第二十二話・夜空に煌めく星たち
榊原先生からの本気の告白を受け止めきれずにいる龍仁。
恋愛感情の揺らぎではなく、単純に困ったというのが今の感情であった。
そんな龍仁と一緒に帰ってきたのは、とても穏やかな顔をした榊原先生。
その後、残りの二組も戻り、肝試しという名の散歩が終わった。
「これで全員終わったわね。では! デザート食べながらのキャンプファイヤーよ!」
「デザートなんてあんのか?」
西園寺がニコニコしながらクーラーボックスを運んできた。
「今日はプリンを作ってきたんだ。よかったら食べてくれ」
「あらぁ、いいわねぇ」
西園寺がプリンを皆んなに配る。
それと同時に、龍仁と南藤が井桁型に組まれた薪に火を着けた。
皆んなが自然と、その周りに円を描くように座った。
揺らめく炎を眺め、プリンを食べながら雑談に花を咲かせる。
「それで、今後の事なんだけど」
龍仁がコーヒーを飲みながら話し始めた。
「耐久レースに参加してみようと思う」
「いきなりレースに参加するのです?」
「レンタル耐久レースってのがあんだよ。ライセンスは必要ねえし、バイクも含めて必要なものは全てレンタル出来る。まずは雰囲気を掴んでみてえんだ」
「初心者でも出れるものなのか?」
西園寺が不安気に間に入る。
「初心者用のレースもあんだよ。雰囲気を掴むためだから、レース結果は気にしなくていい」
「そうか。参加する価値はありそうだな」
「来月末に、三時間の初心者耐久レースがあるんだ。それに参加してみようと思ってる」
「二人だけで参加するのかしら?」
「三人一組でチームを作るんだよ」
「免許持ってるの二人だけよ?」
榊原先生から疑問が溢れ出る。
「免許無くても参加出来るんだよ。小学生も参加してるからな」
「じゃあ、麗奈も参加出来るです?」
「もちろん。ここに居る全員が参加出来るぞ」
「じゃあ〜僕も参加出来るね〜」
「俺はピットクルーだな」
「あぁ。南藤にはそうしてもらうつもりだ。藤田もピットクルーを頼む」
「任されたよぉ。お父さんの手伝いで経験あるからねぇ」
美春がガッツポーズで答える。
「出来るだけみんなの走行時間を多く取りたいから、残りの六人を二組に別けようと思ってる」
「ちょっと待って。先生も走るの?」
「あぁ。今後のことも考えてな。ライダーの気持ちを知らなきゃ、監督なんて出来ないだろ」
「な、なるほど……一理あるわね……」
「と言うことで、俺、七海、真由美のチーム。麗奈、健児、先生のチームに別ける」
「ちょっと待って! なんで先生が佐々川くんと別チームなのよ!」
榊原先生には当然の疑問だった。
「体格だよ」
「体格?」
「耐久レースは同じバイクに交代で乗るだろ」
「それがどうしたのよ」
「ライディングポジションを考えたら、ライダーの体格が近いほうがセッティングしやすいだろ」
「あ、あぁ……そう言うことね……良くは分からないけど……」
良くは分からないが納得せざるを得ない榊原先生。
「ヤツと同じチームなのは気に入らないですが、そんな理由があるのなら仕方ないのです……」
渋々納得する麗奈。
「ちょっといいかな?」
真由美が静かに立ち上がった。
「わたし、レースには出られない……」
「どうした? 初心者でも大丈夫だ。心配しなくていいぞ」
龍仁の言葉に、真由美が首を横にふる。
「違うの……。わたし……みんなに言わなきゃいけないことが……」
下を向いたまま、苦しそうに声を絞り出す真由美。
今言わなければ、このタイミングで言わなければいけない。
このままレースに参加し、楽しい時間を共有してしまったら、きっと言えなくなってしまう。
「みんな、今まで黙っててごめんね……」
「まゆちゃん……?」
何かを感じ取った麗奈が、心配そうに真由美を見つめる。
「わたし、わたし……」
固く握りしめていた両手の力を抜き、そっと顔を上げる。
「わたしが、クロなんだ……」
西園寺と美春が顔を見合わせた。
その他の五人は、身動き一つせずに真由美を見ていた。
「わたし、今までみんなに黙ってた。みんなのこと騙してた……」
今までの想いが溢れ出てくる。
その想いが言葉となって吐き出される。
「ごめんね……こんなわたし……みんなと、一緒に居る資格なんて……ないよ……」
