第三十二話・嵐の予感

 高崎の転倒と言うアクシデントはあったが、確かな手応えを感じることが出来た練習走行。


 高崎と麗奈の和解も見えてきており、実に有意義な時間となった。


 そんな練習走行のあった週末が明け、新たな週が幕を開ける。




「みんな座れ!」


 百瀬先生の第一声で一日が始まる。


「早速だが、今日は新しいクラスメートを紹介する。入れ」


 

 そう言われて入ってきたのは、ライトブラウンの巻き髪に、赤のカチューシャが目立つ女生徒。


 

「自己紹介を」


東雲しののめ恵美えみです。将来のお婿候補を探しています」


 

 ざわつく教室。


 東雲が教室を見回し、ため息をつく。


 

「この学園では何を探すのも自由だ。お婿探しもいいだろう」


「期待薄ですけどね」


「席は窓際の一番後ろだ」


 百瀬先生に言われて席に向かう東雲。席についてからは、ずっと外を眺めていた。


「ここもハズレか……」


 誰にも聞こえないボリュームで呟いた。




「龍仁。どうなんだ?」


「何が?」

 

 昼休みの屋上。いつものメンバーでのランチタイム。


 そこで南藤が龍仁に話しかけていた。


「いつものアンテナには引っ掛からなかったのか?」


「もしかして、東雲のことか?」


「他に誰が居るんだよ。で、どうなんだ」


「アイツは一人ででも生きてけるタイプだろ」


「そうか。龍仁のお眼鏡には叶わなかったか」


「これ以上ライバル候補が増えるのは勘弁なのです」


「そうね。龍ちゃんが、アレを言い出さなくて良かった」


「わ、わたしは仁のお眼鏡に叶ったのか?」


 

 嬉しそうな笑顔で尋ねる西園寺。


 

「ナナちゃん。そこは喜ぶところじゃないのです」


「龍ちゃんの、寂しい人レーダーのことだからね」


「さ、寂しい人……」


 

 ショックを受ける西園寺。


 

「七海さ〜ん落ち込まないでぇ」



 西園寺の頭を撫でる美春。



「七海、今日はビデオ見ながら反省会するぞ」


「そうだな。仁と一緒に反省会をしよう」


「ナナちゃん、反省会は皆んなでするのです」


「わ、わかっている。もちろん皆んな一緒だ!」


 

 ランチも終わり、本日の予定を確認したところで教室へ戻る。


 そして放課後、それぞれ部室へと向かった。




「あれ? 龍ちゃん。見慣れないバイクあるよ」


 真由美が駐輪場を指差す。


「本当だな。NSR250Rか。いいねえ」


「麗奈勉強したのです。あれは……何かいいのです」


「何を勉強したんだよ……」


 

 そのバイクへ近づく人物が現れた。東雲である。


 

「あいつ、バイク乗るのか」


「龍兄、二輪車倶楽部は満員なのです」


「うん? あぁ、別に誘うつもりはねえよ」


 

 三人の前を、東雲の乗ったバイクが通り過ぎる。


 

「乗り慣れてる感じだな」


「龍兄、二輪車倶楽部――」


「だから誘わねえって」


「ならいいのです」


 

 東雲がバイクに乗るという事実を知った三人。


 麗奈は心配していたが、龍仁は東雲を誘う気は全くなかった。




「へぇ〜東雲さんバイク乗るんだ〜」


 龍仁たちが部室に入ると、すでに全員集まっていた。


「佐々川くん、まさか東雲さん――」


「誘わねえって」


「そ、そうなのね。まあ、東雲さんが入りたいって言ったら断れないけどね」


「まあな。そんなことより、反省会始めるぞ」



 練習走行のビデオを見ながらの反省会が始まった。


 皆、自分の走っている姿を見るのは新鮮であった。


 客観的に見ることで、イメージと実際の走りが違っている事が分かる。


 次の練習走行が最後の練習となるため、反省会にも熱が入る。


 


「よし、今日はこんなとこだろ」


「走ってる時は分からないけど、客観的に見ると良く分かるね」


「彩木さんの言う通りね。問題点がよく分かるわ」


「自分の欠点が良く分かった。次はもっと上手く走れそうだ」


「高崎、今度は無理しちゃダメなのです」


「分かってるよ〜。無理しない程度に頑張るよ〜」


「じゃあ続きはまた明日だ。みんな、おつかれ!」


 龍仁の一声により、この日の部活は終了となった。


 それぞれ、自宅へ帰ってからも次の練習に備えて学習していた。


 龍仁に言われたイメージトレーニングも欠かさない。


 そして、翌日の放課後を迎える。




「遅くなっちゃった〜」


 先生に呼び出され、部活へ行くのが遅くなってしまった高崎。


「あっ、これが東雲さんのバイクか〜。格好いいな〜」


「何見てるんですか?」


 声をかけてきたのは東雲だった。


「ごめんなさい〜。格好いいな〜って見惚れてました〜」


「大事なパートナーなの。興味本位で近づかないで」


「あっ、ごめんなさい〜……」


「変な喋り方ね。男だったらシャキっとしなさい」


 バイクに跨りヘルメットを被る東雲。


「まったく、こんなとこじゃお婿候補なんて見つからないわよ」


 高崎には目もくれず走り去る東雲。


「あっ、みんなに怒られちゃうよ〜」


 高崎は慌てて部室へ向かって走り出すのだった。




 昨日に引き続き、ビデオを見ながら改善点を探していく。


「龍ちゃん。やっぱり、走ってみないと分からないこともあるね」


「まあな。毎日張り詰めてるのも良くねえし、今日は早めに切り上げるか」


「毎日気合い入れすぎると疲れちゃうのです」


「体調管理も大事ですからね。顧問としては、速さよりも安全第一を推奨します」


「先生の言う通りだ。今日は身体を休める日にしよう」


「よし! じゃあ、今日はここまでにするぞ」


「龍兄! 飲み物とお菓子のストックが少ないのです」


「そうか。じゃあ、麗奈と健児で買い出し頼むわ」


「何で高崎と……」


「麗奈ちゃ〜ん! 買い出し行こう〜」


 気乗りしない麗奈と、楽しそうな高崎が買い出しに向かった。




 学園から少し離れた商店街まで買い出しに向かった二人。


 ほんの少し打ち解けたとはいえ、愉快に会話しながら歩くほどではない。


 そんな二人が、商店街へ向かう途中の河川敷を歩いていた。


「どうなのよ」


「なにが〜?」


「あんたの身体の調子よ」


「そうだね〜。もう痛みも無くなってきたし〜大丈夫だと思うよ〜」


「そう。ならいいのです」


「あれ?」


「どうしたのです?」


「あのバイク、東雲さんのじゃないかな〜」


 

 河川敷を少し降りた所に東雲のバイクがあった。


 東雲の周りに、男性が四人居るのが見える。


 

「友達かな〜?」


「わたしたちには関係ないのです。とっとと買い出しに行くのです」


 

 二人が通り過ぎようとした時、東雲の大きな声が聞こえてきた。



「あんたたちなんかに、指一本触れてほしくないのよ!」


「そんなこと言わねえで貸してくれよ。俺らが有意義に使ってやるよ」


「そうそう。お嬢ちゃんには自転車が似合うよ」


「ふざけないで! 早くヘルメット返しなさいよ!」



 東雲が絡まれていると、一目で分かる状況であった。



「れ、麗奈ちゃん。どうしよう……」


「放っとけないけど、二人じゃどうにも出来ないのです……」


「東雲さん、あのバイクとても大事にしてるみたいなんだよ〜」


「今から龍兄たち呼んでも間に合わないのです……」



 二人は、どうしていいか分からずに困っていた。


 そんな二人の前で、東雲を取り巻く状況は悪化していった。



「やめて! 触らないで!」


「いいじゃねえか。これ、どうやってエンジンかけるんだっけ?」


「やめてー! その子から降りてー!」



 東雲の声が絶叫へと変わっていく。



「麗奈ちゃん! ささっちたちに連絡して!」


「あんた、どうするのよ?」


「皆んなが来るまで、ぼくが守る!」


「高崎、待って!」



 麗奈の静止を聞かずに走り出す高崎。


 慌てて龍仁に連絡する麗奈。



「龍兄!」


「麗奈? どうした!」


「すぐ来て! 男たちに高崎が向かって行って、ヤバいのです!」


「すぐ行く!」




 部室に残っていた龍仁たち。


 電話の様子が只事ではないとすぐに分かった。

 

「仁、どうした?」


「詳しくは分かんねえが、健児が危ねえみてえだ。あんのバカ! 喧嘩なんてしたことねえくせに!」


「わたしも行こう。仁とわたしがバイクで行くのが早い」


「先生も車で追うわ。こんな時だけど、ちゃんと交通ルール守るのよ」


「出来るだけな。七海、行くぞ!」


「あぁ、行こう!」




 高崎の窮地を救うべく、龍仁たちが走り出した。


 道交法を守って走っても、そんなに時間はかからない場所である。


 しかし、高崎のことを思えば、少しでも早く駆け付けたい。


 そんな気持ちを抑えつつ走る龍仁たち。


 いま、龍仁たちに出来るのは、高崎の無事を祈ることだけであった。

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