第四十一話・夢の中

「おやっさん。もう皆んな来てるか?」


 耐久レース終了後、一旦解散して藤田バイク店に集まることになった二輪車倶楽部。


 藤田社長の友人が経営する料理店で打ち上げをやるためである。


 いま集まっているのは、龍仁、麗奈、南藤、美春、真由美。


 榊原先生、西園寺、高崎、東雲がまだ到着していなかった。


「麗奈ちゃぁん、フリフリのお洋服可愛いねぇ」


「美春ちゃんがジーンズ履いてるの珍しいのです」


「お嬢は何着ても似合うからな」


「そう言う南藤くんはいつも通りなのです。そして、龍兄もいつもと変わらぬ装いなのです」


「いつも通りでいいだろ。食事するだけなんだからよ」


「少しはお洒落に気を使うといいのです。あっ、ナナちゃんが来たのです!」


 白いブラウスにワインレッドのロングスカートで歩く西園寺が見えた。


「まゆちゃんの服装と似てるのです」


「似てるね。わたしのスカートがイエローじゃなかったら、丸被りしてたね」


「待たせてしまって申し訳ない」


「大丈夫だよ、七海ちゃん。あと三人来てないよ」


 そこへ、黒いワンボックスが走ってくる。


 藤田バイク店の前に停まるワンボックス。そこから顔を出したのは、最後の三人だった。


「皆さん! お待たせしました!」


「お待たせ〜」


「すいません。お待たせしてしまいました」


 榊原先生と高崎は、東雲に送迎して貰うことになっていた。


「東雲嬢ちゃん、無理言って悪かったな」


「いいえ。今日は車も運転手も空いていましたので」


「東雲さん、お金持ちなのです」


「東雲建設ご令嬢なんだってね。ついさっき知って驚いちゃった」


「んじゃ、そろそろ行くか。俺が先走るから付いてきてくれ」


 藤田社長のワンボックスの後に、東雲家の黒いワンボックスが続く。


 十分ほど走ると、目的の料理店に到着した。




「すごいね〜料亭って感じだね〜」


「高そうなのです」


「美味しいものが食べられそうね! それより先生。なぜチャイナドレス?」


 真由美の問いにポーズを決めながら応える榊原先生。


「セクシーでしょう?」


「ここが中華料理店なら、その勇気を褒め称えたのです」


「健児、なんでスーツ着てんだ?」


「あっ、これは東雲さんが……」


「私に合わせてコーディネートしたのです」


「そうだね。そのドレスに合わせるとしたら、スーツになるよね」


 黒いワンボックスから降りた三人は、三人共が料亭に似つかわしくない装いであった。


 一歩間違えば仮装パーティーになりそうな一行は、藤田社長を先頭に料亭に入っていった。




「おい! 来たぞ!」


「先輩! 待ってましたよ。今日は楽しんでってください!」


 藤田社長の後輩、この料亭の経営者が部屋に案内してくれた。


 部屋に案内された二輪車倶楽部。部屋に入ったところで恒例の儀式が始まった。


「さて、始めますか……」


「望むところなのです」


「龍ちゃんの隣はわたしのものよ」


「仁と並ぶのはわたしだ」


 四人の視線が交差する。


 部屋にいる他のメンバーを置き去りにした世界で、龍仁の隣争奪ジャンケンが始まる。


「ジャーンケーンポーン!!」


 勝者、西園寺、榊原先生。見事龍仁の隣を勝ち取った。


 全員が席についたところで、耐久レースお疲れ様&東雲歓迎会が始まった。




「皆さん! お疲れ様でした! Bチームは残念ながらリタイアとなりましたが、Aチーム六位! そして、全員が怪我なく終えることが出来ました! 先生嬉しいです!」


「先生、長いのです」


「これは失礼したわね。では、東雲さんの入部歓迎も兼ねて、乾杯!」


 榊原先生以外はお茶やジュースでの乾杯となる。


「それにしても、レース前には想像もできなかったよね。高崎くんと東雲さん」


「まゆちゃん、それは誰にも想像できる訳ないのです」


「そうだよね〜ぼくも驚きだよ〜」


「そんなに驚きですか? 今日結婚したのなら驚きですが、付き合い始めただけですよ?」


「東雲さん、二輪車倶楽部でお付き合いしたことがある人は、誰も居ないのよ」


「まゆちゃんの話しに補足するのです。その中で、高崎が最初に付き合い始めたことにも驚きなのです」


「そうなんですか。私には健児さんが魅力的に映ったんです」


「それは〜照れるな〜」


「東雲さんには悪いのですが、何かムカつくのです」


「まあまあ、ちゃんと見守ってあげようよ。ねっ、れなちゃん」


「よろしくお願いしますね。私も皆さんの事を応援しますよ」


