第四十九話・しんねん
「佐々川くん! あけましてー! おめでとうございますっ! 麗奈さんもね!」
「あけましておめでとうなのです! 新年早々いつも通りありがとなのです」
「おめでとう。理英先生」
昨日からの呼び方にニヤけ顔の榊原先生。
白い晴れ着で跳ねる姿はウサギのようである。
「仁! れな!」
「ナナちゃん!」
「龍ちゃん! れなちゃん!」
「まゆちゃんも来た!」
部室で待ち合わせてから目的地へ向かう。これが二輪車倶楽部スタイル。
初詣も、部室に集合してから向かうことになっている。
神社は学園から近いため、移動は徒歩である。
「皆んな晴れ着似合うわね。西園寺さんの赤も良いけど、彩木さんのピンク可愛いわね〜」
「麗奈のヒマワリのような晴れ着も褒めるのです」
そこへ藤田社長を先頭に、南藤と美春が入ってくる。
「みんなぁ、あけましてぇおめでとうございますぅ」
「南藤夫妻のご到着ですよ」
「夫妻って……まあ、それもいいかな」
「最近、南藤くんが照れないのです」
「つまんないよね〜」
「ふっ、俺と美春は、最早からかわれる関係ではないんだよ」
「あっ、何かイラッとしたのです」
「哲ちゃぁん。調子にノリすぎだよぉ」
「藤色の晴れ着は藤田さんの大人っぽさを演出し、南藤くんの和装姿は七五三に見えるわね」
「先生……七五三は無いでしょう……」
「だって、佐々川くんの和装は大人っぽく見えるわよ」
そう言って龍仁の隣に立つ榊原先生。
「ほら、夫婦に見えるでしょ」
「近所の子供を預かってきたみたいなのです。わたしの方がお似合いなのです!」
「二人とも分かってないな〜。龍ちゃんに似合うのはわたしよ!」
「い、いや! 仁には……わたしが一番似合うのだ!」
正月早々、龍仁の隣は誰が似合うのか選手権が始まる。
四人に揉みくちゃにされながらげんなりする龍仁。
そこへ高崎と東雲が到着した。
「あけまして〜おめでと〜ございます〜」
「明けましてお目出度う御座います。佐々川くん? 何してらっしゃるのですか?」
「俺は何もしてねえよ。その台詞はここの四人に言ってくれ」
「なるほど。新年早々いつもの、っと言うことですね」
「ちょっと! わたしが佐々川くんの隣を歩くのよ!」
「龍ちゃんはわたしと一緒がいいの!」
「龍兄はずっと麗奈と一緒なのです!」
「仁は……わ、わたしの……と、とにかくわたしなのだ!」
「お〜いお前ら。戯れるのは後にして、そろそろ行くぞ〜」
藤田社長が微笑みながら選手権の終わりを告げる。
結局、龍仁の右に榊原先生、左に麗奈、その後ろに西園寺と真由美が並んで出発となった。
神社までは歩いて十分。
楽しい会話があれば、あっという間に到着する距離である。
「さすがお正月だね。すごい人だよ」
「麗奈は人混みに潰されそうになるのです。だから龍兄にくっつくのです」
「麗奈さん。先生には生徒を守る責任があるのよ。こっちへいらっしゃい」
強引に龍仁から麗奈を引き剥がす榊原先生。
そのまま無理やり腕を組んで歩く。
「守られてる感がないのです……」
「先生とれなが並んでると姉妹のようだ」
「七海ちゃん。ナイス表現だね」
そんなやり取りをしながら、無事参拝を終わらせる二輪車倶楽部。
「恵美ちゃ〜ん。何お願いしたの〜」
「健児さんとの事は勿論ですが、皆んなが笑って過ごせる一年になりますように、とお願いしました。健児さんは?」
「恵美ちゃんと〜仲良く過ごせますように〜って」
付き合い始めはぎこちなかった二人だったが、徐々にその距離を縮めていた。
まだ好きではないと言っていた二人だが、距離が縮まるに連れ、少しづつ恋愛感情が見えてきていた。
「哲ちゃんはぁ、何をお願いしたのぉ」
「俺は……美春と、いつまでも一緒に居られるようにお願いした!」
「わたしもぉ、哲ちゃんとぉ、ずっと一緒に居られるようにぃってお願いしたよぉ」
「正月早々親の前でイチャつくたぁ、美春も大人になったもんだ」
「お父さん! 余計なこと言わないでよぉ」
すでに結婚まで見据えた交際の南藤と美春。
そこに藤田社長も並んでいると、まるで家族のように見えた。
「皆んなは何をお願いしたのかしら?」
「先生。聞くだけ野暮ですよ」
「他に何をお願いするのか聞きたいのです」
「れなの言う通りだ。仁との事しかないだろう」
「そうよね。では、参拝もしたことだし、初詣恒例イベントへ向かうわよ!」
「れな、恒例イベントとは何なのだ?」
「初詣のイベントと言えば、おみくじなのです!」
「おみくじがイベントなのか?」
「七海ちゃん。おみくじの項目をお忘れですか?」
「おみくじの項目?」
「西園寺さん。おみくじに女性が求めるもの。それは……恋愛よ!」
「そうか……おみくじにはそんな項目があったな!」
「さあ! みんなでおみくじを引きに行くのです!」
初詣とは思えない気合を入れて歩く四人。
その四人の前には、自然と道が開けていた。
その気合に怯えた人々が、四人を避けたためである。
四人は開けた道を通り、おみくじが置かれた所へ辿り着いた。
