隙あらば占有権

 丹春が警察に連れていかれた事で、事態は一先ず沈静化した。

 

 殺人未遂なのか脅迫罪なのか傷害罪なのかは良く分からないが、流石にこれをクラスの日常と流すのは無理がある。どんな世紀末教室だ。彼女があんな性格でないのは誰もが承知していたからこそ驚きを隠せない。終わった事だからこれ以上蒸し返すなと担任に言われても今日一日はその事で持ち切りだろう。隼人の机には今も深々と突き刺さった痕跡が残っているし、いくら天板が木材でも流石に刃物をここまで深く突き刺せる力が彼女にあったかと言われると微妙だ。

「硝次怖かったでしょ~よしよし♡」

「???????」

「丹春ってば何であんな事したんだろーねー。まあ硝次に怪我が無くてよかったけどさ」



 何故俺が慰められている?



 慰められるべきは身の危険を感じた隼人の筈では?

 現実は杏子と、またもまじない関係者の六未早瀬むつみはやせに挟まれて俺が良い思いをしているだけだ。『胸を揉めば気持ちも落ち着く』という謎理論で危うく変態になりかけたのを拒絶したら、何故か胸に顔を埋める事に。クラスの男子から敵意を買うと悟って逃げれば壁際に追い詰められ、気づけば左右を女子二人に埋められている。

 早瀬に至っては黙々と赤い糸で俺の小指と自分の指を繋ごうとしており、普通に怖い。というか痛い。

「いやいや。俺は大丈夫だけどさ。隼人だよ隼人。二人共アイツ好きだったろ……ていうか、丹春もそうだよ。何で日付が変わったらこうなるんだ! 隼人、大丈夫か!」

「おう……気にすんなよ! いーやマジで怖かったけど。怪我はしてないからな」

 丹春が特別過激派だったというだけで、クラス全体の雰囲気がおかしいのは言うまでもない。男子は全員不思議に思っている。俺はここまで急速にモテる人間じゃない。隼人がらみで理由があると思っていた人間も、今はそうもいかなくなる。いつだって俺は親友と一緒だった筈なのに。女の子にモテる代わりに失うのは複雑な気持ちだ。

 何よりおかしいのは、女子の視線。無数に感じている。それもそのはず、クラスに居る全員が俺の事をぼんやり蕩けたような目で見つめているからだ。それは杏子と早瀬も例外じゃない。丹春も同じ目をしていた。

「な、何が……あったんだ?」

 三人だけならおまじないのせいだと言えた……言えた……? 隼人に対するおまじないがどうかなってしまったという考察くらいは立てられるとして、何故全員? 今は授業の合間にある何でもない休み時間だが。昼休みになったらどうなるというのか。

「またこんな事あったら怖いもんね。だから硝次♡ 昼休みは私と一緒に食べよ♡」

「駄目だよー。私と一緒に食べるんだからー。凄くいい場所見つけたんだよ。ちょっとイケナイ事しても誰にも気づかれない様な場所が」

「あー浮気だ浮気! 知ってんのよ。アンタ別の高校の三年生と確か付き合ってたよね。二股とかいけないんだー」

「今朝電話して別れたー。硝次に比べたら全然だもん♡」

 俺の知らない所で、控えめに言って可愛い女子二人が明らかに自分の知らない男性を奪い合っている。そいつは偶然にも俺と同じ名前で、恐らく同じ学校に居て、同じクラスに居て――――――俺!?

「待って。誰の話をしてるんだ?」

「??? 硝次、大丈夫? 貴方の事だけど」

「右に同じ。なーに、丹春に脳みそ弄られた? クラスでも私が硝次を好きなのは有名でしょ? それとも、言わせたい訳? 好きだって♡」

「はあーーーーー? 私なんですけど。それならハッキリさせましょうか。ねえ硝次♡ どっちとお昼過ごす?」

「え」


 隼人と―――


 そういう選択肢は多分存在しない。俺の中の本能ゴーストがそう囁いている。今はさっぱり状況が分からないし、ここで食べたいと言っても女子全体が不穏な感じだ。普段は嫌がるのだが先生と食べたいかもしれない。いや……それで先生を刃傷沙汰に巻き込んだら俺にも何かしら飛び火するか? 困った時はいつだって万能の親友が味方になってくれたが、今回ばかりは無理そうだ。隼人は遠巻きに俺を見て時々苦笑いしているが、杏子達が振り返ると直ぐに視線を逸らす辺り、恐怖心を植え付けられている。

