第二十一話・それでもいいの

「龍仁! もっとこっち寄せてくれ」

 

「これでいいか?」


 南藤と龍仁が、夜に行うキャンプファイヤーの準備。

 

 真由美と美春は昼食の後片付け。

 

 榊原先生と麗奈は夜のバーベキュー用食材の準備。

 

 西園寺と高崎は露天風呂の掃除と準備。

 

 露天風呂は管理会社がメンテをしており、定期的に清掃も行われている。

 

 簡単な掃除をするだけで良いので、二人でもそう時間はかからない。


「よし、こんなものでいいだろう。お湯を出してくれ!」

 

「はぁ〜い! 元栓開いたよ〜」


 西園寺が見守る中、みるみるお湯が貯まっていく。

 

 あとは自動で管理してくれるので、作業はここで終了となる。


「これで準備はできたな。高崎! 戻ろう!」

 

「掃除疲れた〜。少し休みたい〜」

 

「戻って休もう。しばらく自由時間だ」

 

「そうしよう〜」

 

「ところで高崎」

 

「な〜に〜」

 

「れなに嫌われているのは何故だ?」


 誰かに一度聞かなければと思っていたが、いい機会なので本人に聞くことにした西園寺。


「それはね〜、中学の時にぼくが嫌われることしちゃったんだよ〜」

 

「何をしたのだ?」

 

「それは〜……他の人に聞いてもらえるかな〜? ぼくが話したって分かったら〜もっと嫌われちゃうから〜……」

 

「そうか……。分かった。そうしよう」


 西園寺は、高崎が珍しく神妙な顔をしていたので、これ以上聞くことをやめた。

 

 そのまま皆のところへ戻るまで、二人は無言になった。


 


「七海! 健児! 風呂の準備おつかれさん!」

 

「こっちの準備も終わったのです」


 キャンプファイヤー、バーベキュー、露天風呂、それぞれの準備が終わった。


「じゃあ、汗もかいたことだし、お風呂に入りましょうか!」

 

「入るのです!」

 

「そうねぇ、昼間から露天風呂っていいよねぇ」


 榊原先生の提案に賛成の声があがり、女性陣の入浴タイムが決定した。

 

 男性陣はテントで休憩することにした。


「じゃあお先に入るわね。佐々川くん以外は覗きに来ちゃダメよ〜」

 

「行かねえよ」


 照れて赤い顔の西園寺と、怒りで赤い顔の麗奈が榊原先生を引き摺って風呂へ向かう。

 

 竹垣で囲われた露天風呂からは自然が一望出来るようになっている。

 

 室内浴室で汗を流し、順々に露天風呂へ出る女性陣。


「わぁ、風景が綺麗だねぇ。大きな山が見えてて気持ちいいねぇ」

 

「ここにも大きな山があるのです……」

 

「な、なんてこと……わたしを凌駕する大きさ……」

 

「ちょっとぉ、そんなに胸を見つめないでぇ」


 美春の胸を観察するように凝視する二人。

 

 二人から逃げるように湯船に浸かる美春。

 

 全員が湯船に浸かったところで西園寺が口を開く。


「さっき、高崎に麗奈が嫌っている理由を聞いたのだが、他の人に聞いてくれと言われたのだ。何があったのだ?」

 

「思い出したくもないのです……」

 

「そんなに酷い事なのか?」

 

「あれはぁ、麗奈ちゃんが怒っても無理ないかなぁ」

 

「れなちゃん、言ってもいいの?」

 

「別にいいのです……」


 怒りと恥ずかしさが入り混じった表情で答える麗奈。


「中学の時にね、龍ちゃんに気持ちを伝えるのに手紙を書いてたの。れなちゃんは渡すかどうか迷ってたんだよね」

 

「そうなのです……」

 

「その手紙を不注意で落としちゃって、拾ったのが高崎くん」

 

「拾っただけで嫌われたのか?」

 

「そうじゃないのよ」

 

「拾って届けるだけならぁ、嫌われたりしないのよぉ。その後が問題なのぉ」


 麗奈は、顔を半分お湯に漬けて黙り込んでいる。


「高崎くんね、それを読み上げちゃったのよ」

 

「よ、読み上げた? 皆の前でか?」

 

「そうなのよぉ」

 

「龍ちゃんのこと好きだって知ってたのは、わたしと美春ちゃんだけだったのに、クラス全員に知れ渡っちゃったの」

 

「そんな事があったのか」

 

「それで開き直っちゃって、堂々と龍ちゃんが好きだって言うようになったの」

 

「ある意味良かったんだけどぉ、そんなの読み上げられたら恥ずかしいよねぇ」

 

「た、確かに恥ずかしいな」

 

「奴の辞書にはデリカシーと言う言葉がないのです」


 冷たい機械のような目で呟く麗奈。


「これで謎は解けた。しかし、もう許してやっても良いのではないか? 高崎も悪気があった訳ではないだろうし」

 

