いじらしくも鴛鴦夫婦
「あー喉が死ぬな~」
「ついでに腹いっぱいでもある」
大声を出すのはやはりストレス発散になる。隼人も命を脅かされた恐怖を忘れて純粋に楽しんでいた。いつもカラオケに行く時はその場のノリというか、ちょっと楽しくなりたい時に行くのだが、今回は堪えかねたストレスの発散が目的。どん底にあった気分が丸々ひっくり返ってすっかりハイテンションだ。時刻は午後六時。そろそろ活動時間を終える部活動も出てくる頃合いだ。隼人もいつもは部活動に行くのだが、今回は事情が事情なので俺と一緒に遊んでいた訳だ。どんな厳格な教師も目の前で殺されかけた生徒の心情には同情する。噂によると陸上部の顧問は渋ったそうだが事情を聴いた他のクラス、校長、うちの男子等から猛反発を食らって認めたとも。
噂が本当なら人望は力だ。利他主義と言われても仕方ないくらいお人好しな隼人だからこそ、困った時に力を貸してくれる。彼だからこそ出来る芸当だ。俺にはとてもとても。今は女子からの好意が消え失せているとしても、それを差し引いてもあまりある好感度が隼人を助ける。
羨ましいが、嫉妬はしない。見て分かる通り、彼は気持ちいいくらいに良い奴だ。だから凄いとは思えても嫉妬する事はない。それさえ馬鹿らしい。嫌味ったらしいならともかく、嫌味を常に言っているのは俺達の方だし。これで嫉妬までしだしたら本当に負け犬じゃないか。
「そろそろ満足したか?」
「ああ。もう今日は声出したくないな……声がガラガラだな」
「そりゃ声の高さとか気にせず大声で歌ってたらなー。まあこの程度じゃ全然お前を労った感じはしないよ。この後から大変なんだから」
残りのポテトを摘まんでいた手が止まる。気分は夏休み最後の日も斯くや、端的に言って最悪だ。口を尖らせれば望まなくても文句が出る。
「―――思い出させるなよ。楽しかったのに」
「ごめんな。でもほら、崖から急に突き落とされるのと声を掛けられてから突き落とされるんじゃ結構心持ちが違うだろ」
「どの道突き落とされてるなそれ。まあ当たってるか……なあモテ男君よ。どうすればこの状況を回避出来るのか教えてくれ。普通に怖い」
「だからこれをモテるってのは違う気がしてな……俺にも分からん! お前の話を聞いてた感じだと、俺はなんかおまじないされてたみたいだな」
「……いや、ごめん。こんな事になるって分かってたら逃げてた」
ソファの上から軽く頭を下げると、隼人は俺の肩をバシバシ叩いて朗らかに笑った。
「あっはっは。こんな事になると分かってたらって! 出たよ結果論。無理だろ無理無理。まともな頭なら思いつかねえって。まあそれが分かっただけでも俺は安心したよ。マジで原因不明だったらどうしようかと思ってた。その事は俺の方で調べておくから、お前はとにかく女子への対応を頑張れ。あの様子じゃ間違えると怖いぞ」
「ぐ、具体的には?」
「キスでも何でも、望んだ事はしてやった方がいい」
「ええ! む、無理だよ。無理無理無理! そりゃ二人共可愛いけどさ。好きでもないのにそういうのはちょっと…………俺、責任取れないし」
「命には代えられないぞ。俺を見ろ、どう考えても殺されかけたじゃないか。モテ男君に言わせたらな、重い愛は引きずらせると面倒な事になるぞ。どうしてお前を好きになったのかは分からないが、あれは普通の様子じゃない。まあ無理にとは言わねえよ。ただ、危なくなったらその辺りの羞恥心は捨てるべきだな」
今までずっとモテてきた隼人にはそのハードルの高さが理解出来ない様だ。突然モテたのもそうだが、女性に対する扱い方みたいな物には一切知識がない。だから過激でも穏健だったとしても、俺にはどうすればいいか分からない。揺葉が少し特殊だっただけだ。
「…………俺が一番不安なのは、お前が孤立するんじゃないかって事だな」
「へ?」
