第三十五話・疑惑の結末
「先生には何となく見当がつくのだけれど、みんなはどう思ってるのかな?」
練習走行翌日の放課後。
部室に集まる七海、真由美、麗奈、榊原先生の四人。
東雲の見つけた発言の真相について話し合っていた。
「ここの三人だとしたら、やはり、龍ちゃんの可能性が高いと思うんですけど」
「南藤とはあまり話していなかったと思う。やはり、仁の線が濃厚ではないか」
「高崎はありえないと思うのです」
「二人には悪いけど、私も佐々川くんじゃないかと思うのよ」
お婿さん候補は龍仁に違いないと言う結論に達する四人。
この由々しき事態に、腕を組んで難しい顔で考え込んでいた。
「もしそうだとして、東雲さんは大事な情報を手に入れていないわね」
「先生、それはどう言うことですか?」
「彩木さん。彼女は知らないはずよ」
「何を知らないのです?」
「佐々川くんに好きだと告白した女性が四人居ること。佐々川くんは恋愛感情が欠落していること」
「確かに、仁のそう言った所は知らないはずだな」
「この事実を知ったら、お婿さん候補に選ぶかしら?」
「麗奈には、東雲さんの性格がまだ分からないのです」
「そうね。逆に燃えてくるとか?」
「現に、わたしたちは諦めていないからな」
「そうね。仮に先生が東雲さんの立場だとしても、それを知って諦めたりしないわね」
再び、腕を組んで考え込む四人。
「ねえ。そもそもなんだけど、お婿さん候補が龍ちゃんで間違いないのかな?」
真由美の一言でハッとする三人。
「現時点では、あくまで私達が思い込んでいるだけね」
「ここはハッキリさせたほうがいいと思うのです」
「しかし、どうやってハッキリさせるのだ? 直接聞いても答えてはくれないだろう」
「それとなく探りを入れるしか無いかな」
「まゆちゃん、どうやって探るです?」
「まずは、女子だけで集まれる場所が必要ね」
「では、お昼御飯ではダメだと言うことだな。この部室ではダメなのか?」
「今日は龍兄と南藤くんがバイク店、高崎が補習。こんな日は滅多にないのです」
「うん。今日だったら丁度いいんだけど、東雲さんもバイク直しに行ってるしね」
三度、腕を組んで考え込む四人。
そして、榊原先生が、何かを思いついて顔を上げる。
「温泉よ!」
「温泉ですか?」
「そうよ、彩木さん! 親睦会と称して女子だけで温泉よ!」
「そう言えば、キャンプ場に温泉があったな」
「西園寺さん正解!」
「いつ行くのです?」
「今週末は練習走行もないし、レース前ならここしか無いわね」
「決まりなのです! 温泉なのです!」
これまでも、お風呂での女子会で色んな話をしてきた。
話を聞くのにお風呂が定番となりつつあった。
東雲に親睦会の事を伝えると、思いのほか乗り気になっていた。
そして親睦会当日の朝。
部室に六人が集まった。
「今日は誘っていただいてありがとうございます。温泉が大好きなので、今日を楽しみにしてました」
「そうなんだぁ。学園の温泉は景色も素敵だからぁ、思い切り楽しんでねぇ」
「立派な山も見れるので、楽しみにするのです」
麗奈と西園寺が恨めしそうな目で美春を見つめる。
「もう〜そんな目で見ないで〜」
「さぁさぁ、山は後でゆっくり見るとして、そろそろ出発するわよ」
学園所有のキャンプ場へ向かう車内では、二輪車倶楽部が出来上がるまでの話で盛り上がっていた。
二輪車倶楽部の一員として、東雲に今までの出来事を知ってもらいたかったのである。
学園では大人しいイメージの東雲であったが、部活動のときには笑い声が出るほど打ち解けてきた。
楽しい雰囲気のまま、車はキャンプ場に到着した。
今回は六人で清掃したこともあり、かなり短時間で温泉の用意ができた。
こうして、親睦会と称した女子会が始まった。
「わぁ〜本当に素敵な景色ね」
「東雲さん。景色もいいけど、この立派な山を見るのです!」
「もぉ〜麗奈ちゃんやめてよ〜」
「いかがですかな。Bカップの東雲さん」
「な、なぜ、それを……」
「先生はカップ当ての名人なのです」
「東雲! 仲良くやっていけそうだ!」
「七海ちゃん……」
「もぉ、馬鹿やってないで入りましょうよぉ」
美春に言われて全員が湯船に入る。
ここで探りを入れるべく、遠回しな質問タイムが始まった。
「そう言えば東雲さんのタイプってどんな男性かしら?」
「タイプですか……特に考えたことはないですね」
「見た目にはこだわらないのです?」
「見た目は男の価値ではないです」
「強い人がいいとかあるのかな?」
「心の強い人がいいです」
「リーダー的な男性はどうだ?」
「いずれ父の会社を引き継いで欲しいので、そう言う男性の方がいいですね」
四人は質問していく中で、龍仁のことに違いないと確信していった。
そして、ついに榊原先生が発表してしまう。
「東雲さん!」
「何でしょう?」
「実は貴女にお知らせすべき事があるのです」
「お知らせ、ですか?」
「重要なお知らせです。彩木さん、麗奈さん、西園寺さん、そしてこの私。この四人は、佐々川くんに好きだと告白しているのです!」
「そうなんですか。ライバルが四人もいるなんて大変ですね」
「え?」
「驚かないのです」
「ピクリともしなかったわね」
「平然とした顔をしているな」
「みなさん、ライバルなのに仲がいいんですね」
「そうなのです。ライバルであり、大事な友だちなのです」
「変わった関係なんですね。佐々川くんはどうなんですか? 誰か脈はありそうなんですか?」
「それがね、龍ちゃんって恋愛感情が欠落してるのよ……」
「そうなんですか。それは難儀なことですね」
「難儀どころではないのです……」
「わたしに出来ることは今の所なさそうですけど、みなさん頑張ってくださいね。何かお手伝いできることがあれば言ってください」
四人は無言で東雲を見つめた。
美春は状況を把握できず、ただニコニコと笑っていた。
「東雲さん?」
「先生、何ですか?」
「貴女のお婿さん候補って……佐々川くんじゃないの?」
「はい? 何ですかそれ。違いますよ」
四人が一斉に安堵のため息をつく。
「佐々川くんは理想の男性に近いんですけど、わたしが求めているのとは違うんです」
「どう言うことなのです?」
「彼は、ある意味完成されてるんですよ」
「龍ちゃんが完成されてる?」
「自分の意志をしっかりと持っているし、人を惹きつける何かを持っている。そんな印象を持ちました」
「そうだな。確かに仁はそんな感じだな」
「そう言う人には興味がないんです」
「先生は混乱しています。お婿さん候補って誰なの?」
「言わなきゃ駄目でしょうか?」
「お願いします!」
四人がじわじわと東雲に迫る。
「わ、分かりました! そんなに知りたいとは思っていませんでした」
「で、誰なのです?」
「高崎くんです」
五人の驚愕した声が山に響き渡る。
「ちょ、ちょっと待って東雲さん。理想の男性からは程遠いと思うのだけれど……」
「それがいいんですよ」
「麗奈にも分かるよう説明して欲しいのです」
「う〜ん、育てる楽しみですかね」
「そ、育てる? 高崎をか?」
「えぇ。わたしの手で理想の男性に育てるのです。考えただけでワクワクしてしまいます」
「高崎のことを好きという事ではないのか?」
「好きではないです。彼の爆発的な部分に惹かれたんです」
「爆発的な部分って何なのです?」
「彼って、普段は頼りなくてふわふわしてますよね。でも、お聞きした練習走行での転倒は、彼の感情が爆発して起こったものなのでしょう。それは、自分を超えるためのチャレンジだったと思うのです」
「そう言われれば、高崎にしては思い切った行動だった」
「先日ご迷惑をおかけした河川敷での彼の言動。あれも感情の爆発だと思っています。守ろうと言う強い意志、麗奈さんへの指示はリーダーとして。わたしの理想の男性像が、彼の中に眠っているのです。そこに惹かれたんです。好きという事とは違うんです」
「先生パニックです。説明求めます」
「なんて言えばいいんでしょうかね。恋ではなくて、愛なんですよ。育て上げる中で、夫婦として、互いに信頼して助け合えるパートナーとして、二人だけの消えない絆を結んでいければと思っています」
「先生、麗奈には難しすぎて分からないのです」
「安心して。先生にも理解できないわよ」
「今はあくまで候補です。この先どうなるのかは、わたしと高崎くん次第ですね」
龍仁がお婿さん候補ではないことに安堵した四人。
お婿さん候補が高崎であることに驚愕した五人。
東雲の言っていることを理解できなかった五人。
ただ、高崎に苦難の道が待っている事だけは理解できたのだった。
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