やたらめったら針の筵
「お~来たか。待ってたぞー」
「お前さ、タイミング悪いよ…………」
放課後。
行きつけのカラオケ店にて待ち合わせをして、合流した。今朝あんな事があったにも拘らず隼人はとても元気そうだったが代わりにその心労は全て俺が背負っていると言わんばかりにこっちは疲れている。俺は無害と言われているがそれはストレスと無縁という意味ではない。
個室に来たらいつもは直ぐに歌おうとするのだが(ついでに食べ物でも頼んだり)、今回はお門違いな文句から言わせてもらいたい。
「何だよ。せっかく誘ってやったのにさ」
「あの二人に囲まれて弁当食ってる時にメッセージ出すのはやばい。タイミング最悪だ。生きた心地しなかったよ」
「あー。それはごめんな。何か凄い辛そうだったからさ。でも変だな、そんなタイミング最悪ならここまで来られないだろ。無理して来なくても良かったんだぞ。もし来なかったら俺も察するだけだから」
「いや……あんな気の張りつめた空気はもうちょっと無理だよ。だから……えーと。ストーキングを容認してしまった」
「は?」
「中にまでは来てないけど、ずっと付いてきてるんだ。家の位置が知りたい目的もあるのかな。だから……今回も現実逃避と言いますか」
隼人の呆れ顔が言いたい事は分かる。リスクとリターンが釣り合っていない。ストーカーを容認してまでカラオケしたかったのか? と言いたいのだ。俺も今考えたらおかしな判断だと思うが、だけどあの緊張感で正しい選択肢を認識出来ただろうか。詐欺の手口と一緒だ。焦らせて正常な判断を奪わせる。周りからはそんな単純な手口に引っかかるのかと懐疑的に思われるが、ターゲットは懐疑どころかその場のノリと勢いで承諾してしまう。
「いや、ほんとさ。今までお前に嫌味言ってて悪いなって。モテるってこんな辛いんだな…………うう、ううううう!」
「おおおおう? な、泣くなよ。マジかお前。いや、辛いだろうけどさ。俺はこれをモテるって言いたくねえな……何でこうなったんだろうな」
「それは俺が聞きたいよ!」
隼人に何かしら迷惑をかけてしまうと無害の立場から一転男女共に排除されるべき敵と認定されるからこれまで我慢してきたが、限界だ。相手が親友だからこそ泣きつきたい。彼は両手をホールドアップして、「まあ落ち着けよ」と電話を手に取った。
「取り敢えずなんか食べようぜ。泣いたら腹減んぞ」
「…………ポテト」
「今日は奢る。何でも頼め。ストーカー込みで幾らでも付き合うが、慰めるのはちょっとごめんだ。そういうの苦手でな。俺が誰とも付き合いたくないのはそういう重い関係になるのがごめんだからってのもある」
「……だからフった後も普通に話しかけてるのか。俺には理解出来ない考えだけど」
「別にいいさ。ただ、モテるのも良い事ばかりじゃない。お前みたいなのはおかしいけど、やる事なす事全部に恋愛が絡んでたら、疲れる」
そう言って隼人は自分の携帯を俺に渡すと、ポケットに両手を突っ込みながら部屋の扉に手を掛けた。
「ど、何処に行くんだ!」
「普通にトイレ。その間に電話でもしとけって。俺達が一番気楽に絡める奴がいるだろ?」
「―――俺、連絡先知ってるけど」
「お前警戒心ゼロだなッ! 携帯見られてこんな事になったんなら発信履歴も残すもんじゃない。だから俺のを使え。慰めるならアイツのが得意だろ」
携帯には勿論パスワードがあって俺には分からないが、指紋を登録してあるので全てスルー出来る。隼人曰く『お前に隠すモンはない』との事。隠すものがなくても勝手に色々弄られる心配は……していないのだろう。アイツがこんな風に振舞えるのは俺だけだし。
厳密には電話の先にももう一人居るのだが……遠くに行って久しい。それをカウントするかは議論の余地がある。
トゥルルル…………
トゥルルル…………
『はーい。もしもし、隼人君?』
『―――悪いけど、隼人じゃない。俺だ』
『あー、硝次君かー。久しぶりじゃん。元気してた?』
電話の先に居るのは小学校の頃まで一緒に居た『
『…………お前は、俺の事を好きとか言い出さなくて良かったよ』
『あは。何それ。モテ期でも来たの? じゃあ乗ってあげようかな。すきすきちょーすき』