「えっと…………どっちも、ってのは。駄目…………かな」

「え」

「はー?」

「いや。どっちも好きだからさ……………………マジで駄目?」

 取り敢えず話を合わせた方が良いと思った。俺だって命が惜しい。二人は顔を見合わせると、複雑そうにアイコンタクトを取って、渋々頷いた。

「ちぇー。こうなるか」

「まあーいいかー。一応、杏子とは友達だしね」

 ハーレムは男の夢だとも。モテまくる時期があればそれは人生の絶頂だとも言われているが、こんな物々しいモテ期なら要らない。誰がこんな拗れた関係のままモテたいと思うのだろう。俺は今回の一件で女性不信になりそうなくらいで、本当に恐怖している。

「あ、そうだー。硝次さ、連絡先交換しよー。してないでしょ確か」

「え……あ。うん。いいけど」

「硝次♡ 私も♡」

「…………俺の事好きなのに、交換してないん、だな?」

 当たり前の話だ。女子は隼人以外の連絡先なんて要らない。早瀬は二股とも言われているが、隼人と『ソウイウコト』をした時の為の事前準備みたいな話を以前していたし、とにかく隼人以外は眼中にない感じで、正に恋は盲目。俺は無害なので嫌われたりはしないが、だからと言って個人的に連絡を取る様な事もない。好きでも嫌いでもないとはそういう状態だ。

 二人を友達に追加すると、早々に画像が送られてきた。

「―――ぐふっ! おま、え!?」


 白と花柄、それぞれ下着姿の自撮りだった。


 ご丁寧にも、手書きのスリーサイズまで記載されている。早瀬がEで杏子がB……って違う! そういう話をしたい訳じゃない。出会い系サイトに誘導するスパムじゃあるまいし、俺の知る二人はこんな真似をする女子ではない。

「ぐふふ~前から送りたかったんだ♡ ね、保存してよ♡」

「ええ! やだよ。何でこんな」

「ほ  ぞ  ん  ♡」

「私のもねー」

「いやいやいやいや! 無理無理無理無理! だってこれ保存したら……俺の学校生活終わっちゃうよ!」

「私は今すぐ終わらせてもいいよ♡ 一緒に退学して、子供作って♡ 大丈夫、二人なら乗り越えられるから♡」

 目の前で画像を保存すると、二人は満足そうに笑い合った。




 なんかもう、根本的に話が通じない。隼人はこんな地雷原みたいな女子に好かれていたのか。




















「はい、あ~ん♡」

 お弁当もまともに食べさせてくれない様だ。二人から何度も食事を口に運ばれ、気分は恋人というより被介護者。自分で食べると言っても聞かないのでこうなってしまった。

「美味しい?」

「……うん、美味しい」

「じゃあ次私ね―」

「…………隼人にやってくれよ。頼むから」

 願いは決して届かない。お弁当はきちんと美味しいのが救いだ。俺が挟まれている場所は学校の屋上。立入禁止だった筈だが、その立札がたまたま無くなっていたので堂々と侵入出来てしまった。

「そう言えばずっと気になってたんだけど。硝次ってどうして隼人と仲良しなの?」

「あーそれ。私も気になってたー。タイプ全く違うじゃん」

「…………? 暗黙の了解みたいな感じで全員知ってると思ってたよ。ほら、俺って無害な印象だろ。中立って自分で言うのもおかしいけど。アイツ、キラキラしてるからさ。他に尖った奴が傍に行こうとするとかえって邪魔し合うっていうか。難しいけど……まあ性格というより存在的な相性が良かったんだよ。だからほら、写真もアイツとの写真ばっかりだろ」

 俺の携帯の画像フォルダには隼人と遊んだ時に撮った写真やクラス行事で何となく撮影した写真しかない。後は家族写真とか、動物の写真とか。野良猫や犬に好かれる性質なので、寄ってくると結構簡単に撮らせてくれる。何やら一番下に女子二人の下着姿が見えるかもしれないが幻覚だ。早い所忘れた方がいい。

「俺からも聞かせてくれ。俺……隼人に比べたら全く魅力ないとは思うんだよ。だから急に好きになられても困るっていうかさ。何で好きになったんだ?」

「何って。好きなもんは好きだから。それ以上の理由とかないし」

「そうそう。ていうかあれじゃん。隼人とめっちゃ仲良いじゃん。ウケる。ウケない。硝次と一回も遊んだ記憶ないんですけど」

 早瀬の顔が渋く曇っていく。杏子も顔を顰めながら首を傾げていた。何故も何も昨日まで隼人にしか興味が無かったのだから。理由なんて正にそれだが。


 ぴろん♪


 タイミング悪く、通知が入った。相手は隼人で、幾らかのメッセージから本文は構成される。



『そろそろ終わったか?』

『なんか今日変な事ばかりだったな。俺もなんか疲れたし、終わったらぱーっとカラオケでも行こうぜ!』



「………………」

 女子二人は食い入るようにメッセージを見つめて、それから同時に俺の方を見て目を開き切ったまま笑ってみせた。












「「行くの?」」 

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る