第三十三話・嵐の行方

「や、やめろ〜!」


「なんだお前?」


「そ、その、そのバイクに、さ、触るな〜!」



 高崎には、この場を収める術はなかった。


 守ると言ったものの、どうすればいいのか分からない。


 とにかく止めなければと言う思いで、どうにか口に出した台詞であった。



「坊や〜。邪魔だからあっち行ってようね〜」


「ぼ、坊やじゃないぞ〜! い、い、いいから、早く、バイクから、離れろ〜!」


「なんだこいつ〜足ガクガク震えちゃってるじゃねえか〜」


「ぼく〜良い子は早くお家に帰りなさ〜い」



 高崎の頭はパニック寸前であった。


 もはや思考回路は働いていない。


 体が勝手に動き、バイクに跨っている男の服を掴んだ。



「何すんだクソガキ!」


「お、降りろ! 早く降りろ!」


「さっきからゴチャゴチャと喚きやがって、うるせえんだよ!」



 そう言いながら高崎へ蹴りを入れる男。


 高崎がその場に座り込んだ。しかし、その手は離さなかった。



「やめろ! そいつは関係ないだろ!」


「素直にバイク貸してくれりゃ止めてやるよ」


「だ、だめだよ……こんな奴らに貸しちゃ……」


「お前、しつけえんだよ!」



 仲間の二人はニヤニヤしながらその光景を見ていた。


 服を掴まれた男が再び高崎に蹴りを入れ始めると、もう一人もそれに加わった。



「そいつは関係ないって言ってるでしょ! 止めなさいよ!」



 近づいて止めようとする東雲に、見ていただけの二人が立ちふさがる。


 それを避けようとした東雲だったが、髪を引っ張って止められる。



「お嬢ちゃんは俺らと遊んでようか」


「離せ! 汚い手で触るな!」


「ギャンギャンうるせえ女だな。静かにしてろよ!」



 東雲の顔にビンタが飛んだ。


 衝撃で倒れる東雲。


 頬を押さえながら男を睨む。



「生意気な女だな。あっちのお嬢ちゃんは大人しそうだな〜」


「なんだ〜もう一人居たのか。そっちのお嬢ちゃんも一緒に遊ぼうよ〜」



 麗奈を見て近づく男。


 恐怖で動けなくなる麗奈。


 男が麗奈の目の前まで来たその時、二台のバイクが走り込んできた。



「龍兄! ナナちゃん!」


「麗奈、待たせたな」


「れな、遅くなってすまない」



 二人はヘルメットを脱ぎ、倒れている東雲と、男に蹴られて座り込んだ高崎に目をやった。



「善良な高校生に、随分ひでえことしてくれたな」


「女性に手を上げるなど、言語道断だ」



 静かな口調の二人であったが、その目は怒りに満ち溢れていた。



「七海、やりすぎんなよ」


「仁こそ」


「次から次へとうるせえガキどもだな!」



 麗奈の近くにいた男が龍仁へ殴りかかった。


 その男の拳は、龍仁の手によりピタリと動かなくなっていた。


 男の拳を握ったまま西園寺の方を向く龍仁。



「なぁ、七海」


「なんだ?」


「これって正当防衛でいいんだよな?」


「そうだな。あっ、やりすぎはダメだぞ」


「了解だ!」



 次の瞬間、男の体がくの字になっていた。


 それと同時に西園寺が東雲の居る方へ走る。



「この野郎〜!」


「わたしは野郎ではないぞ」



 殴りかかってきた男を右手で往なし、右膝を男の腹に叩き込む。



「女性に暴力を振るうなど、男の風上にもおけんな」



 男をその場に投げ捨てると、高崎を救いに駆け寄った。


 同じタイミングで駆け寄る龍仁。



「ふざけやがって……ボコボコにしてやらー!」



 男が降りたことで倒れそうになるバイクを高崎が支える。


 残った男二人が、同時に龍仁と西園寺に襲いかかる。



「七海、そっち任せた!」


「任された!」



 龍仁に向かってきた男が、顔面に向かって右ストレートを放つ。


 右に体を振って躱す龍仁。それと同時に左ボディをお見舞いする。



「ぐほぉ……」


「もう終わりかよ」



 男は、腹を押さえたまま動かなくなった。


 その横では、もう一人の男が西園寺に対し、素早いジャブを繰り出していた。



「どうだ! 元ボクシングジム練習生の左ジャブは!」


「遅すぎて眠くなる」



 西園寺は、ジャブの全てを避けていた。



「これでどうだ!」



 男が渾身の力で右フックを打ってきた。


 拳が顔面を捉える音がした。


 捉えたのは西園寺の正拳突き。捉えられたのは男の顔面であった。



「準備運動にもならんな」



 四人の男が地面に転がっていた。


 気絶する者、呻いている者、もう動ける者はいなかった。


 全てが終わって静寂が戻ってきた時、サイレンの音が近づいてきた。


 龍仁たちの近くに、一台の覆面パトカーと、榊原先生のレンジローバーが停まった。


 停まったパトカーから降りてきたのは、保原刑事であった。



「や、やすさん!」


「西園寺〜大人しくなったと思ったのになぁ」


「い、いや、これはですね――」


「冗談だよ。榊原先生から簡単な事情は聞いてる」


「そ、そうでしたか……」


「で、そこに転がってるのがそうか?」


「はい。高崎と東雲に暴力を振るってた奴らです」


「西園寺、これは正当防衛ってやつか?」


「そ、そうです。やすさんに教えてもらったやつです」


「俺が暴力推奨したみたいに言うんじゃねえよ」



 そう言いながら笑顔で西園寺を見る。



「詳しい話は署で聞かせてくれ。このままお帰りいただく訳にもいかんのでな」


「ありがとうございました。お巡りさん」


「先生〜お巡りさんは他にも沢山いるんですよ。名前で呼んでくださいな」


「わかりました。保原さん、今日は本当にありがとうございました」


「いいんですよ。困ったときには駆け付けますよ」



 龍仁は高崎を介抱していた。


 その横には東雲の姿もあった。



「健児。大丈夫か?」


「あはは、ささっちみたいには出来なかったよ〜」


「何言ってんだよ。お前はちゃんと守ったじゃねえか」


「ぼく、ちゃんと守れたの〜?」


「あぁ、守れたぞ」


「あなた、本当に大丈夫?」


「あっ、東雲さん。大丈夫だった〜?」


「まあ、お陰様で何とか無事よ」


「良かった〜。バイク、ちゃんと守れなくてごめんね〜。いっぱい傷付いちゃったかも〜……」


「いいわよ。これだけで済んで良かったわ」


「そっか〜なら良かった〜」


「怪我は大したこと無さそうだな。事情聞くのに署まで来いって言ってたから、警察で傷診てもらえ」


「うん。そうするよ〜」



 

 無事だったと言うには傷だらけの高崎。


 龍仁のようになりたいと思っていた高崎には、その傷が自分の成長した証のようで嬉しかった。




「やっと終わったな」


「長かったね〜」



 事情徴収が終わり、警察署のロビーで榊原先生を待つ五人。

 


「前と比べれば随分早くなったぞ」


「ナナちゃん……毎日こんな生活を……送っていたのです?」


「れな、毎日ではないぞ……」


「とりあえず、無事は無事だったけど、その怪我じゃ耐久レースは無理だな」


「そんなヒドい怪我なのです?」


「怪我って言うか〜あちこち痛くて〜身体が言う事聞かないんだ〜」


「無理しない方がいい。残念だが、高崎の参加は今回見送りとしよう」



 そんなやりとりを聞いていた東雲。


 龍仁たちの方を見ず、ヘルメットを抱えたまま床を見ていた。



「あなたたち、レースやってるの?」


「部活でな。今度の耐久レースがデビューだ」


「高崎だっけ?」


「高崎健児です〜」


「レースに出られなくなったの?」


「大事をとって今回は休ませる」


「そう……」


「一人減るから組み合わせ難しくなるな」


「ごめんよ〜」



 ずっと目を合わせなかった東雲が龍仁たちの方を見る。



「わたしのために怪我をしたわけだし、お礼と言っては何だけど、高崎の代わりにレースへ出ようか?」


「礼なんかいらねえって。な、健児」


「もちろんだよ〜」


「お願いだから、お礼をさせて。あの子を守ってくれたお礼がしたいのよ」


「龍兄。どうするのです?」


「あの目は、引き下がるつもりはないって目だな」


「ささっち〜、みんなに聞いてみたらどうかな〜」


「そうだな。みんなの意見聞いてみるか。東雲、明日の放課後空いてるか?」


「大丈夫。空いてるわ」


「じゃあ明日の放課後、二輪車倶楽部の部室に来てくれ」


「二輪車倶楽部って言うのね。明日の放課後お邪魔させてもらうわ」




 怪我をした高崎の代わりにレースへ出ると言う東雲。


 龍仁はあまり乗り気ではないが、みんなの意見を聞いてから決めることにした。


 この出来事によって二輪車倶楽部に変化が起きるのか。


 それとも、龍仁たちの恋愛模様に波風を立てることになるのか。


 その答えを知るには、時の流れを待つしかないのだろう。

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