第四十話・バトル再開
「七海! これで最後だ。安全運転でいいからな」
「任せてくれ。必ず仁の元へ帰ると誓おう」
「そんな大袈裟な言い方しなくてもいいぞ……」
初めて参加した耐久レースも、ゴールまで残り三十分となった。
真由美がピットインし、最後のライダーとなる西園寺と交代する。
「七海ちゃん! お後よろしく!」
「行ってくる!」
元気よくピットアウトする西園寺。幼い頃から鍛えている西園寺には、他のメンバーよりも体力的な余裕があった。
レース終盤、二輪車倶楽部Aチームの順位は六位。まずまずの順位に龍仁たちは満足感を得ていた。
「初めてでこの順位なら申し分ねえな。いずれは、もっと大きなレースで表彰台狙おうぜ」
「いいね! カップルで表彰台立とうね!」
「まゆちゃん。聞き捨てならないのです」
「そうよ。監督とライダーがカップルでインタビューを受けるのよ!」
「高校生兄妹カップルとして表彰台に立つのです!」
「お前ら何言ってんだ……」
突然始まった妄想バトルに呆れる龍仁。
三人の妄想バトルはしばらく続いた。
「本当に不思議な繋がりですね」
「そうだね〜ライバルなのに仲いいんだよね〜」
「佐々川くんはどうするのでしょうか?」
「ささっち、どうするのかな〜」
「誰かを選べば誰かを傷つけるでしょうし、誰も選ばないのも罪ですし」
「難しいよね〜」
「佐々川くんの事はさておき、私たちの事を考えないといけませんね」
「そ、そうだね〜」
「健児さん、私を好きにさせてくださいね」
「どうすればいいか分からないんだけど〜……」
「私にも分かりません。二人で探しましょうね」
「分かった〜」
好きと言う感情の無いまま付き合う事になった高崎。
東雲は恋愛感情を否定しているのか、恋愛が分からないのか、高崎には、それを判断するだけの知識も、経験も無い。
そして、二輪車倶楽部は恋愛初心者の集団であり、的確なアドバイスが出来る人は居ないのである。
「とは言ったけど〜ぼくに分かるかな〜……」
「健児さん、何か言いましたか?」
「ううん、何でもないよ〜。あっ、残り十分だよ〜」
「そろそろゴールですね。健児さん、出迎える準備しましょう」
「皆んなにも声かけるね〜」
高崎が龍仁たちに声をかけ、西園寺がゴールするのを全員で迎える準備をする。
Bチームのリタイアはあったものの、全員が無事だったことは喜ばしいことであった。
その喜びを全員で分かち合うべく、ゴールの瞬間を待ちわびる。
そして、トップがファイナルラップに突入し、実況と解説がレースの最後を締めくくる。
『初心者が集う三時間耐久レースも残り一周となりました! 転倒もチラホラ見受けられましたが、参加者全員大きなケガもなく、無事ゴールの瞬間を迎えられそうです!』
『皆さんお疲れ様でした。初めての耐久レースはどうでしたか? 楽しく走れましたでしょうか。ライダーだけでなく、ピットクルーの皆さまもお疲れ様でした』
『さあ! トップチームが最終コーナーに入りました! 長かったレースに今、チェッカーフラッグが振られようとしております!』
トップチームがホームストレートを駆け抜け、チェッカーフラッグが振られる。
少し遅れて、西園寺がホームストレートに現れた。
ゴールラインを超えた西園寺。ピットの龍仁たちに向け、左手で作ったガッツポーズを見せる。
「ナナちゃーん!」
「七海ちゃん! 六位だよー!」
西園寺のガッツポーズに、ピットの全員が手を振り応える。
榊原先生が藤田社長に握手で感謝を伝える。
思わず美春に抱きついてしまい、顔を真赤にして固まる南藤。
龍仁を中心に、麗奈、真由美、東雲、高崎と、順にハイタッチで盛り上がる。
