親切を、悪には罰をと、取り敢えず真っ当には生きてきたつもりなのに。

「何でそんなに怒ってるか分かんない。ねえお母さん」

「そうね。モテてるのは良い事だと思うけど」

「モテすぎるのが困り物なんだよおおおお………………」

「うわあ。それ学校でやったら虐められるね。間違いない」

「既に虐めみたいなもんだけどな……」

 誰にも理解してもらえない。俺はありのままを言っているだけだ。それとも言葉のチョイスが悪いというのか。ならばモテる以外にこの状況を何という。突然訳もなく女の子に好かれるようになったとでも言えばいいか? 結局それもモテるだ。人間は物事を単純化したがるのも道理だ。真の知恵人はどんな分かりにくい事象も分かりやすく説明出来るのだ、という論理もこの性質から生まれている。自分に理解出来ない事柄を理解しようとしないまま、落ち度を相手に押し付ける論法だ。

 モテると一口に言っても、普通にモテるなら俺だって素直に喜んでいた。だがこの非常に複雑で怪奇なモテ方はおよそ一般の考えられるモテではない。そして俺のこれまでの知識ではこれについて正確に語る事は出来ず、誰かに説明しようとすると一から十まで全部説明するか。要約する必要が生まれる。 

 だから。要するに。モテる。

 モテる事に困っている。こうやって言うしかない。一から十まで説明すれば済む話かどうかも、それで本当に理解してもらえるか怪しい所だ。命が危ないと言っても直前で俺は隼人の言いつけも無視してかなり強い拒絶をしてしまった。それに対する反動だとして除外した場合、特に何もされていないのだ。ただ色々されただけ。これは丹春に限った話じゃないが、口を開けば俺に対する愛しか出てこないのでストーカーがどうとかも信用されまい(昨日今日で急にストーカーが生まれる程俺にスター性がある訳もなく)。

「まあもういい時間だから寝なさい。二人の関係に口出しはしない。嫌ならすっぱり別れた方が良いぞ」

「私は別れない方が良いと思うけど。あんな可愛い人いないのに」

「それはお前の見る目が腐ってる。眼科に行った方が良いぞ」

 本当に、今日は最悪だ。家族からの理解も得られず、家に押しかけられて……明日が憂鬱になった。何故学校はある。壊れればいいのに。これ以上三人と話しても時間の無駄なので俺は大人しく二階のトイレに立てこもり、鍵を掛けた。

 隼人は危ないと言っていたが、もう限界だ。


 持つべき物は友達とこの状況への理解者であって、面白おかしく茶化そうとする奴らではない。


『……あ、今度は自分の携帯から掛けて来たんだね。それ大丈夫なの? 隼人君とさっきまで話してたけど、これを正に心配してたよ』

『……お見通しか。でもな、聞いてくれよ揺葉。実はさ』


 遠くに居るもう一人の親友に今日あった出来事を全て打ち明けた。隼人に掛ける手も考えられたが、アイツは今朝、命の危機に遭ったのだ。流石にそれを軽視したりはしない。張本人の丹春が同じ家に居るのだし。

 彼女はコーヒーでも作っているのかドリップの音がマイクに入っている。いつどんな時間帯でも名前通りのゆるさでうんうんと適当に相槌を打ちながら聞いてくれるのは、話半分だったとしても凄く嬉しい。

 まずまともに理解されていないし。


『家に来て……ご飯食べて……同じ部屋で寝るかあ。凄いじゃん。通い妻みたいな事だよね』

『通ってるどころか居ついたんだが。杏子とかが大人しいのが幸いかもしれないけど……どうせ学校で会うんだよな。アイツ等結局家に来なかったし何がしたかったんだろ』

『話聞いてる感じだと、とにかく硝次君をモノにしたいみたいだから、別に家だけ分かればいいんじゃないかな。誰かを手に入れたかったら外堀から埋めるのが基本でしょ』

『やけに言い切るな』

『へへ。同じ女子だもん。誰かを好きになる気持ち自体は分かるよ。何が何でも、どんな手段を使っても振り向かせたい~……なんちゃって。硝次君の場合惚れられた原因がすっぽ抜けてるから歪な感じになってるけど』


 中々いい表現をしてくれる。惚れられた原因がすっぽ抜けている。正にこの状況を示す良い言葉だ。揺葉と隼人だけがあまりにもまともすぎる。いや、クラスの男子も関知しなかっただけでまともではあると思うが。


『おまじない……原因、おまじないだよな? 解除の方法とかねえのかな』

『私そういうのに詳しくないからなあ。一応調べるだけ調べてみるけど。期待しないでよー。別にがっかりさせたい訳じゃないし』

『有難う…………本当に有難う。助かる……本当に』

『何とか出来た後は、良い思い出になるんじゃない? 昔突然モテた事があったんだぜって。嘘っぽいかな』

『嘘っぽいだろ。今日、家の中で聞いてみたんだよ。俺の何処が好きかって。そしたら全部好きって来たんだぞ? 誰でも言えるだろそんなの。当人に中身がないならそのエピソードに中身とかある訳ない。そうだろ?』

『困ってるって言うだけで自分の都合を無視して助けてくれる所、素直な所、こっちの冗談を理解してくれる所、信じて頼ってくれる所、取り敢えず味方してくれる所……後、一緒に喋ってたり過ごしてたりすると楽しい所。うん、これくらいは言えるかな。確かに全部好きってのはねー。親にご飯何が良いか聞かれたら何でもいいって答えるくらいギルティーだね』

『そうそう。そういう中身が欲しいんだよ! それだったらまあ確かにってならない事もないだろ!? まあ急に褒められると流石に恥ずいけど』

『隼人君の隣に居るとあっちのが素晴らしいって自分でも思ってるんでしょー? 長所が分からなくて短所だけが見えるって人結構いるんだよねー。だから言語化してあげた。私が思う限りだけど。これの何処にも当てはまらない褒め方をしてくるのは基本的に嘘って考え方で…………や、どうだろうね』

 

 ここにきて揺葉の声音が急速に弱まっていった。


『変な状態だからどうしても一般論の範囲で考えちゃうんだけどさ、中身がないってそりゃ当たり前だったなって。本人達も気付かない内に好きになってるんでしょ? だったら中身がある方が不気味だよ。だから嘘というよりはその状況において本人達は本音を言ってる可能性も……』

『分かりやすく言ってくれ』

『状態異常『大好き』に罹っているのでその中身が伴わなくても嘘とは限らないみたいな感じ』

『あー』






『全部推測だよ。あ、でもこっちは結構マジな警告。当分硝次君は大丈夫だと思うけど、隼人君の方が危ないかも。辛いかもしれないけど、距離を置いた方が良いと思う…………』


 トイレに座っていただけなので手を洗う必要はないが、癖でつい流してしまった。中の水が渦に呑み込まれ、手洗いの水が流れるようになる。


『マジ?』

『マジ。大マジ。外堀から埋めるだろうなあって言ったよね。隼人君死んだらさ……どう考えても君、泣くじゃん。弱った所に付け入るじゃないけど、そういう手段くらい取ってくるんじゃないかな? あんまし現実でこういう言い方したくないけど、そういうヤンデレチャン達は、やるよねー」

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