第四十二話・知らぬが仏と言わぬが花
「以上が文化祭の流れになる」
二輪車倶楽部の耐久レース初参加翌日のホームルーム。
百瀬先生による、白羽学園文化祭の説明が行われていた。
「そこで、先ほどの説明にあったクラスの出し物だが、担任による抽選は既に終わっている」
各クラスの出し物は、全学年の担任によるくじ引きで決まる。
「我がクラスの出し物は、ホラーハウスだ」
「先生! ホラーハウスって何ですか?」
「彩木、いい質問だ」
百瀬先生が黒板に【ホラーハウス=お化け屋敷】と書いた。
「こう言うことだ」
クラス全員が無言で頷いた。
「場所は旧校舎の一部を使うことになっている。実行委員を決めねばならんのだが、誰か居ないか?」
クラス全員が、身動きせずにその場を見守った。
「立候補は無しか。では指名させてもらう。彩木真由美! 実行委員委員長を命ずる」
「えっ? わたしですか?」
「そうだ。続いて委員会のメンバーを――」
真由美以下、五名が選出された。二輪車倶楽部メンバーで選出されたのは、高崎だけであった。
「――以上、実行委員主導のもと、クラス一丸となって成功させて欲しい。各部の出し物については、顧問より伝えられる。詳細は各部にて確認するように」
文化祭の出し物について決まったところで、その日のホームルームは終了した。
「さて、二輪車倶楽部は何にしましょうか?」
放課後、二輪車倶楽部の部室に全員が集合していた。
榊原先生の問いかけに皆がそれぞれの意見を出し合う。
「いい機会だから、この間の耐久レースに関する展示とかどうかな?」
「それはいいと思うのです!」
「それだけで人を呼ぶのは難しいと思われます」
「東雲さんには何か良い案があるのかしら?」
「先生。ここは飲食物の出店が良いと思います」
「飲食物の出店? 何をやるのかしら」
「それは皆んなと相談して決めたいと思います」
「その前に、ちょっといいです?」
麗奈が手を上げて発言する。
「今更ですが、東雲さんをエミっちと呼ぶことにしたのです」
「じゃあ、わたしは恵美ちゃんって呼ぶね」
「では、わたしは恵美と呼ばせてもらおう」
「ならぁ、わたしは恵美さんって呼びますねぇ」
「本当に今更ですね。私はそう呼んでいただいて構いませんよ」
東雲の新たな呼び方が決まったところで本題に入る。
「で、恵美ちゃんの言う飲食物は何がいいと思う?」
「そうだな。出来るだけ簡単なものがいいと思うのだが」
「二輪車倶楽部名物、そうなるようなのがいいと思うのです」
「れなちゃんの意見に賛成! 代々受け継がれるっていいよね!」
「先生は一つ思いつきました」
自慢気にホワイトボードに書き出す榊原先生。
何やらパックのような容器に、丸いものが二つ入っている絵が完成した。
「これは何なのです?」
「このパックにこんな絵を書きます」
先ほどの絵に榊原先生が書き足していくと、バイクの絵が出来上がった。
「なるほど。その丸いものをタイヤに見立てたわけですね」
「東雲さん正解!」
「その丸いものってぇ、何ですかぁ?」
「たこ焼きよ!」
「先生……たこ焼き二個しか入ってないのです?」
「さすがにたこ焼き二個は少ないよね」
「そ、そう言われると確かに……先生の案は無かったことにしてちょうだい」
「いえ、先生の案は悪くないと思います」
「恵美、たこ焼き二個は少ないと思うのだが」
「七海さん。たこ焼きに拘る必要はありませんよ」
「エミっちには何か良い考えがあるのです?」
「そうですね……パンケーキなどは如何でしょう?」
「あらぁ、パンケーキいいわねぇ」
「少し小さめに焼けばタイヤっぽくできるかな」
「真ん中の空いたスペースに、シロップとか置くといいと思うのです!」
二輪車倶楽部の出店内容が概ね決まっていく。
耐久レースに関する展示については、男子が一切を受け持つことになった。
「先生もう一つ提案があるんだけど、いいかしら?」
「まだ何かやるのです?」
「パンケーキだけで良くないですか?」
「一応お聞きしましょうか。やるかどうかは聞いてからにしましょう」
「聞いてもらいましょうか。これは今までの文化祭でもあったらしいんだけど……ブロマイドの販売よ!」
部室の時間が止まったかのような静寂が訪れる。
「ちょ、ちょっと! 何で静かになっちゃうのよ!」
「それって、売れます?」
「まゆの疑問に同意する」
「麗奈はいいと思うのです」
「おっ、麗奈さん話が分かるわね!」
「少なくとも、ナナちゃんのブロマイドなら売れると思うのです」
「れ、れな、何を言いいだすのだ!」
「そうね。確かに七海ちゃんのなら売れそうね」
「それなら納得ですね。七海さんはモデルのようにお綺麗ですからね」
「わたしもぉ、いいと思うよぉ」
「皆んな何を言ってるの? 販売するなら全員よ」
「却下なのです」
「全力でお断りです」
「わたしもぉ、それは困りますぅ」
「やはり、その提案には乗れません」
「そ、そうだそうだ!」
「そこまで言うなら諦めるしか無いわね」
残念そうな顔で引き下がる榊原先生。
「ブロマイドは諦めるけど、耐久レースの写真販売はどうかしら? 今後の活動のためにも資金は必要だから、少しでも蓄えたいのよ」
全員、資金調達のためならば致し方ないと言うことで納得した。
「では、明日から文化祭に向けて頑張りましょう! 先生これから理事長に報告してくるわね」
「わたしたちはもう少し詳細を決めときますね」
「おれもバイト行かせてもらっていいかな?」
「南藤くんだけ行くのです?」
「今日はおれだけだよ」
「あら、美春ちゃんと一緒じゃなくて残念ね」
「な、いや、そんなんじゃ……じゃ、じゃあ明日またな!」
逃げるように部室を出ていく南藤。
「そう言えば、先生すごい酔ってたのに、今日は全然平気みたいだったね」
「二日酔いを心配してたのです」
「むしろ、体調がいいように見えたな。それに、何かとても楽しそうだった」
「あら、七海ちゃんもそう思った?」
「それなら理由を知ってるのです」
麗奈が不機嫌な顔で答える。
「いい夢を見たと言ってたのです」
「いい夢?」
「れな、それはどんな夢なんだ?」
「あまり言いたくはないのです……」
「れなちゃ〜ん、教えてよ〜」
「ここまで聞いたらぜひ知りたいのだが」
そのやり取りを、龍仁と高崎が冷や汗を流しながら聞いていた。
東雲は、動揺のかけらも見せずに落ちついていた。
「龍兄と……キスした夢を見たらしいのです……」
「なにそれ。ズルい!」
「ゆ、夢とはいえ、仁とキ、キ、キ……」
真由美は憤慨して顔を赤くしている。
西園寺は顔を真っ赤にして固まっている。
「お、俺、トイレ行ってくるわ」
いつもより硬い表情で部室を出ていく龍仁。
「ねえ、何となくなんだけど、今日の龍ちゃんおかしくなかった?」
「いつもより静かだったような気がするのです」
「そう言えば文化祭の話し合いで、仁にしては珍しく意見が出なかったな」
「そうだ! 先生が近づくと、距離取るように離れてたよ!」
「先生を避けてたような気がしてきたのです」
「高崎、大丈夫か? 何か様子が変だぞ」
「な、何でもないよ〜。昨日何があったかなんて、ぼくは何も知らないから〜」
高崎の発言に東雲が眉をしかめる。
麗奈が高崎に鋭い視線を向ける。
「おい……昨日何かあったのか?」
「な、何もないよ〜……だって〜あれは事故だから〜……」
何かを察した美春は東雲を見る。
麗奈、真由美、七海が高崎に詰め寄る。
三人の迫力に何も話せなくなる高崎。
それを見ていた東雲が助けに入る。
「私が説明させていただきます」
そして、淡々と昨日の夜起きた事を話す。
麗奈は呆然とし、真由美は天を仰ぎ、西園寺は魂が抜けかけていた。
そこへ龍仁が帰ってきた。
「な、何だこの空気……」
「すいません佐々川くん。訳あって昨日のことを話させていただきました」
「えっ……」
龍仁は、昨日のことを特に口止めはしていなかった。
高崎と東雲は、言わないほうが良いだろうと話していた。
わざわざ皆んなに言うことではないと思っていた龍仁。
隠そうとも思っていなかった。
要するに、どうしていいか分からなかったのだ。
そして、この事実を知った三人がどう感じ、龍仁に対してどう接してくるのか。
龍仁には、それを知る術はないのであった。
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