第四十八話・呼んでほしい

「龍仁! ちょっとこっち手伝ってくれ!」


「エミっちー! 雑巾取ってほしいのですー!」


「まゆ! まゆ! む、虫が、虫が!」



 クリスマスから三日後。二輪車倶楽部部室の大掃除が行われていた。


 発足から約半年であるが、大掃除する必要あるくらいには汚れていた。



「こんなもんかな。それにしても、結構汚れてるもんだな」


「冬なのに、こんなに虫が居ることに驚いている……」


「でも、ナナちゃんが色んな虫対策してるから、これで済んでるのです」


「こんなに防虫グッズを置いてるのが不思議だったのですが、七海さんが用意してたのですね」


「そっかぁ、東雲さんはぁ、七海ちゃんが虫怖がるのぉ、知らなかったのねぇ」


「西園寺さんは虫には勝てないのよね。それはそうと、皆んな大晦日はどうしてるの?」



 榊原先生の問いかけに、それぞれが答えていく。



「うちは、仕事関係でおやじも母さんも出かけるんだわ。だから、毎年うちで麗奈と二人で年越しだ」


「わたしは普通に家で年越しかな。今年は龍ちゃんとこ行こうかなぁ〜」


「まゆちゃん。ご家族で過ごすといいと思うのです」



 麗奈が微笑みながら答える。ただし、その目は笑っていなかった。



「父が、毎年弟子たちを呼んで、道場で年越しをすることになっているんだ。そこに参加することになっている」


「ナナちゃんとこの別荘なら、大宴会が出来るのです」

 

「ぼくは〜恵美ちゃんのお家に招かれてるんだ〜」


「はい。わたしは健児さんと過ごす予定です」


「えっ、高崎くん……もう家まで……」


「両親が〜仕事絡みで一人だって言ったら〜呼んでくれたんだ〜」


「南藤も毎年一人じゃねえのか」


「まあ、おれには家族いないからね。でも――」


「今年はぁ、うちで年越しするんだよねぇ」


「な、南藤くんまで……」


「そう言う先生はどうすんだよ」


「一人暮らしの年越しですよ。テレビ観ながらソバすすって年越しですよ……」



 龍仁が何やら考え込んでから口を開く。



「なぁ、ここで年越ししねえか?」


「部室で年越しするのです?」


「そうだ。俺と麗奈と先生。真由美も来るか?」


「来る来る来る! 来ます!」


「いいの? 先生本当に来ちゃうわよ」


「先生さえ良かったらそうしようぜ」



 榊原先生と真由美は手を繋いで喜んでいる。


 麗奈は少し不満気ではあったが、賑やかな大晦日を想像して笑顔になる。



「な、なら、わたしも来てよいかな……?」


「おぅ、七海も来てくれるのか」


「哲ちゃん、どうするぅ?」


「そうだな……そうだ! おやっさんも一緒にどうかな? 二輪車倶楽部の関係者だからな」


「いいね〜是非おやっさんにも来てもらいてえな」



 皆が盛り上がっていくのを見て、東雲が高崎に耳打ちする。



「健児さん。私たちも参加しませんか?」


「いいの〜? 恵美ちゃんのご両親に悪い気が……」


「問題ありませんよ。そんな小さな事を言う人達ではないので」


「恵美ちゃんがいいなら〜そうしようか〜」


「はい。そうしましょう」



 高崎が立ち上がり参加の意を表明した。



「そうか! じゃあ、これで二輪車倶楽部全員で年越し決定だな!」


「理事長に許可貰っておくわね」


「龍ちゃん、夕食はどうする? 簡単なものでいいのかな?」


「年越しソバもあるからな。わたしで良ければ何か用意しよう」


「じゃあ、先生も何か作ってくるわよ」


「せっかくですから、私も何か用意しますわね」


「だったら、わたしと美春ちゃんでおソバつくろっか」


「そうねぇ、それがいいわねぇ」


「麗奈はデザート作ってくるのです」



 こうして二輪車倶楽部の年越しパーティーが決定した。


 男性陣は料理に関して手伝えることがないため、急遽正月的な飾り付けをすることにした。


 この日が二十八日であったため、男性陣は居残りで作業することになった。



「二十九日に飾っちゃいけないって知らなかったよ〜」


「二十八日、もしくは三十日らしいぞ」


「三十日は無理だからさ、何とか今日やっちゃわないとな」


「クリスマスほどじゃねえし、買ってきたもん飾るだけだ。何とかなるさ」



 龍仁が買い出しに行き、買ってきたものを壁と机に飾り付けた。


 龍仁による突然の提案であったが、どうにか準備できた。


 そして、三十一日の大晦日を迎える。




「皆さん! 今年一年お疲れ様でした!」


「いいぞ先生!」


「ちょっとお父さぁん、静かにしてよぉ」


「それでは! ここで部長の佐々川くんに、乾杯の音頭をお願いしちゃいます!」


「おっ、俺がやんのか?」


「そりゃ〜龍ちゃんが部長だもの」


「そうか。では! 今年一年色々あったけど、二輪車倶楽部出発の年として最高だった! 皆んな! ありがとう! 乾杯っ!」



 おやっさんは車なのでお酒を我慢。


 榊原先生は、女子五人の冷たい視線によりお酒を断念。


 全員がジュースやお茶で乾杯。


 榊原先生、西園寺、東雲が用意した軽食を前に、二輪車倶楽部大晦日パーティーが開催された。

 


「しかしなぁ、最初この話を聞いたときゃ心配だったが、何とかなるもんだな」


「おやっさんの協力がなきゃ出来なかったよ。本当に感謝してるぜ」


「藤田社長には感謝してます。顧問としてお礼を言わせていただきます」


「それにしても、ここ半年で色々あったね」


「まゆちゃんの告白とかもあったのです」


「あはっ、あれはその〜何か〜皆んなにお礼言わなきゃだね」


「いや、まゆは礼を言わなくても良いんじゃないか? あれは仁のせいだからな」


「もう、その話はやめてくんねえかな……」


「それも驚きだったけど、そこの二組のほうが衝撃よ」


「先生〜それはぼくも驚きだよ〜」


「私には当然の成り行きでしたが? 健児さんは何かご不満でも?」


「不満なんて無いよ〜。それどころか〜今は幸せかな〜」


「なら良かったです。健児さんを選んで良かったと思っています」



 見つめ合う高崎と東雲。



「この暑さは暖房の暑さではないのです」


「もう一組の熱も加わってるもんね」



 南藤と美春に視線が集まる。



「まさか全校生徒の前で告白するとはな。おれは南藤を見直したぞ」


「最初、断られたのかと思って固まったよ……」


「だってぇ、あれはぁ皆んな分かってくれるよねぇ」


「わ、分かるぞ美春! 名前で呼ばれるのは大事だからな!」


「そう言えば、龍ちゃんが名前で呼ぶのって……」


「麗奈とまゆちゃんとナナちゃんなのです」


「ちょっと待てーぃ! 何で私だけ名前呼びじゃないのよ!」


「何でって、先生は先生じゃねえか」


「そうだけど、そうだけど……」


「龍兄。そこは何とかしてあげるといいと思うのです」


「確かに。これは不公平な気がするな。仁、何とかしてあげて欲しい」


「龍ちゃん、どうするの?」



 捨てられた子猫のようになる榊原先生。


 潤んだ瞳で龍仁を見つめる。



「わーったよ! じゃあ、理英先生。これでいいか?」


「佐々川く〜ん!」


 

 泣きながら龍仁に抱きつこうとするのを三人に止められた。


 その後も、今年あった様々な出来事を語り合い、笑いに包まれる空間を作っていった。


 やがて年越しソバが出来上がり、全員でソバを食べ終わったところでパーティーは終了となった。



「なあ、龍」


「おやっさん、どうした?」


「お前ら、明日はどうすんだ?」


「明日? 何かあったか?」


「何言ってやがんだ。正月って言やぁ初詣だろうが。一緒に行かねえのか?」


「あぁ、初詣か。そうだな……皆んな一緒に行くか?」


「いいね! 行こう行こう!」


「ぜ、ぜひ! わたしも御一緒させてくれ!」


「いいね〜。恵美ちゃんも行こうよ〜」


「そうですね。一緒に行きましょう」


「おやっさんが言い出したんだから、おれと美春もいっしょだな」


「皆んなで一緒に行こうねぇ」


「決まりなのです! 皆んな一緒に初詣なのですー!」



 半年ほどの間に様々な変化があった。


 龍仁の気持ちにも、とても小さいものではあるが、確実に変化はあった。


 この先、龍仁の気持ちがどこへ向かうのかは分からない。


 新しい年を迎え、龍仁を巡る恋模様にも、新たな変化が訪れるのであろうか。


 龍仁により走り始めた二輪車倶楽部は、四人の乙女たちの気持ちを乗せて、新しい年を迎えるのであった。

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