そこへ西園寺が戻ってくる。
バイクを降り、ヘルメットを脱ぐと、龍仁に走り寄り抱きついた。
「ナ、ナナちゃん! ず、ずるいのです!」
「ちょっと! わたしもわたしも!」
「先生を差し置いてっ! 何をやってくれてるんですかー!」
龍仁に抱きつく西園寺を引き剥がす榊原先生と麗奈。
空いた龍仁のスペースに抱きついたのは真由美。
「あぁー! 埒が明かないわね! こうなりゃ〜こうだ!」
真由美と龍仁ごと抱きしめる榊原先生。
「わたしも突撃するのです!」
「わたしも今一度!」
麗奈と西園寺が同時に龍仁に飛びつく。
「だぁー! お前らいい加減にしろー!」
「ささっち大変だね〜」
「小学生みたいで微笑ましいですね」
「いきなり抱きつくなんて、西園寺もやるじゃないか」
「そうだねぇ。哲也くんもぉ、人のこと言えないけどねぇ」
「あ、あれは、あれはははははは」
「てっちゃん壊れちゃったよ〜」
「南藤くんって、見かけによらず面白いんですね」
テンションが上がって大騒ぎする二輪車倶楽部のピット。
東雲はレースの経験があるためか、通常テンションでその様子を見ていた。
「さて、お祭り騒ぎはここまでだ。続きは飯食いながらだ。っと、その前に閉会式だな」
藤田社長により、皆んなが一旦落ち着きを取り戻し、閉会式会場まで移動する。
閉会式で三位から優勝チームまで順に表彰されていく。
「今度は、あの場所で閉会式を迎えてえな」
「龍ちゃんと一緒に表彰台♪」
「仁と一緒にあの場に立つ……いい気分だろうな」
「麗奈は……別チーム……ずるいのです!」
「表彰台って監督は乗れないのかしら?」
「みんな〜夢を語るのは後にしようよ〜」
妄想バトルに発展する前に、高崎が止めることで事なきを得た。
その後は、大人しく閉会式に参加する龍仁たち。
表彰式と、参加賞も含めた景品授与が終わり、二輪車倶楽部初の耐久レースの幕は閉じられた。
「では! 一旦戻ってから藤田バイク店に集合! そして美味しい料理で打ち上げよ! 女子の皆さんは、思う存分お洒落して来ていいわよ〜」
「先生もお洒落して来るのです?」
「そうよ。大人の女に変わるわよ〜」
「どう変わるのか見ものなのです」
「ま、まゆ、どんな服装で行けばいいのだ?」
「そうねぇ。わたしは女の子らしい可愛い感じにしようかな。七海ちゃんは何着ても似合うからいいよね」
「そ、そうか? 何着ても? わ、わたしも可愛くしてみるとするかな。仁に、可愛いところも見せておきたいからな」
耐久レース参加が決まってから、龍仁にアピールするタイミングが余り無かった四人。
レースが終わり精神的な余裕もでき、今までレースに向けていた気持ちを龍仁へと戻していく。
合同デート以来、微妙な距離感になったと思っている四人には、何とか龍仁の気持ちに近づきたいとの強い思いがあった。
高崎と東雲が突然付き合うことになった。これも、四人を突き動かす大きな要因となっていた。
そして、今まで自分の恋愛について全く考えていなかった龍仁。
キャンプ以降、何かとアピールされているうちに、少し、ほんの少し恋愛について考えるようになった。
考えるようになったとはいえ、何をどこからどう考えていいか分からず、何の答えも出せずにいた。
耐久レース初参加と、誰一人ケガをしなかったお祝いを兼ねての打ち上げ。
その打ち上げで繰り広げられるであろうアピール合戦。それにより、龍仁の気持ちに動きが出るのだろうか。
それとも、四人の努力は全て無駄に終わってしまうのか。
何かが起きそうな瞬間が、静かに近づいているのであった。
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