第三十六話・走り出す

「みんな! ここまで良く頑張った! いよいよ明日が、二輪車倶楽部の初陣だ!」



 二輪車倶楽部初の耐久レース参加。


 準備期間も短く、本当に走れるのか不安だった部員たち。


 高崎のケガもあり、先行きに暗雲立ち込める中、東雲と言う新しい仲間を得た。


 ケガをさせてしまった高崎の代わりに走る、それが参加理由であった東雲。


 今は二輪車倶楽部の一員として、仲間たちが無事走りきれることを願っていた。


 そんな東雲のレクチャーで皆んなのレベルが底上げされ、自信を持ってレースへ挑めることに繋がった。



「龍ちゃん、いよいよレースね」


「ワクワクとドキドキが止まらないのです」


「結果は考えず、楽しめれば良いと思っている。仁、それでいいか?」


「もちろんだ。初めてのレースだからな。まずは完走を目標にする!」


「結果はなんであれ、いい経験になるのは間違いないわね。先生も完走目指してがんばるわよ!」


「では、レースで注意することを今一度確認しておきましょう」



 レース経験者の東雲が、スタートの混雑時に注意すべきこと、マーシャルの持つフラッグの意味など、レースでの注意点や気をつけることをレクチャーしていく。


 全員が真剣な面持ちでレクチャーを受ける。


 一通りのレクチャーが終わったところで榊原先生が締める。



「これで準備はできたわね。今日は早めに寝て、明日に備えてちょうだい!」



 龍仁の思いつきで始まった二輪車倶楽部。


 耐久レースのことなど知りもしない部員たちが、何とかレースに参加できるまでになった。


 それぞれの思いを走らせるレースが、いよいよ始まる。




「みなさん! おはようございます!」


「先生、おはようなのです!」


「今日はわたしが一番だったぞ」


「七海ちゃんハリキッてるね」


「真由美ちゃんも早かったよぉ」


「皆んな気合入ってるんだよな。健児もサポート頑張ってくれよ」


「てっちゃん、任せてよ〜。走れない分がんばるよ〜」


「高崎くん、無理しちゃ駄目ですよ」

 

「よし! これで全員揃ったな。じゃあ行くか!」


 