「悪気があろうがなかろうが、麗奈は一生許さないのです」

 

「そ、そうか……」

 

「褒められた事ではないけど、そのお陰で堂々と好きだって言えるようになったんでしょ? 結果オーライだと先生は思うけどな」

 

「それはそれなのです」

 

「まあ、時間が解決するかもね。さて、この後は予定が目白押しだし、そろそろ上がりましょうか!」


 榊原先生を先頭に全員が風呂を出る。

 

 その後に男性陣が風呂に入り、その間に女性陣がバーベキューの準備を進めていた。


 

 

 ちょうど準備が終わるころ、龍仁たちが風呂から上がり戻ってきた。


「いい風呂だったな」

 

「自然の中で入るお風呂はいいね〜」

 

「おっ、バーベキューの準備できたみてえだな」


 テーブルにバーベキュー用の加工した食材が並び、グリルや鉄板が設置されていた。


「佐々川くん! 炭に火入れてもらえるかな?」


「おぉ、任せとけ」


「俺も手伝いますよ」


 龍仁と南藤が炭に火を入れてバーベキューが開始された。

 

 焼くだけなら調理の腕は関係ない、訳でもないが、皆で楽しむために各自で焼くこととした。

 

 女性陣は特に問題なくバーベキューを楽しめたが、男性陣は焼き方が雑である。

 

 黒焦げ、生焼け、まともに焼けたものが殆どない。

 

 それでも、そんな事すらも楽しめる雰囲気がここにはあった。


「さて、いよいよお待ちかね。肝試しの時間よ!」


 夕食のバーベキューが終わったところで、榊原先生が肝試し開始を宣言する。

 

 それに西園寺が疑問の声をあげる。


「肝試しとは、夜にやるものではないのか?」

 

「本当は真っ暗のほうが雰囲気があっていいんだけどね。ここは本当の暗闇になるから危ないのよ」

 

「そう言う事なら致し方ないな」

 

「肝試しと言うより、夕方の散歩なのです」

 

 肝試しのコースとなる遊歩道は、反時計回りの周遊コースになっている。

 

 まずは南藤、美春のペアが遊歩道へ向かった。


「二人きりでお散歩ってぇ、初めてだよねぇ」

 

「そ、そうだな。こ、こう言うのは初めてだな」


 楽しそうな美春と、緊張した南藤が遊歩道へ消えていった。


「さて、わたしたちも行きましょ!」


 榊原先生が、目をキラキラさせながら龍仁に声をかける。

 

 そして、麗奈と西園寺の恨めしそうな視線を一身に受けながら歩き始める。


「こうやって二人きりになるのって、あの時以来かな」

 

「そうだな」


 少し間を開け、真剣な表情で龍仁を見る榊原先生。


「ねえ、佐々川くん。わたし、変われてるかな?」


「あぁ、先生変われてるぜ。見違えたよ」


「あれから頑張ったんだよ。頑張れたのは、佐々川くんのお陰よ」


「俺は何もしてねえよ」


「いいえ。あの日屋上で、佐々川くんがわたしを救ってくれた。頑張るきっかけをくれたのよ」


「そうか。まあ、役に立てたなら良かったよ」


「それと、もう一つ夢をくれたの覚えてる?」


「なんだよ、夢って」


「言ったでしょ。佐々川くんがわたしの初恋の人だって」


「そんな冗談笑えないって」


「冗談じゃないの。本気なのよ」


「えっ?」


「確かに年も離れてるし、冗談にしか聞こえないでしょうけど、本気で好きになったのよ」


「いや、そう言われても、俺はそう言うの分かんないんだよ」


「うん。それは分かってる」


「じゃあ、俺なんか好きになっても……」


「今は分からないかも知れないけど、いつか気付く時が来るわよ」


「そんなもん、いつになるか分かんねえだろ」


「いいの。わたしは、佐々川くんが気付いてくれるまで待つから」


「ちょっと待ってくれよ。そんな訳にはいかねえだろ」


「佐々川くん。ただ待ってるだけじゃないのよ。わたしは攻めるわよ」


 何も言えず黙り込む龍仁。


「今は無理に分かろうとしなくていいの。ただ、覚えておいてほしいの」


 龍仁の前で振り返り、微笑みながら宣言する。


「わたし、榊原理英は、佐々川龍仁を本気で好きなんです」


 何と返答すればいいか分からず困った顔の龍仁。


「何も言わなくていいよ。私の本気を聞いてほしかっただけだから」


 そう言うと歩き出す榊原先生。


「さっ! 戻るわよ!」


 足取り軽い榊原先生のあとを、困った顔のままの龍仁がついていく。


 榊原先生が本気で気持ちを伝えたことによって、龍仁の気持ちに変化が現れるのか。

 

 それとも、別の誰かが恋愛感情を呼び起こすのか。

 

 どちらにしろ、それはまだ先の話になるだろう……。 

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