第三十九話・古傷

「南藤、車体の方は問題無さそうか?」


「あぁ、特に問題ないよ。ここまで転倒もないし、初参加にしては良くやれてると思う」


「Aが六位でBが四位か。東雲が一時的に順位上げるだろうが、最終的にはこのくらいに落ち着くかな」



 ここまで、榊原先生の体調不良はあったが、全体的には順調に進んでいた。


 レースも半分を過ぎており、スタート時に比べて、ピットは和やかな雰囲気に包まれていた。



「あれぇ、東雲さんピットインしてきたよぉ」


「ピットインのサイン出してないよ〜」



 皆んなが不思議がる中、東雲がピットへ戻ってきた。



「燃料が少ないです! 給油量、間違ってないですか!」


「南藤! どうなんだ!」


「ちょっと待ってくれ。給油量は間違ってない」



 そう言いながら車体をチェックする南藤。



「あっ……おやっさん!」


「どうした?」



 南藤に言われた場所を確認した藤田社長。


 確認が終わると難しい顔で龍仁たちを見る。



「リタイアするぞ」


「おやっさん! 何でだよ!」


「タンクから漏れてやがる。すぐに処置出来そうにねえ」


「マジかよ……」


「すまねえ。俺のチェックミスだ」


「悪いな、龍仁。こないだ健児が転倒した時、タンクにダメージ受けてたみたいだ」


「ごめんよ〜ぼくのせいで……」


「健坊は悪かねえよ。こいつぁメカニックの責任だ」


「さっきまで大丈夫だったのに、急に漏れ出したのか?」


「小せえヒビがあったんだろな。それが一気に広がっちまったみてえだわ」

 

「もう無理なのか」


「龍の気持ちは分からなくもねえが、ガソリン撒き散らしてちゃ迷惑だろ」


「そうだな……リタイアするしかねえか」


「美春、先生に伝えてきてくれるか。本部には俺が説明してくるわ」


「分かったぁ。高崎くん、ピットお願いねぇ」



 車体トラブルにより、リタイアせざるを得なくなったBチーム。


 今回は経験を積むことが目的だったため、ピットに悲壮感はなかった。


 榊原先生、麗奈、東雲の三人のレースはここで終了となったが、ここから小さな女子会が始まった。



「東雲さん、男性の気持ちってどうしたら分かるかしら?」


「先生、私に分かることなら答えられますが、その質問には答えようがないですよ」


「そうだよねぇ。分からないよねぇ」


「美春ちゃんは南藤くんの気持ち、分かってるんじゃないのです?」


「そりゃ分かってるわよね。分かりやす過ぎて先生にも分かるわよ」


「お二人はお付き合いされてるのですか?」


「してないよぉ」


「南藤くんが美春ちゃんを好きなのです」


「そして、藤田さんも好きなんでしょ?」


「そうなんですか?」


「まぁ、そんな感じかなぁ」


「では、告白してお付き合いすれば良いのでは?」


「藤田さんは、南藤くんに告白して欲しいんでしょ?」


「うん……待ってるんだけどなぁ」


「では、私が南藤くんに話してきましょう」


「ちょちょちょ、ちょっと待った!」



 榊原先生と麗奈が立ち上がった東雲を止める。



「そう〜じゃないのよ。南藤くんが自発的に告白してくれなきゃ意味がないのよ」


「意味ですか?」


「先生はそう思うのだけど、藤田さんどうなの?」


「そうですねぇ、そうしてほしいかなぁ……」


「藤田さんが告白して、お付き合いしてしまった方が早くないですか?」


「哲也くんにはぁ、頑張って告白してほしいんだぁ。哲也くんに引っ張っていって欲しいんだぁ」


「確かに、南藤くんは美春ちゃんに引っ張られてるのです」


「引っ張っていく方が良くないですか? そうじゃないと、問題が発生した時に解決できません」


「好きなら何とかなると思うのです」


「ならないわよ。二人の間に必要なのは信頼です。好きだけでは解決しないんです」



 今まで穏やかな顔だった東雲の顔が冷たい表情へと変わっていた。



「二人に起こった問題を、好きって気持ちだけで乗り切れるなんて幻想です」


「そ、そう言う考え方もあるわね。それは、人それぞれって事でいいんじゃないかな」



 場を和ませようと発言する榊原先生。


 

「そうだねぇ、皆んな色々だから良いのかもねぇ」


「麗奈には分からないのです……」


「あくまでも私個人の考え方ですので、お気になさらないでください」



 小さな女子会で顕になった東雲の考え方。


 それは、麗奈には受け入れ難いものであった。



「そろそろレースも終盤ね。皆んな、ピットに戻りましょうか」


「いま何位なのです?」


「七位だったはずです」


「初めてにしてはぁ、良い出来ですねぇ」


「意外なことではありませんよ。皆さんが努力されたからです」


「東雲さんの協力も大きいわね。先生はあまり上達しなかったけどね……」



 申し訳無さそうに下を向く榊原先生。


 東雲と美春は、それに気づかず歩いていく。

 

 横を歩いていた麗奈が、軽く肩を叩き慰める。



「先生は頑張ったのです。それでいいのです」


「麗奈さん、ありがとうね」


「そんなことより、先生は東雲さんをどう思うのです?」


「そんなことよりって……」


「もしかしたら、龍兄みたいに恋愛感情が……と思うのです」


「あぁ、そういうことね。先生は、佐々川くんとは少し違うと思うのよ」


「どう違うのです?」


「佐々川くんは知らない、東雲さんは避けてる、そんな気がするの」


「先生にはそれが分かるのです?」


「さっきの東雲さんの話、何かしらの経験から来てるんじゃないかしら」


「言われてみると、そんな感じがするのです」


「まあ、先生が思っただけで、確信があるわけじゃないからね」


「東雲さん、謎多き女なのです」


「転校してきてから、まだ一ヶ月も経ってないからね。それにしても、こんなに早く馴染んでるのは驚きよ」


「そうでした、もっと長く居るような気がしてたのです」


「彼女を知るのは、まだまだこれからよ」



 東雲について考察しながら歩いていた麗奈と榊原先生。


 二人がピットに到着したとき、西園寺がピットインしてきた。


 藤田社長と南藤が車体を確認し、龍仁にGOサインを出す。


 それを見てピットアウトする龍仁。



「Aチームの車体は大丈夫そうだ」


「おやっさん、今後も続けていくとなると、少し考えないとですね」


「この古い車体使ってくとなると、哲也だけじゃ手に余るかもな」



 そう言いながら、リタイアした車体を眺める藤田社長。



「倶楽部の皆んなと相談してみます」


「それがいいな。俺に出来ることは協力すっからな」



 活動を始めたばかりの倶楽部には、新しく車体を用意する資金がない。


 藤田社長の好意により貸してもらった車体だが、かなり古い型であり、部品も手に入れづらくなってきている。


 それでも、今はこの車体を借りるしか方法がない。


 レンタル耐久にだけ出るとしても、レンタル代は必要となる。転倒して壊せば修理代も必要になる。



「そうだ。先生、打ち上げやんねえか?」


「打ち上げですか?」


「ダチに店やってんのが居てよ、旨い料理安く食べさせてくれるんだわ」


「あら、それは良さげですね」


「麗奈は賛成なのです」


「行きたい行きたい! 美味しい料理食べたい!」


「れなとまゆが行くのなら、わたしも御一緒させていただきたい」


「ぼくも行く〜恵美ちゃんも行こうよ〜」


「そうですね。是非」


「よ〜し決まりだ! 連絡しとくわ」


「さあ! 楽しみも出来たことですし、あと少し頑張りましょう!」


 

 ここまでは、龍仁の思い描く姿に向かっている二輪車倶楽部。


 龍仁へ告白し、自分たちの気持ちを伝えた四人。


 思いがけず東雲と付き合うことになった高崎。


 一見すると楽しい時間が流れているこの空間。


 しかし、二輪車倶楽部、四人の恋心の行方に、後になって様々な問題が突きつけられていくのであった。

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