 そんな話がされているテーブルの反対側で、二人のアピール合戦が繰り広げられていた。



「佐々川くん、これ美味しいわよ! はい、あ〜ん」


「じ、仁! これが美味しいぞ! あ、あ、あ……ん」


「自分で食うからいいって!」


「遠慮しなくていいのよ〜ほら、あ〜ん」


「ジュ、ジュースが無くなってるな。わたしが注ごう! さあ! どうぞどうぞ!」


「だぁ〜ゆっくり食べさせてくれ!」


 西園寺と榊原先生は、アピールするのに一生懸命で、自分の食事は二の次である。


 しかし、そのアピールはうまく行っていないようである。


「そうだ! 佐々川くん疲れたでしょう。先生がマッサージしてあげましょう!」


「マ、マッサージなら得意だ! 仁、わたしがマ、マッサージしよう!」


「いや、いいよ」


「そう言わずに」


「遠慮しなくていいぞ」


 強引にマッサージしようとするが、龍仁は座ったまま動かない。


 二人は全身マッサージを諦めて、肩をマッサージすることにした。


「どうかしら? 心地いいでしょ?」


「仁、これはどうだ?」


「お、おぅ。悪くはねえな」


 思いのほか心地よかった龍仁。


 それに気を良くする西園寺と榊原先生。


 何とかアピールできたと思えた二人。マッサージを止め、美味しく料理をいただいた。


 その後、真由美と麗奈もアピール合戦に加わり、龍仁以外はこの打ち上げを堪能していた。


 


「さて、そろそろお開きにすっか。ちょっと支払いしてくるわ」


「先生、お開きだぜ。帰るぞ」


「ありゃ……にゃ……ふにゅ……」


「だめだ。完全に酔っ払ってるぞ」


「龍ちゃん、どうするの?」


「家知らねえしな。東雲に頼むか」


 その時突然、榊原先生が立ち上がった。


 立ち上がった榊原先生は、座っている龍仁の後ろにフラフラと近づく。


「しゃしゃがわく〜ん! しゅき〜!」


 そう叫んで龍仁の背中にダイブした。


 必然的に龍仁がおんぶする形となった。


「は、離れねえ……」


「このまま車までお願いできますか。後は私が家までお送りします」


「すまん、東雲。そうしてもらえるか」


 車まで榊原先生をおんぶしていく龍仁。


 何とか背中から引き剥がした榊原先生を、シートに座らせてベルトをかける。


「じゃあ頼んだ……って」


 引き剥がしたと思っていた榊原先生。今度は、龍仁のシャツをがっちり掴んで離さなかった。


「龍兄。いってらっしゃいなのです」


「佐々川くん。お付き合い願えますか」


「しゃあねえな……」


 捕獲された龍仁は、東雲たちと一緒に榊原先生を送ることになった。




「ここが先生のアパートか」


「ええ。部屋は二階です。佐々川くん、先生をお願いします」


「ごめんよ〜ささっち〜。ぼくには無理だから〜」


「大丈夫だ。任せとけ」


 そう言うと、榊原先生を抱きかかえる龍仁。


 お姫様抱っこ。榊原先生が起きていれば、狂喜乱舞したであろうシチュエーション。


「先生、失礼します」


 鞄から部屋の鍵を取り出す東雲。


 鍵を開け、部屋へと入る龍仁たち。


「綺麗にしてらっしゃいますね。寝室はあちらかしら」


「健児、先生の靴脱がしてくれ」


「は〜い」


 東雲が寝室と思われる部屋の電気を点ける。


 そこに見えるベッドへ榊原先生を運ぶ龍仁。


「ここでいいな」


 そっと榊原先生ををベッドに寝かせる龍仁。


「ありゃ……しゃしゃがわくんが居りゅわ……」


「先生、大丈夫か?」


 そう龍仁が尋ねると、榊原先生が両手を伸ばす。


「夢で逢えりゅにゃんて……夢だからぁ……」


 伸ばした手を龍仁の首の後ろに回し、そのまま一気に引き寄せた。


「ちょ、せんせ――」


 龍仁はそれ以上喋ることは出来なかった。


 龍仁の唇は、榊原先生の唇で塞がれていた。


「え、え、さ、ささっち〜。せ、先生とキ、キ、キ」


「キス……しちゃいましたね……」


 流石の東雲も顔を赤らめていた。


 時間にして一分。龍仁の唇を解放した榊原先生は、微笑みを浮かべながら眠りに落ちた。


「あ、あの。み、見たか? 見たよな……」


「見たよ〜……」


「はっきりと見させていただきました……」


 幸せそうに眠る榊原先生の部屋で固まる三人。


 無意識とは言え、榊原先生に唇を奪われた龍仁。


 龍仁の心の扉が激しくノックされ、また少し、ほんの少し開いた瞬間なのかも知れない。

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