 部室で集合した二輪車倶楽部の部員たち。


 龍仁、西園寺、東雲がバイクで先を走り、榊原先生の車が後に続く。


 レース用の車体は、藤田社長と友人が運搬することになっている。


 晴れ渡る空。天候によるレースへの影響はなさそうである。


 そして、今までにない高揚感を抱えてサーキットへ到着した部員たち。


 練習の時とは違い、大勢の参加者や関係者が集まったサーキット。


 その光景を見て、より一層胸踊らせるのであった。




「龍兄……人がすごいのです」


「あぁ、わくわくするぜ」


「そうだな。武者震いがとまらないぞ」


「七海ちゃん、緊張してる?」


「ま、まゆ! む、武者震いだと言ったではないか!」


「西園寺さん、素直になりなさいよ」


「む、武者震いなのだ……うぅ……」


「もぉ〜七海ちゃん泣かせないのぉ〜」



 わいわいしながら自分たちのピットへ向かう。


 そこには藤田社長がすでにスタンバイしていた。



「おぅ! 早かったな!」


「楽しみで仕方なかったからな」


「あんま張り切りすぎんなよ。そうだ、先生!」


「はい、何でしょう?」


「みんな連れて受付してきてくれ。本部はあっちだ」


「わかりました。みんな、行くわよ!」



 全員が藤田社長の指差した方へ向かう。


 受付を終了し、全員分のゼッケンと、バイクのゼッケンを受け取る。


 南藤、美春、高崎はピットでレースの準備に入る。


 他の者はスーツに着替え、レース前のミーティングに参加した。


 すべての準備が完了し、スタートの合図を待つだけとなった。



「今回は三時間の耐久レースです。最初から飛ばしすぎないように注意してください」


「交代のタイミングはサインボードで出す。見逃すなよ」


「疲れてきたら、ピットインのサインが出なくても入ってください。無理は禁物です」


「順位は気にしなくていい。東雲の言う通り、無理だけはするな」


「昨日伝えたとおり、Aチームは佐々川くん、彩木さん、西園寺さんの順です」


「Bチームは東雲、先生、麗奈の順だ」


「それでは皆さん、無事完走目指して頑張りましょう!」



 龍仁と東雲による最終確認が終わり、東雲の締めに全員が声をあげて気合を入れる。


 今回の初心者クラス参加チームは全部で二十チーム。


 下は中学生、上は五十代までのチームが参加している。


 今回は予選などないので、くじ引きでスターティンググリッドを決められた。


 龍仁率いるAチームは前列アウト側。東雲率いるBチームは三列目のイン側となった。


 一列に四台が並び、全部で五列になっている。



「龍ちゃん、いい位置なの?」


「最前列だから悪かねえな。スタートに失敗しなきゃだがな」


「東雲さんが心配だわ。大丈夫かしら」


「先生、あの嬢ちゃんはレース経験者だ。心配なのはむしろ、初レースになる龍のほうだ」


「そう言えば、初心者クラスに経験者が居ていいのです?」


「耐久レースは初めてだろ? 問題ねえよ」



 そう言って豪快に笑う藤田社長。



「さあて、そろそろ始まるぜぇ」


「ドキドキが止まらないのです」


「何か緊張してきたね。七海ちゃん、大丈夫?」


「だ、大丈夫、だぞ」


「西園寺さん、練習通り走ればいいのよ。頑張ったんだもの、出来るでしょ?」


「わ、わかりました。練習通り、練習通り――」


「ナナちゃんの呪文タイムがスタートしたのです」


「あっ、レースもそろそろスタートみたいよ!」



 シグナルに明かりが灯る。


 全ライダーがアクセルを開けてスタートの瞬間を待つ。


 そして、その瞬間が訪れる。


 シグナルがスタートを告げ、二十台のバイクが一斉に飛び出していく。


 龍仁はまずまずのスタート。第一コーナーへ三番手で進入していく。


 東雲は抜群のスタートで六番手にまで上がる。



「ねえねえ! 龍ちゃん三番手よ!」


「仁はすごいな! 何かゾクゾクしてくるな」


「東雲さんもすごいねぇ。また一台抜いたよぉ」


「いつの間にか四番手なのです。龍兄が抜かれそうなのです……」



 龍仁は、前の二台よりも速く走れるポテンシャルはあった。


 しかし、レース経験がないためか、オーバーテイクのポイントが分からず抜きあぐねていた。


 そんな龍仁の後ろに東雲が迫る。



「やっぱ東雲は速えな……」



 ミラーに映る東雲に、思わず独り言をつぶやく龍仁。


 そして、その直後にあっさり龍仁を抜き去る東雲。



「あら、佐々川くんあっさり抜かれたわね」


「先生、仕方ないよ。龍仁と東雲さんじゃ勝負にならないですよ」


「先生、麗奈はここに来て気がかりなことが……」


「あら、何かしら?」


「あんなに速く走られると、麗奈たちのハードルが上がるような気がするのです」


「あぁ、私たち、比較されちゃうわね……」


「心配すんなって! 先生と麗奈ちゃんで他のチームとバランスとれんだから」


「私たちはハンデってことかしら……?」


「どうやら、そのようなのです……」



 龍仁が一台抜いて三番手に上がったころ、東雲はトップを独走していた。


 東雲の走りは、他のライダーと明らかに次元が違っていた。



「美春! Bにペースダウン!」


「なぜ落とさせるのだ?」


「あの車体であのペースじゃ速すぎる。まだ先は長いんだ。壊れちゃ困るだろ?」


「そうか、速いだけでは駄目なのだな」


「哲! Aチームはキープさせろ! 龍のやつ、抜けなくてイライラしてやがる。無茶しなきゃいいんだがな」


「それにしても、東雲さん速いわね」


「速いよね〜。東雲さんってカッコイイな〜」


「高崎がニヤけてるのです」


「それはそれで、いいんじゃないかな?」


「そう言えば、あれから二人に進展はあったのか?」


「ナナちゃん、全くなさそうなのです」


「二人はまだスタートしたばかり。あせらず見守ってあげればいい。先生はそう思います」




 東雲と高崎がどうなっているのか気になる四人。


 東雲が語った、恋とは違う愛とは何かが気になっていた。


 それが、龍仁の恋愛感情を呼び覚ます、大事なヒントになるかも知れない。


 そんな気がしていたのである。

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