『……真面目な悩みなんだ。隼人に携帯借りたのもその影響でさ。どう言えばいいか分からないけど……モテすぎて困ってるんだよ!』
電話越しにも彼女の困惑が手に取る様に分かるのは俺の特殊能力だろうか。それとも自分で言っててあんまりにも馬鹿っぽいから勝手にそう思っただけか。一つ確実に言えるのは、揺葉はどういうテンションで答えを返したらいいか悩んでいるという事だ。俺も逆の立場なら困る。モテすぎて困るって。それはだって。
『…………嫌味、って捉えれば良かったりするかな』
『いや、そうじゃないんだけど! ああもうどういえば分かってもらえるかなあ……もうマジで困ってる。取り敢えず聞いてくれよ』
『うんうん。良く分かんないけど話してごらんよ。隼人の隣に居たから巻き添えでモテる様になったとかそういうコメディなオチを期待したいね~』
緩めの口調で促されたので、取り敢えず一から十までを全て話す事にした。要点だけを纏めて話した方が効率的なのは確かだけど、要点とは何だと思ったら今にもドツボに嵌まりそうで怖かった。話している内に隼人が帰ってきたが、俺の事は気にするなと言わんばかりに遠目から電話を取って食べ物を注文していた。
『―――良く分かんない、かなあ。それ、現実?』
『現実だよ! 現実だから困ってるんじゃないか! でも…………そうだよな。やっぱり信じられないよな……だって俺だって未だに夢かなんかだと思いたいし』
『隼人君が急にモテなくなったのさ。そのおまじないのせいじゃないの? 因果関係的にはそうとしか思えないよ』
『それは……でもおかしいだろ? みんな隼人の事が好きで、女子は特に争奪戦してたんだ。おまじないだったら普通隼人が好きになるようにって……』
『いや、だからさ。それがおかしいよね~。女子三人でおまじない、君は雑用。そうだよね』
『うん』
『夢壊すみたいで申し訳ないんだけどさ。ハーレムって大事なのは男と女の繋がりじゃなく女同士の関係でしょ。その子達は三人で隼人君を共有しようとしてたの?』
『…………そう、なんだろ? じゃないとおまじないしない』
『争奪戦してたのに?』
――――――あれ?
『確かに…………おかしいな。自分だけの物にしようと思ってたんなら共有する意味が……』
『んまあ、共有しようとしてたならそれはそれで節操ないと思うけどね。そのおまじないってのに参加した人から話聞いてみればいいんじゃない。後、話を聞いてる感じだと隼人君と話す時も注意した方がいいと思う。機嫌損ねたら女なんて何するか分かんないんだから』
『お前も女だろうが』
『おお、ほんとだ。あは、おもしろーい』
面白くない。
しかし、話を聞いてもらったら凄く気が軽くなった。晴れ晴れとした表情は隼人にも伝わっており、彼は良かったなと親指を立てて自分事のように喜んでいる。こうやって些細な事にも共感してくれるのが、親友のいい所だ。
『―――最後に聞きたいんだけど、嘘だって思ってたりするかな?』
『どうだろね。でも硝次君困ってるのは確かだし。相談くらいには乗るよ~。だからあんまり気負わず、困ったらさ。頼っていいよ。その調子じゃ隼人と接触するのも一苦労だろうし』
『―――有難う。お前のお陰で女性不信からは抜け出せそうだ』
『ちょろいなあアンタは。まあ適当に頑張ってよー。そんじゃね』
隼人に携帯を渡すと、彼は嬉しそうに席についてタッチパネルに触れた。
「んし! お前が元気になった所でいっちょ盛り上がるか! あ、ポテトとかたこ焼きとか割とマジで適当に頼んどいたから後はお好みで追加してくれ」
「因みに時間制限は?」
「好きなだけ延長してやるよ! そりゃそうだろ、今日のお前は世界で一番不幸だったからな! モテ期とはまた違う……ある意味レアかもしれないぞ」
「笑うな! お前って奴は本当に…………ああもう、歌うぞ! そう言ったからには永久に付き合えよ!」
ストーカーの事はさておき、今は楽しもう。
ずっと沈んでいたら気分が持たない。
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