そこで四人は見たのである。おみくじと書かれた看板が二つあるのを。
左側の看板には、おみくじと書かれていた。
右側の看板には、恋愛おみくじと書かれていた。
何の躊躇もなく右側の看板へ向かって歩く四人。
おみくじ代を箱に入れ、二つある箱の中からおみくじを引く四人。
「さあ……おみくじの神よ……わたしに微笑みなさい!」
「先生……おみくじの神って何なのです……」
「わたしは実力で当選を引き当てるわよ!」
「まゆちゃん……おみくじに当選は無いと思うのです……」
「このおみくじが、今後のわたしの運命を決めるのだな……」
「ナナちゃん、おみくじにそこまでの力は無いと思うのです……」
普通のおみくじより、若干ピンクがかったおみくじを開いていく四人。
一通り目を通したであろうタイミングで、四人が一斉に振り返った。
「ふふん♪ わたしが当選したみたいよ!」
「まゆちゃん。大吉は当選って意味じゃないのです」
「わ、わたしも当たったぞ!」
「まゆちゃんがそんな事言うから、ナナちゃんまで当たりとか言い出したのです」
「甘いわね。何吉であろうと関係ないわ。恋愛の項目に何が書かれているか! それがおみくじの本体よ!」
「末吉だった先生が言っても説得力が無いのです」
「そう言う麗奈さんはどうなのよ! 何吉なのよ!」
「大吉なのです」
麗奈に突きつけられたおみくじを前に、肩を落とし項垂れる榊原先生。
「でも、先生の言うことは間違ってはないよね」
「確かにな。問題は、どう書かれているかだ」
「ちなみに、麗奈さんは何て書かれてるのかしら」
「麗奈のおみくじは……【近くにありて遠いもの】……なのです……」
「彩木さんは?」
「わたしは……【空回りでも無駄にはならぬ】……何これ……」
「西園寺さんは?」
「何だこれは……【追えば逃げるが追わねば消える】……どうしろと言うのだ……」
「ほほぉ〜皆さん前途多難なおみくじですなぁ〜」
「そう言う先生はどうなのです。早く言うのです!」
「あら、聞きたい? 先生のおみくじに何て書いてあるか、聞きたい?」
「ごちゃごちゃ言わずに早く発表するのです!」
鼻歌まじりにおみくじを広げていく榊原先生。
「じゃあ発表するわね。わたしのおみくじには〜【諦めるな 諦めなければ可能性はある】ですってよ〜」
「四人の中では一番良い結果に見えるよね……」
「おみくじヒラヒラさせながら踊る姿がイラつくのです……」
「先生、わたしのおみくじと交換しないか?」
「そうね。わたしがそのおみくじに相応しいと思うのよ」
「まゆちゃんもナナちゃんも寝ぼけてるのです? あれは麗奈にこそ相応しいのです」
「皆んな何言ってるのよ。おみくじは引いた人――」
榊原先生が話し終わるより早く、三人が飛びかかる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなことしても――」
「とっとと寄越すのです!」
「それはっ! わたしのおみくじよ!」
「先生すまない! わたしにはそれが必要なのだ!」
晴れ着でおみくじを奪い合う四人。
そこから抜け出し走り出す榊原先生。
「ちょっと! いいかげんにしなさいよ! これは! わたしのおみくじなのよー!」
「待つのです! それは麗奈の所へ来るべきものなのです!」
「先生! いいかげんに諦めて渡してください!」
「頼む先生! 後生だから! そのおみくじを譲ってほしい!」
周囲の注目を集めながら走り回る四人。
必死に逃げ回る榊原先生の前に、龍仁を含めた六人が立っていた。
「佐々川くーん! 助けてー!」
犬に追われた子供のように抱きつき、龍仁の後ろに隠れる榊原先生。
それを見て急ブレーキをかける三人。
「何やってんだ〜?」
「仲良くかけっこですか? 元気ですわね」
「みんなぁ、汗だくになって何してるのぉ」
「嬢ちゃんたち。せっかくの晴れ着も台無しになってんぞ」
「ま〜た何かやらかしてるんだったら――」
「何もしてないのです!」
「そうそう! ちょっとテンション上がって追いかけっこしただけだよ!」
「皆で親睦を深めていただけだ!」
「本当か〜?」
「佐々川くん、本当よ。テンション上がりすぎちゃって先生反省!」
「理英先生が言うなら、そう言うことでいいけどよ」
三人に向かってウィンクする榊原先生。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうだねぇ。この後ぉ、お雑煮とかどうかしらぁ」
「いいね〜お雑煮食べたいな〜」
「よし! お雑煮食べるか!」
龍仁の声に全員が同意の声をあげる。
年が明けても、四人は仲の良いライバル関係を続けていく。
お互いを認め、自分を高め、時には脱線し、時には争い、何かあれば助け合う。
口にはしないが、そんな信念にも似た思いを秘めて、恋を探していくのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます