第四十四話・騒乱から生まれた光
文化祭に向けて生徒が活気づく白羽学園の放課後。
「ここでドーン! って仕掛けが欲しいね」
「上から何か落とす〜?」
ホラーハウス担当になった真由美と高崎が意見を出し合う。
他に三名担当に決まったクラスメイトがいるが、今日は部活の文化祭準備へ行っている。
「二人で出てくる案はこんなとこね」
「そうだね〜。ぼくらも倶楽部のほう行こうか〜?」
「そうしよっか。こっちは原案まとまったしね」
これ以上進めることがないと言うことで二輪車倶楽部へ向かう二人。
その二輪車倶楽部には、龍仁、榊原先生、西園寺、東雲、南藤が集まっていた。
「龍仁。ここでパンケーキを焼くのは難しそうだな」
「調理するには設備が無さすぎんだよ」
「水道も無いし、使える電化製品にも限界があるからな」
「ホットプレート二台で簡単にブレーカー落ちんだろ」
「鉄板を使って焼くのはいかがですか?」
「ガスボンベ使ってか? う〜ん、火使うの危なくねえか?」
「確かに。何かいい方法ないかな」
「先生に任せなさい!」
自信満々で立ち上がる榊原先生。
「先生には妙案がおありで?」
「ふふっ。何もここで焼く必要はないのよ。校内で焼いたのを運んでくればいいんじゃない?」
「なるほど。それはいい案ですね」
「いいんじゃないっすか。どうだ、龍仁」
「そ、そうだな。いいんじゃねえか」
何となく榊原先生の顔が見れない龍仁。
そんな龍仁から離れたところで座っている西園寺。
昨日のキス騒動の帰りに少し幸せな気分になったが、家に帰ってから恥ずかしさが大爆発。
今日は龍仁と話すどころか、目を合わすことも出来なかった。
「西園寺さんもそれでいいかしら?」
「ひゃ、ひゃい。いいと思われそうです!」
「思われそうって何? 西園寺さん大丈夫?」
「大丈夫じゃ無さそうですね」
「何かあったの? 顔が真っ赤よ」
「ちょ、ちょっと風に当たってくる!」
早足で部室を出ていく西園寺。
不思議そうな顔で見送る榊原先生と東雲。
「西園寺どうしたんだ? 龍仁、何か知ってるか?」
「いや……」
「まあ、女の子には色々あるものよ!」
「本当に色々ありますね。特に二輪車倶楽部には」
「あら、東雲さん。そんなに色々あるかしら?」
「一人の男性を四人の女性が好きになってるのですよ。それで色々無い方がおかしいのでは?」
「よし! パンケーキの件はこれで解決だな! 次は展示について考えようぜ!」
「急にどうした龍仁」
「いや、急も何もねえだろ。ほら、早く決めようぜ」
そこへ真由美と高崎がやってきた。
龍仁を見つけて隣に座る真由美。
東雲の隣に座る高崎。
「東雲さんと高崎くんはいいとしましょう。彩木さん、そこは私の席よ!」
「あら、空いてましたよ? それに、これ以上先生に譲るつもりないですよ」
「うん? 彩木さんに何か譲ってもらったかしら?」
お互いに笑顔だが、目が笑っていない。
「譲った覚えはありませんよ。譲ったと言うか、強奪されたって感じですね」
「私には身に覚えが無いのだけど? 何の話かしら」
「ま、真由美ちゃ〜ん、それ以上喋っちゃうと〜バレちゃうよ〜」
龍仁と東雲が高崎を見る。
榊原先生が高崎に歩み寄る。
「た〜か〜さ〜き〜く〜ん。知ってる事を全部ここで白状なさい」
「あっ、あっ、あっ……」
「け〜んじ〜……」
「学習しない人ですね、健児さん。そんなところも魅力的に思えてきますわ」
「ごめんよ〜……」
「仕方のない人ですね。ここは私の出番ですわね」
昨日に続き、東雲による榊原先生キス事件の説明が始まった。
真由美は頬を膨らませながら説明を聞いていた。
南藤は目を見開いて龍仁を見る。
榊原先生は無表情で説明を聞いていた。
「と言う訳です。ご理解いただけましたか」
「オーケーオーケー。私が、佐々川くんにキスを……」
「まあ、無意識だし、これはノーカウントだよね」
「いやいやいやいや! そうやって先生を騙そうだなんて――」
「本当ですよ。私と健児さんがハッキリと見ましたから」
「いくら酔ってたとはいえ、そんな事しないわよ〜。お姫様抱っこからのキス? 良く出来たお話でした!」
真由美が急に龍仁の首に手をかけ、お姫様抱っこになるように龍仁へ体を預ける。
「こうやってキスしたそうですよ!」
両手に力を入れて龍仁を引き寄せる真由美。それと同時に顔を近づける。
突然のことに動けなかった龍仁の唇に、真由美の唇が重なる。
このタイミングで部室の扉が開く。
そこに立っていたのは西園寺と、途中でたまたま合流した麗奈だった。
「まゆ……?」
「まゆちゃん、何してるのです……」
「あっ、途中で止めるつもりだったのに……そのままキスしちゃった……」
「思い出したわ……あれは夢じゃなかったのね……」
「ナナちゃん! まゆちゃんまでキスしちゃったのです!」
「そ、そうだな……キスを、してたようだな……」
「ナナちゃん! 何か言ってあげるのです!」
「わたしもしたのだ……キス……」
思考回路が著しく低下した西園寺。
誰も聞いていないのにキスした事を報告した。
その報告に全員が驚くのは当然の結果だった。
「さ、西園寺さん? そ、そ、それは、ど、どう言うこ、ことかしら?」
昨日のこともあり、榊原先生と南藤以外は少し落ちついていた。
西園寺は偶然起こった出来事を辿々しく説明した。
「と言うことは……麗奈だけ口にキスしてないのです!」
「ま、待て! 落ち着け麗奈!」
「これは落ち着いていられないのです!」
龍仁に向かって机の上をダッシュする麗奈。
「れ、麗奈! つ、机の上を走るなんて行儀悪いぞ!」
「今はそんな事どうでもいいのですー!」
机の上からダイブする麗奈。そのまま龍仁をイスごと押し倒す形となった。
真由美は危険を感じ、直前にイスから離れていた。
「龍兄ー! 麗奈のファーストキス! 受け取るのですー!」
両手で龍仁の頭をホールドし、ファーストキスを捧げる麗奈。
一部始終を見ていた南藤。
何も知らなかった南藤には、何が起こっているのか全く理解できなかった。
「何と言うか。結果として、全員ファーストキスすることになりましたね」
ただ一人冷静な東雲が、今回のキス騒動の結果をまとめた。
「いいえ、私はまだよ……酔ってて覚えてないんですからねー!」
「夢と誤認した記憶がございますよね。それは記憶があると認定させていただきます」
「東雲さん……冷静すぎるわよ……」
「では、これにて一件落着でよろしいですか。これ以上キスシーンを散蒔くのは、校則違反ではないでしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
押し倒された状態から、上体だけ起こした龍仁が割って入る。
ゆっくりと立ち上がり、榊原先生、麗奈、西園寺、真由美を順に見る。
「昨日言ってたよな。気持ちの入ってないキスとか何とか」
「恵美ちゃんに言われたね」
「だとしたら、先生に始まって今日の麗奈まで、俺からの気持ちが入ってない」
腕組みをしながら、今一度四人を順に見る龍仁。
「と言うことは、全部キスじゃない! ただ唇が触れただけだ!」
「……佐々川くんを落とすのは、想像以上に大変そうね。ねぇ、健児さん」
「そうだね〜……」
かなり浮かれ気味だった四人。今は肩を落とし、大人しく龍仁の話を聞いていた。
「もし、俺にそんな気持ちが入ったら、その時は俺からキ、キスする!」
「龍兄……?」
「えっ、龍ちゃんからキスしてくれるの?」
「で、では、仁からキ、キ、キスされた時は……」
「その時は、選ばれたと思っていいわけね!」
「そ、そうだ……だから、今後はこう言うのを止めてくれ」
「恋愛に興味がない佐々川くんにしては、前向きで良い提案でしたわね」
相手のことを考えずに、自分の気持ちだけで動いていた。
その事で、龍仁に愛想を尽かされたのではないか。そう考え落ち込んだ四人。
しかし、龍仁から出た言葉の意味は、好きになった相手に自分からキスをする、と言うものだった。
それは四人にとって、ようやく見え始めた光だった。
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