「まゆ、何で言わなかったんだ? 訳があるのだろ?」
西園寺が、柔らかく優しい声で語りかけた。
「いいの……わたしが悪いの……」
「話してくれ。わたしたちは友達じゃないか」
西園寺の言葉に真由美が目を滲ませる。
「まだ、友達って言ってくれるの……?」
「まゆは友達だ。ずっと一緒だって言ったじゃないか」
ずっと我慢していた。ずっと抑えてきた感情を抑えきれずに泣き出す真由美。
「さあ、話してくれ。きっとみんなも分かってくれる」
「……戻ってきた時……りっくんが居たのが嬉しくて……すぐに話しかけたの……」
龍仁を見つめる真由美。
「でも……分かんなかったんだよね。変わり過ぎちゃってたから……」
「あぁ、全然分かんなかったな」
「それはいいんだよ。女の子らしくなれたのかなって嬉しかったから……」
涙を手の甲で拭って話を続ける。
「そのうち、きっと気付いてくれると思って、それまで黙ってることにしたの。そしたら、なかなか気付いてもらえなくて、言うタイミング逃しちゃった」
「それが、言わなかった理由なのか?」
「ううん、違うの。そうじゃないの」
「他にあるのか?」
「あの話聞いちゃったから……会って断りたいんだって……」
一度止まった涙が流れ始める。
「振られると分かって言えるほど、わたし、強くないよ……」
ここで突然榊原先生が立ち上がる。
「彩木さんは悪くないわ。佐々川くんが悪い!」
「麗奈もそう思うのです。龍兄が悪い!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 何で俺が悪いんだよ」
いきなり悪者扱いされて狼狽える龍仁。
「先生の見解を申し上げましょう。まず第一に、気付いてあげられなかった。第二に、振ります宣言を本人の前でやってしまった。以上!」
「それで間違いないと思うのです」
榊原先生と麗奈のハイタッチ。
「いや、俺が言ったのは結婚のことでだな、振るとは言ってねえぞ!」
全員が驚きの表情で龍仁を見る。
「あら、振るって意味じゃなかったのね? 先生の早とちりでした!」
真由美が口をパクパクさせている。
「いきなり結婚なんて無理だからな。そういうのは、もっと順序ってもんがあんだろ」
「じゃあ、ちゃんとそう言いなさいよ。先生じゃなくても勘違いするわよ。現に、彩木さんはその頃から今まで勘違いしてたのよ。あれ? やっぱり佐々川くんが悪いんじゃないかしら」
「そうだな。龍仁が悪い」
「ささっちが悪いらしいよ〜」
「そうねぇ、佐々川くんが悪いわねぇ」
「仁が悪い」
「龍兄が悪い」
龍仁が立ち上がる。
「真由美! 俺が悪かった! 長い間悩ませててすまなかった!」
「えっ……?」
今日でみんなとお別れ。もう会うことも出来ないと覚悟していた真由美。
想像していなかった展開に戸惑っていた。
「みんな……怒ってないの? 今まで騙してたのに、怒ってないの?」
「まあ、先生は何とも思ってないわよ。彩木さんの気持ち、良く分かるもの」
「そうよねぇ。真由美ちゃん辛かったでしょぉ」
「だから、何の問題もないのです。これからもずっと友達なのです」
「み、みんなぁ……」
大粒の涙が頬を伝う。子供のように泣きじゃくる。
そして、その涙目で龍仁を見つめる。
「龍ちゃん!」
「お、おぅ」
「わたし、振られてないんだよね!」
「あ、あぁ」
「結婚してくれって気持ちは今も変わらない!」
「は、はぁ」
「わたしは! 龍ちゃんのことが好き! 大好き! もう気持ちを抑えたりしない!」
「あらぁ、宣戦布告しちゃったねぇ」
「し、しまった……ライバルを増やす結果になってしまうとは……榊原理英、一生の不覚……」
「まゆちゃんまでライバルになってしまったのです……」
「まゆ、これからはお互いに頑張ろう!」
今まで抱えてきた心の闇。
自分がクロだと名乗りを上げることで、さらに濃い闇になると思っていた。
そんな真由美の心を、みんなが照らしてくれた。
「わたし、独りにならなくていいんだね……」
そう言いながら、夜空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます