第二十六話・落ちて上がる

 バイクに乗れるようになる実地練習が無事に終わり、それから毎日部室に集まるメンバー。


 麗奈、真由美、西園寺、榊原先生の熱の入り方は尋常ではなかった。


 ライバル同士であれば、速く走るための情報は隠すのが普通と思われるが、この四人はお互いに教え合っていた。




「ブレーキングポイントは、何か目印を決めておくのです」


「それはどの辺りがいいのかしら?」


「先生、それは各々で違うんじゃないかな? トライ&エラーですよ」


「そうか。色々試していくしかないようだな」




 高崎は龍仁に走り方を教わっていた。


 先日は麗奈に引っ張られて走っていたが、どんな風に走っていたのか覚えていない。麗奈について行くだけで精一杯だったのである。




「コーナーは基本的にこんな風に走るんだ。これがアウト・イン・アウトってやつだ」


「ここから〜こうなってこう……難しいな〜」


「それから、エンジンの回転数にも気をつけろよ。エンジンにはパワーバンドってのがあるからな」


「ささっちゃ〜ん、頭痛いよ〜」


「健児は体で覚えるしかねえかな……」




 こうして速くなるための勉強会により、知識は以前とは比べ物にならないほど深まった。


 自信を深めた四人は、走行会が来るのを待ち侘びていた。


 そして、四人が待ちに待った走行会の日。


 二輪車倶楽部全員がサーキットに集結した。

 

 丁度サーキットでは、走行会に参加しているライダーが走っていた。



「速さの次元がちがうのです……」


「こないだの原付と比べんなよ。バイクのクラスが全然違うからな」


「今走ってるのは?」


「排気量で言えば四〇〇だ。原付は五〇だからな」


「佐々川くん。今日わたしたちが乗るのは?」


「耐久レースで使う二五〇のをおやっさんが運んでくれてる」


「この間のより大きいのね。先生ちゃんと乗れるかしら?」


「今日は無理しなくていいぞ。まだ色々と慣れる段階だ。速く走れなくても問題ねえからな」




 四人には、速く走れないことは問題である。


 何としてでも四人の中でトップのタイムを叩き出したいのである。




「今のうちにレース用のバイク見とくか?」


「そうね。先生見ときたいわ」


「麗奈も見るのです!」


「みんなで行こうよ」




 全員で、準備をしている藤田社長の元へ向かった。


 バイクは既に準備されており、走行会が終わればいつでも走り出せるようになっていた。




「思ったより大きくないのね」


「彩木さん、先生には大きく見えるわよ」


「麗奈にも大きく見えるのです」


「とりあえず跨ってみろよ。麗奈と先生は小柄だから、足付くか心配だしな」




 龍仁に言われるがまま跨ってみる二人。


 両足を地面に付けようとすると若干かかとが浮く。


 バイクをほんの少し傾けると、片足がシッカリと付くので問題はない。




「大丈夫そうだな」


「さすがにこの間のより重いわね」


「あれより速そうなのです」


「そりゃ速いさ。だから最初は無理すんなよ」




 自分たちがコースを使えるまではまだ時間がある。


 その間に、コースを走るための注意事項を、藤田社長から説明してもらった。




「いいか、お前ら。とにかく今日は初めて尽くしだ。絶対に無理だけはするなよ」


「一応タイムは計測すんだろ?」


「一応な。ただ、あくまで目安で計るだけだ。今日はタイム気にしなくていいぞ」




 四人には、そのタイムが重要なのであった。




「おっ、そろそろ終わるな。お前ら、スーツ着て準備しな」


「ふふっ。必ず勝利を手にしてみせるわよ」


「麗奈に勝てると思ってるのです?」


「残念でした。勝つのはわたしだよ」


「必ず勝つ、必ず勝つ、必ず勝つ――」


「ナナちゃん、呪文みたいで怖いのです……」




 全員の準備が終わったところへ、藤田社長と知り合いのプロライダーがやってきた。




「おぅ、今日は無理言ってすまなかったな」


「いいえ、おやじさんの頼みですからね。それに、次世代ライダーたちのためですから」


「二輪車倶楽部部長の佐々川龍仁です。よろしくお願いします」


「よろしく! 六人が走るんだったよね。おやじさん、タイム設定は?」


「サーキットが初めての連中だからな。慣らすために最初は二分切るくらいでいいぞ。最終的に四十秒台まで仕上げてくれ」


「了解です。じゃあ、二人ずつ行こうか。俺の後ろについてきてくれ」




 まずは龍仁と西園寺が出走する。


 後ろについてラインをトレースしながらついていく。


 徐々にスピードを上げながら周回を重ねていく。


 五周目のホームストレートで龍仁と西園寺を先に行かせて、後ろから二人の走りを見るプロライダー。




「は、速いわね……この間のバイクと全然スピードが違うじゃない……」


「ここまで違うとは想像してなかったのです」


「あの二人は普段から乗ってっからな。あんたらバイクにゃ慣れてねえんだから、無理すんじゃねえぞ」




 そこへ二人が戻ってきた。


 ヘルメットを脱いだ二人は、かなり疲れた顔をしていた。




「これでゆっくり走ってんですか?」


「こんなに速いとは思わなかったな……」


「二人とも、初めてにしてはいい感じだったよ。さっ、次の人行こうか!」




 榊原先生と高崎が出走する。


 先程の二人と同じプログラムで周回を重ねる。


 ただし、スピードは前の二人よりも低めだった。


 それでも、ピットに戻ってきた二人は、息を切らして大量の汗を流していた。




「こ、これは……大変……だわね……」


「ぼ、ぼく……こんなんで……大丈夫かな〜……」


「サーキットは今日始めてなんだろ? 二人とも練習すれば大丈夫だと思うよ。悪くない」




 最後に麗奈と真由美がコースへ出ていく。


 榊原先生と高崎に比べて、走る姿が様になっている。


 そして、同じプログラムで走ってからピットへ戻ってくる。




「なかなか思った通りに走れないものね」


「実際に走るのとイメージとは違うのです」


「二人はなかなか筋が良いね。期待大だな」


「いいねぇ。麗奈、真由美、期待してるぜ」


 


 全員が走り終えた所で、一旦休憩することになった。


 休憩中、全員の走りを見たプロライダーから、個別にアドバイスをしてもらった。


 プロライダーはここまでと言うことで、応援の言葉を残して帰っていった。




「さて、ここからが勝負なのです。負けられないのです」


「わたしも負けるつもりはないぞ」


「勝つのは、わたしだけどね」


「デート権はわたしのものよ!」


「勝負? デート? 何の話してんだ?」




 四人の背後に、いつの間にか龍仁が立っていた。


 その表情には怒りが滲み出ていた。




「あ、佐々川くん。いや、これはその……」


「ヤバいのです……龍兄怒ってるみたいなのです……」


「じ、仁、これはだな、目標があったほうが練習に身が入ると言うか……」


「りゅ、龍ちゃん? そんな怖い顔しないで……」


「麗奈。何やってんのか話せ」




 恐る恐る事の経緯を話す麗奈。


 それを聞いた龍仁が声を荒げる。




「今はそんなことしてる場合じゃねえだろ! 今日はあくまで慣れるための練習だろ!」


「ご、ごめんなさいなのです……」


「先生も先生だ! 止める立場の先生まで参加してどうすんだよ!」


「申し訳ございません……」


「そんな事で無茶してケガでもしたら、皆に迷惑かかるだろ!」


「仁の言う通りだ。わたしたちが浅はかだった……」


「龍ちゃん、ごめんなさい……」




 それを近くで聞いていた藤田社長が口を出す。




「まあまあ、許してやんなよ。確かに、今タイム競うのは褒められたことじゃねえがな」


「おやっさん。俺はもっと真剣にやって欲しいんだよ」


「ずっと張り詰めてっと、それはそれで危ねえぞ。たまの息抜きは大切だぜ」


「それはそうだけどさ」


「龍、ちょっと耳貸せ」




 何やら龍仁に耳打ちする藤田社長。


 龍仁の顔が曇っていく。


 そして、諦めた表情の龍仁が、四人の前に戻ってきた。




「不本意だが、そんなにデートしてえんなら、デートしてもいいぞ」


「えっ? 佐々川くん、なんて言ったの?」


「龍ちゃん……本気?」


「デ、デートできるのか? 仁と?」


「龍兄、誰とデートするのです?」


「……全員だ」




 一瞬固まる四人。


 そして、四人で泣きながら抱き合い、喜びを分かち合った。



 

「良かった〜佐々川くんに嫌われたかと思ったわよ〜」


「龍兄に嫌われたら家に居られないのです〜」


「良かった〜メンバーから外されるかと思った〜」


「仁に許してもらえないと思ったが、事なきを得て良かった」


「まったく……それでだな、何日も時間を取られるのは勿体ねえから、デートは一日だけだ」


「一日だけって、どうするのです?」


「一人二時間で交代しながらのデートだ。場所は任せる。それでいいか?」




 四人は無言で頷いた。


 この期に及んで自分たちの希望を伝えることなど、今の四人に出来ようはずも無かった。


 龍仁の後ろでウィンクしている藤田社長に、感謝の視線を送る四人。


 龍仁の怒りで失意の闇に囚われた四人だが、時間限定とは言え、デートが実現して歓喜の渦に包まれた。


 デートでは、四人の激しいアピール合戦が繰り広げられるだろう。

 

 勝負の場は、サーキットからデートへと移されたのであった。

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