第三十四話・見つけた

「そこで、皆んなの意見が聞きたい」



 登校後に、東雲が謝罪したことにより、何があったのかは全員把握していた。


 その日の放課後。部室に集まり、東雲の申し出を受けるかどうか相談していた。



「わたしのせいでご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」


「俺と健児は気にしなくていいって言ったんだがな」


「いいえ、そんな訳にはいきません。お詫びとお礼の意味を込めて、ぜひ協力させてください」


「先生はいいと思うわよ。恩を返せたってことで、東雲さんも気持ちの整理ができるでしょうしね」


「麗奈も反対ではないのです」


「いいんじゃないかな。七海ちゃんは?」


「わたしもいいと思う」


「なあ、龍仁」


「なんだ?」


「明後日の練習走行に参加してもらったらどうだ? それで、チームとしてやっていけるか判断すればいいと思う」


「そうだねぇ。そうしてみたらどうかしらぁ」


「東雲。それでいいか?」


「ええ。わたしはそれでいいわ」


「よし! それで決まりね。そこで東雲さん」


「なんでしょうか、先生」


「部活動と言うことになるから、とりあえず入部してもらうわね」


「わかりました」


「今後続けるかどうかは自由だからね」


「じゃ、そう言うことで今日は解散だ」



 南藤の提案により、週末の練習走行で参加の是非を決めることになった。


 龍仁は、全員で一つの目標に向かうことが望ましいと思っている。


 故に、その目標を持たないメンバーの加入を、素直に受け入れられなかった。


 しかし、個人の思いよりも、東雲や皆んなの思いを尊重することにした。


 そして、練習走行の日がやってきた。




「俺と七海と東雲はバイクでサーキットに向かう」


「了解だ」


「分かったわ」


「じゃあ行きましょう。先生は後から付いて行くわよ」



 部室に集まってからサーキットへ向かうのが決まり事となっている。


 藤田社長と南藤は、バイク運搬のため、店からサーキットへ直行する。



「おっ、来たな。あのNSRが東雲って嬢ちゃんか」


「そうです。かなり乗り慣れてる感じですよ」


「そいつぁ〜楽しみだな」



 ピットでは、藤田社長と南藤により、練習走行の準備ができていた。


 そして、いま到着したメンバーもピットへ集まり、練習走行が開始された。


 まずは、麗奈と真由美がピットアウトしていく。



「懐かしいわね……」


「来たことあんのか」



 東雲の独り言に龍仁が反応した。



「むか〜しにね」


「レースやってたのか?」


「やってたわ。耐久はやったことないけどね」


「いまはやってねえのか」


「……やる意味がなくなってしまったから」


「そうか……」



 どこか遠くを見つめる東雲に、龍仁はこれ以上声をかけなかった。


 麗奈と真由美が戻り、西園寺と榊原先生がコースに出るのを、二人で眺めていた。


 しばらくして、東雲が龍仁に話しかけてきた。



「あなた、将来プロのライダーにでもなるつもり?」


「うん? 目指してるってほどでもねえが、そうなれるといいなって感じだな」


「そっか。もし、プロを目指してるとして、事故で足が動かなくなったとしたらどうする?」


「そうだな……そしたら、何か違うもん目指すよ」


「なるほどね……あの人も、そう思ってくれたら良かったのに……」


「あの人?」


「何でもないわ。独り言よ。ほら、二人が戻ってきたわ。行きましょう」



 そんな二人を、麗奈と真由美が見ていた。



「まゆちゃん、どう思うのです?」


「何か、変な雰囲気で話してたね」


「助けてもらった時の龍兄を見て、好きになったりとか……有り得るのです?」


「それは無さそう。そんな雰囲気じゃなかったよ」


「まゆちゃんがそう言うなら信じるのです」



 麗奈と真由美がそんな会話をしているとは知らない龍仁と東雲。


 準備を終えてピットアウトしていく。



「さ〜て、東雲の嬢ちゃんはどんなもんかな?」


「次の周からタイム計測するねぇ」


「お嬢、よろしく。平均タイムくらい出るといいんだけどな」



 最終コーナーを抜ける二台のエンジン音が聞こえてきた。


 エンジンの回転数が高いことから、ここからタイム計測に入った事が分かる。


 ホームストレートから第一コーナーへの進入。


 龍仁よりも鋭い動きを見せる東雲。


 その後も、龍仁から離されずにピタリと付いていく。



「やるじゃねえか」


「龍仁より速いんじゃないっすか」


「ほぉ〜あれは狙ってんのかな〜」



 藤田社長が楽しげな表情を浮かべながら、最終コーナーへ目を向ける。


 その最終コーナーへ、龍仁と東雲が向かっていくのが見える。


 先行する龍仁のラインがアウトへ膨らむ。


 空いたインへ飛び込む東雲。


 そのまま龍仁をオーバーテイクしていく。



「スムーズで無駄がねえな」


「あっさり抜いて行きましたね」



 クールダウンの一周を終えて、ピットへ戻ってくる龍仁と東雲。


 その二人へ藤田社長が近づいていく。



「レース経験あるんだってな」


「はい。ほんの少しですが」


「東雲、速えな。簡単に抜かれちまったよ」


「あんだけイン空けたら、どうぞお通りくださいってなもんだ」


「そんなに空いてたか?」


「ガバガバだ」


「そうなのか? 東雲」


「そうですね。練習走行と聞いていたので、抜くつもりはなかったんですが……」


「東雲の嬢ちゃん。こいつらに、レースでの走り方ってのを教えてやってくれ」


「わたしで役に立つことなら」


「そうか! よろしく頼むぞ」



 藤田社長に頼まれた東雲は、早速レクチャーを始めた。


 まずは各々の改善点を伝えてゆく。



「佐々川くんと麗奈さん。お二人はこの中で速い方ですが、走り方が雑です。感覚だけでは速くなれませんよ」


「雑な走りか……確かに感覚だけで走ってるな」


「七海さんと真由美さん。丁寧な走りで悪くないのですが、もう少し思い切ったほうが良いと思います」


「そうなのよね。まだ怖さがあって思い切れないのよ」


「先生。改善点がありすぎるので、個別指導します」


「あ、そ、そうなんだ。よろしくお願いします……」



 その後も東雲のレクチャーは続いた。


 レース経験者からの助言は的確で、見る見るうちに走りのレベルが上がっていく。


 どんどん上達するのが楽しくて、時間を忘れて走る龍仁たち。



「おーい! 昼飯の時間だ。そろそろ休憩にすっぞ」


「もうそんな時間か」


「そう言えば、お腹空いたのです」


「楽しくて、つい時間を忘れてしまった。では、まゆと先生が戻ってきたらお昼にしよう」



 真由美と先生が戻り、全員が揃ったところで休憩をとる。


 休憩の間も、東雲は皆んなから質問攻めにあっていた。



「龍仁、どうだ? 上手くやってけそうじゃないか」


「そうだな。経験者ってのもポイント高えが、皆んなに対して真剣に教えてくれんだよ」


「もう皆んなとも打ち解けてるみたいだしな。東雲の参加には賛成するんじゃないか」


「今日の練習が終わってから聞いてみるよ。たぶん皆んな賛成だろ」



 午後からの練習でも、東雲のアドバイスでタイムが上がっていき、走りに安定性が出てきた。


 皆んなが東雲のことを、昔から居る仲間のように受け入れていた。


 最初は表情の固かった東雲も、徐々に柔らかい表情を見せるようになっていた。


 東雲は、この状況を悪くないと思い始めていた。



「皆んな、今日は一日お疲れさん!」


「疲れたけど楽しかったのです!」


「そうだな。充実した一日になった。まゆも楽しそうだったな」


「うん! どんどん速くなってくのが楽しくて!」


「一応聞くが、東雲の参加に反対する者は?」



 手を挙げる者は居なかった。



「じゃあ、東雲さんの参加は決定ね」


「先生、ちょっと待ってくれ」


「佐々川くん、反対なの?」


「いや、そうじゃねえ。東雲に、一つだけ聞いときたい事があんだよ」


「なんでしょうか」


「目標ってあるか?」


「どう言う事かしら」


「このレースに参加するのに、何か目標はあるのか」


「そうね、最初は何も無かったわ。今は……皆んな無事にゴールすることかしら」


「そうか。東雲、歓迎するよ。レースまでの間に色々教えてくれ」


「そう言えば東雲さんの目標って、お婿さん探しじゃなかったのかしら?」


「先生、それなら大丈夫です。もう見つけましたから」


「えっ!? 見つけた……の?」


「これは極めて個人的な話なので、これ以上は申しませんが」



 榊原先生を筆頭に、西園寺、真由美、麗奈が固まっていた。


 転校してきてまだ日が浅く、周りとの交流もほとんど無い東雲。


 学園内で見つけたのであれば、クラスの男子が最有力候補。


 その中で関わりが深かったのは、二輪車倶楽部の男子だと思うのが妥当である。


 さらに絞っていくのならば、先日河川敷で助けてくれた龍仁、高崎の二人になる。

 

 果たして、お婿さん候補はこの二人のどちらかなのか。


 東雲の見つけたお婿さん候補。それが龍仁なのではないかと、気が気ではない四人であった。

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