「モテる奴は羨ましがられる。それはどうしようもない。だけどお前の状態を羨ましがる奴はいんのかな……俺もお前が親友じゃなきゃ関わりたくないよ。ぶっちゃけそれで腫れ物扱いが一番困る! みんな良い奴だからさ、腫れ物のお前に近づいたら全力で止めようとしてくるだろ」
「お前どっちの味方だよ!」
「基本的にはお前だ。でもな、善良だからこそやってしまう悪い行動もあるだろ。良いも悪いも全部主観だ。善行は道徳的に良いと勝手に判断してする行為。主観。それを無碍にしてもお前の待遇は別に改善しないだろうし。難しいだろ色々」
たまに隼人の考え方は高校生とは思えないくらいシビアになる事がある。俺もつい頭ごなしに否定してしまったが、その通りだ。隼人の行動次第で俺の待遇は変わらない。もし俺が腫れ物扱いされるならその原因は女子達にあるのだから。
「両親に相談した方がいいかな」
「……揺葉のノリが良かっただけで、まともに取り合ってくれるとは思わねえなー。どうせお前モテすぎて困ってるとかいうんだろ? ん?」
だってそうとしか言えない。一から十まで全て説明すれば現実からかけ離れ、現実感をもたせようと一言で言ってしまえばやはり魔法の言葉が生まれる。
「だ、だってさ……どう説明するんだよ。俺は殺されかけた訳じゃないし。むしろ下着姿とか保存させられて、変態っぽいのは俺だし」
「…………マジかおい。じゃあ自力で何とかするしかないのか? もういっそ二人共包丁でも使ってくれれば警察に投げても……いや、一番いいのは元に戻ってくれる事なんだけどさ。親友殺されるくらいだったら俺も覚悟を決めて付き合うよ。ほんと」
隼人は一足先に鞄を手にして、個室を後にした。
「お前はまっすぐ家に帰れよ。行きつけのお店とか知られたら困るだろうからな」
ストーカー二人を引き連れて、親友に言われた通り真っすぐ家に帰った。てっきりお店を出たらすぐ隣に来ると思っていたのだが、ずっと後ろを付いてきているのが真に迫っているみたいでやはり恐ろしい。
なら、ついてきていないのではないか? と思うだろう。確かにその可能性はあるが、前後の流れを経てそこまで楽観的に考えられるならそいつは多分俺みたいに悩まない。『なんかモテるようになったけどまあいっか』でこの話はお終いだ。
「ただいま」
「お帰りなさい、硝次君」
玄関前で包丁を横に持って待っていたのは家族―――ではなく。警察に連行された筈の丹春だった。
「あ、ごめんね。なんか女の気配がするから鍵閉めるね」
「あ、え…………え。あ……?」
脳みその理解が追い付かない。色々とツッコミどころがある。何故制服姿のままなのか、警察に連行されたのではなかったのか。まだ包丁を持っている理由、両親が反応しない理由、俺の家を知ってる理由。正しい順番で尋ねれば絵でも生まれるのか。所で何から尋ねればいい?
「あ、丹春? え、えっと………………何で家、に。ていうか何で知ってる、の」
「え。何でって。やだなあ硝次君。好きな人の家も知らないなんておかしいでしょ?」
「け、警察は?」
「事情を説明したらね、警察の人が同情して帰してくれたの。犯罪なんかじゃない、勘違いだって。良い人だよね」
「いや………………はあ!? え、じゃあ包丁―――ていうか家族は!?」
「あ、それもね。事情を説明したら出かけてくれたの。うちの息子をよろしくなんて言われちゃった……♪ ああ、この包丁? 料理の途中だったの。硝次君が帰ってきて良かった……! 早く着替えて、下りてきてね。美味しい料理、頑張って作るから」
『キスでも何でも、望んだ事はしてやった方がいい』
スーパーモテリストの言葉が蘇る。キスよりはマシか。これくらい従わないと命が危ないのか―――彼女には前科があるので、本当に危ない。
「わ、分かった。楽しみにしてる、な?」
「ふふふ♡」
丹春は気味の悪い笑顔を浮かべたかと思うと、俺の首筋にそっと刃先を添わせた。
「駄目だよ、寄り道したら。隼人君ばかり見てないで、私を見てね?」
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