第二十五話・覚醒

「龍! 落とすんじゃねえぞ」


「大丈夫だよ。慎重にやってるよ」


 


 龍仁と藤田社長が、トラックの荷台からバイクを降ろしていた。


 バイクの基本的な学習会を終え、今日から実技に移るのは、二輪車倶楽部の免許なしメンバー。


 藤田社長が全面バックアップしてくれる事になっており、バイクやライダースーツ、ヘルメットまで用意してくれた。


 バイクやライダースーツは中古の貸与だが、ヘルメットは各々に合わせた新品をプレゼント。


 


「社長さん。この度は色々とサポートしていただき、部員一同感謝しております」


「おぅ、先生。なあに、こいつらの楽しそうな顔見れるんなら大したことないさ。出来るだけのサポートはするから、遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします」


「おうよ。任せときな」




 龍仁たちがバイクの準備をしている間に、免許なしメンバーはライダースーツに着替えていた。


 今日の練習では、走れるようになることが目的でスーツまでは必要なかったが、慣れるのも練習と言うことで着替えることになった。



 

「龍ちゃんたち、こんなの着て運転してきたの?」


「最初は違和感があったのだが、慣れてしまえば大丈夫だ」



 

 龍仁と西園寺はバイク店で着替えていた。スーツは二人も着たことがないので、慣れるために着ることにした。


 バイク二台の準備、全員の乗車準備が終わったところで藤田社長から挨拶があった。



 

「よーし、お前ら。今日はバイクを動かせるようになるのが目的だ。とにかく、ケガだけはないよう気をつけるように!」


 全員が元気よく返事をする。


「ここはプライベートなコースだからな。他に人は居ねえから焦らずにやんな」


「おやっさん。ありがとな」


 


 そして、全員がバイクの周りに集まる。



 

「じゃあ、エンジンかけるとこからやってみるか」


「はい! 先生やります!」


「まずはキーをこう。Nってランプ光ってるか確認してくれ」


 


 龍仁が復習するように教えてゆく。


 ギアがニュートラルに入っていることを確認し、フロントブレーキを握らせる。



 

「そしたら、このフットレバーを蹴り下げてエンジンをかける」


「りょ、了解よ」


 恐る恐るレバーを踏み込む榊原先生。しかし、エンジンはかからない。


「もっと思い切り踏んでみなよ」


「わ、分かったわよ」



 

 榊原先生が気合を入れて踏んでみる。


 弾けるような音とともにエンジンがかかった。



 

「かかったわよ!」


「よーし! じゃあ、ギア入れて発進してみようか」



 

 龍仁の前でちょっとカッコイイところを見せたい榊原先生。


 ギアを1速に入れて、アクセルを捻る。と同時にクラッチレバーを操作する。


 コツンという音がした瞬間、エンジンが止まった。



 

「エ、エンストですわね……」


「最初はそんなもんだろ。練習あるのみだ」


 


 エンジンをかけ、再チャレンジする榊原先生。


 今度はエンストせず、ゆっくりと走り出した。



 

「やったわよ!」


「先生! そのままギアチェンジしながら走ってみな!」


「お、教わった通りやってみるわ!」



 

 スムーズとは言えないが、何とかギアチェンジしながらコースを走り出した。


 


「七海! もう一台あるから、そっちは頼んだ」


「了解した。まゆ、やってみよう」


「何だかドキドキするね」




 榊原先生の手順を見ていたので、エンジンをかけるまではスムーズにできた。


 ギアを入れ、アクセルを捻る真由美。


 そして、初めてとは思えないほどスムーズに走り出した。


 ギアチェンジも問題なく行い走っている。




「まゆちゃん上手なのです」


「そうだな。思っていたよりもスムーズに乗れているな」




 榊原先生と真由美が何周か走って戻ってくる。


 疲れた様子の榊原先生とは対象的に、真由美は楽しそうな表情を見せていた。




「な、何とか走れたわよ……」


「楽しかったー! わたしも免許取ろうかな?」


「いいな。バイク乗りが増えると倶楽部に箔が付くぞ」


「なら、麗奈も免許取るのです」


「れな、免許の話は後だ。今はレースのために頑張ろう!」


「普通の人は免許が先のような気がするのです……」




 麗奈と高崎が練習を始めた。


 二人ともスムーズに走り出していた。


 榊原先生と真由美にくらべると、コースを周るスピードが高い。


 麗奈が意外に速く、高崎がそれに引っ張られている様子。




「仁、大丈夫なのか? 少し速くないだろうか」


「麗奈は安定してるみてえだから大丈夫だろ。健児がちょっと危なっかしいな」


「先生は心配しています」




 そんな心配をよそに、二人は周回を重ねていく。


 最初は危なっかしい印象の高崎だったが、麗奈の後ろについて走っているうちに、安定した走りに変わっていった。


 放っておくと走り続けそうなので、ピットから戻るよう合図をする。




「楽しかったですー!」


「麗奈はイキイキしてんな。健児……大丈夫か?」


「だ、大丈夫じゃないかも〜……」


「高崎は少し休んだほうが良さそうだな」


「じゃあ、わたしたちはもう一度走るわ。行くわよ! 彩木さん!」


「れなちゃんに負けてられないわね」




 榊原先生もコツを掴んできたようで、麗奈ほどではないが速くなっていく。


 真由美は麗奈と変わらないスピードで周回していた。


 部室での勉強会でライン取りも教わっていたが、今はそこまで気が回っていない。


 適切なギアの選択もまだまだ理解できていない。


 今回は乗れるようになることが目的なので、ここまで乗れれば上出来であった。




「仁、わたしたちも乗ってみないか? 公道を走ったことはあっても、こう言うコースは走ったことがないからな」


「確かにな。次、走ってみようぜ」




 榊原先生と真由美が戻り、龍仁と西園寺がコースへ出る。


 普段バイクに乗っているだけあって、二人とも問題なく発進する。


 龍仁は、耐久レースに参加したいと言うだけあって、色んな知識を持っている。


 その走りは他のメンバーとは違った。


 西園寺もサーキットの走り方を勉強していた。


 龍仁ほどではないが、免許なし組より遥かに速い。




「二人とも速いわね。先生も頑張らないと、足引っ張っちゃうわね」


「そうですね。せめて迷惑かけないくらいにならないと」


「ぼ、ぼくも頑張るよ〜」


 


 麗奈は会話に混ざらず、二人の走りを真剣に見つめていた。


 二人が戻ってくると、何も言わずにバイクを受け取りコースへ出ていった。


 最初はゆっくりと走っていたが、二周目の最終コーナー出口からフル加速。




「れなちゃん!?」


「ちょっと速すぎないかしら」




 榊原先生と真由美が心配するなか、第一コーナーへ迫る麗奈。


 ブレーキポイントは龍仁より深く、バイクのバンク角も龍仁の上を行く。


 ラインも龍仁が走ったところをトレースしている。


 第一コーナーは明らかに龍仁よりも速い。


 そのまま各コーナーを駆け抜ける麗奈。


 何かが乗り移ったかのような速さを見せる麗奈。

 

 練習と言うことでタイム計測はしていないが、このメンバーの中でトップなのは間違いなかった。




「な、なに? 麗奈さん、どうしたの?」


「すごいな。わたしよりも全然速いじゃないか。やるな、れな」


「龍。麗奈ちゃん、すげえじゃねえか。ありゃ感覚掴むのが早えんだな」


「そう言えばさっき、龍ちゃんたちが走ってるのを真剣に見てたわね」




 皆にとって驚愕の走りを見せた麗奈が戻ってくる。


 ヘルメットの下からは、満足そうな麗奈の顔が見える。


 真由美までライバルに加わった今、自分をアピールするため全力で取り組む麗奈。


 バイクの乗り方やコースの走り方も、密かに勉強していた。


 しかし、いくら勉強したからと言って、それだけで速く走れるものではない。


 これは、麗奈が元々持っていた能力が、いま覚醒したかのようである。


 


「みんな乗れるようになったな。時間もねえし、次の段階へ進むか」


「次の段階ってなに? 先生に教えなさいよ」


「それは、おやっさんから説明してもらったほうがいいかな?」


「あぁ、あの話か。先方には了解もらってる。喜んでやってくれるってよ」


「何の話か見えないんですけど?」


「今度な、走行会ていうのがあんだわ。そこに知り合いのプロライダーが来るって言うんで、お前らの指導お願いしたんだよ」


「おやっさんが昔世話した人らしくってな、何と!タダでやってくれるらしいんだ」


「走行会が終わった後だから時間は短いがな。コースの使用料も、激安にしてもらうよう交渉しといた」




 乗れるようにする練習は無事終了した。


 走行会の日時などを確認して帰る準備を始めるメンバー。




「まゆちゃん、ナナちゃん、先生」


「なに? れなちゃん」


「今度の走行会で勝負するのです」


「勝負? れな、何をするのだ?」


「一番速かった人が勝ち!と言う勝負なのです」


「まあ、目標があるのは悪いことじゃないから、先生はいいわよ」


「れなちゃん、勝った人には何かあるの?」




 麗奈がニヤリと笑う。




「龍兄をデートに誘う優先権なのです」




 三人の表情が変わる。




「それは負けられないわね。先生の底力を思い知らせてあげるわ」


「わたしは女の子らしさの殻を破りました。ナメないでくださいね」


「バイク歴はわたしが一番長い。負けるわけにはいかないな」




 麗奈の突然の提案に、走行会が彼女たちにとって只の練習ではなくなった。


 果たして、勝負の結末はどうなるのか。


 優先権を獲得したとして、デートに誘うことができるのか。


 全ては走行会の後に分かるだろう。

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