第十九話・キャンプに向けて
輝く太陽。青い空。セミの声。
これぞ夏と呼ぶにふさわしい朝。
龍仁は藤田バイク店へ向かっていた。
龍仁に呼ばれた西園寺も一緒である。
「急に呼び出して悪かったな。今朝連絡もらってさ、七海も行くかと思ってな」
「わ、わたしは全然大丈夫だ。い、いつでも呼んでくれ」
会いたいと思っていたところに龍仁からの電話。嬉しくて飛んできたのである。
「ヘルメット重くねえか?」
「大丈夫だ。あ、ありがとう」
西園寺が頬を赤くしながら龍仁をチラチラと見ている。
「し、しかし、偶然だな。お揃いになってしまったな」
二人とも、白のTシャツにジーンズ。見ようによってはペアルックである。
「本当だな。これじゃカップルに勘違いされちまうな」
笑っている龍仁から真っ赤な顔を背ける西園寺。
「わたしは、勘違いされても構わないのだが……」
その小さなつぶやきは、龍仁には聞こえなかった。
そんなやり取りをしながら、二人は藤田バイク店に到着した。
「おやっさーん! 来たぜ!」
「おぅ、早いじゃねえか」
「この日を待ってたからな」
「知ってたさ。ほら、そこに並んでるぞ」
黒と赤のブロスが店頭に並べられていた。
「すごいな。ここまで綺麗になるのだな」
「おぉ、ピカピカじゃねえか」
「当たり前だろ。誰が仕事したと思ってんだ!」
腕組みしながらドヤ顔全開。
「エンジンかけていいか?」
「もちろんだ。おーい哲也! 鍵持ってきてくれ!」
奥に居た南藤が鍵を持って現れた。
「龍仁。お待ちかねの瞬間だな」
二人を交互に見る南藤。
「なんでペアルック?」
「ぐ、偶然だ! べ、別に、ペアルックにしようとしたのではない!」
「そうか。偶然なんだな」
慌てる西園寺を見ながらニヤニヤする南藤。
「いいから早く鍵くれよ」
「はいはい、どうぞお客様」
バイクに跨がり鍵を受けとる龍仁。
鍵を差し込みキーシリンダーを回し、スタータースイッチを押す。
次の瞬間エンジンに火が入る。
「おぉ~いいねぇ~。Vツインの鼓動がたまらねえ」
思わず笑みがこぼれる。
「七海もかけてみろよ」
「そ、そうだな」
緊張しながらエンジンをスタートさせる西園寺。
「か、かかった。ワクワクしてくるな」
「七海。このまま展望台まで試運転と行くか」
「それはいいな。行こう」
「待て待てお前ら。そんな格好で行く気じゃねえだろうな」
何やら手に持って声をかける藤田社長。
「何だそれ?」
「夏用のライダースジャケットだ。そのままじゃ危ねえだろうが」
「このままでは危ないのか?」
「嬢ちゃん。万が一コケたらどうなる? それに、物が飛んでくることもある。暑くても着ときな」
「な、なるほど。確かに危ないな」
「こいつぁ型遅れで売れ残ってたやつだ。持ってけ」
「サンキュー! ありがたく貰ってくよ」
「おやじさんありがとう。感謝する」
早速ライダースジャケットを羽織る二人。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
静かに走り出す龍仁。
「では、行ってきます」
後について走り出す西園寺。
「気をつけて行ってこいよ!」
藤田社長が笑顔で送り出す。
一般道を初めて走る。それは、思った以上の緊張だった。
「仁は平気なのか……」
西園寺には、龍仁が乗りなれたライダーに見えていた。
「と、とにかく安全運転だ……」
そんな西園寺だったが、しばらく走っているうちに少し余裕が出てきた。
「教習所で乗るのと違って気持ちが良いものだな」
風景を楽しむまでの余裕はなかったが、バイクが楽しいと思えてきた。
そして、龍仁と二人で走っている嬉しさが沸き上がっていた。
「いつだったか夢で見たな……。夢で走っていたのは草原だったな」
海が見える展望台への道のり。
木々の間を二台が駆け抜けていく。
他に走っている車両はなく、西園寺には二人だけの世界に感じられた。
しばらく走ると展望台の駐車場へと辿り着いた。
龍仁が停めた横へ西園寺も並べて停める。
「どうだ、七海」
ヘルメットを脱ぎながら西園寺を見る。
「いい気分だ」
笑顔で答える。
「せっかくだから、少し展望台行ってみるか」
「あぁ、行ってみよう」
二人並んで展望台まで歩いていく。
汗ばんだ肌を海からの風が撫でる。
二人は自販機でジュースを買い、並んでベンチに座る。
「七海。バイク楽しいか?」
「あぁ、楽しいな」
「なら良かった」
笑顔の龍仁に見つめられて照れる。
バイクも楽しいが、こうして二人でいることが嬉しい。
二人で眺める海。心地よい潮風。時が緩やかに流れていく。
西園寺には至福の時間。
「さてと、そろそろ行くか」
龍仁の一言でその時間は終わりを告げる。
「そうだな」
先に駐車場へ向かって歩き出した龍仁。その背中を見ながら西園寺が歩いていく。
そして、二人は再びバイクで走り出した。
藤田バイク店へ戻ると、見慣れた車が停まっていた。
二人は、車の近くにバイクを停めた。
「先生来てたのか」
ヘルメットを脱ぎながら声をかける龍仁。
「ここに来てるって情報をつかんだのよ」
「どこで聞いてきたんだよ」
「情報提供者の秘密は守るわよ」
不敵な笑みの榊原先生。
「どうせ麗奈だろ」
「ひ、秘密は守るわよ」
白状したも同然のリアクション。
「で、なんで二人だけで来てるのよ」
「俺と七海のバイクが仕上がったから」
「呼びなさいよ」
「呼んでどうすんだよ」
「呼ばれることに意味があるのよ」
「なんの意味があるんだよ」
たまらず西園寺が二人の間に入る。
「この後、部室まで行くのだったな。そうだな、仁」
「うん? そうだったか?」
「そうだぞ! キャンプの話もあるのだからな。さあ、みんなに連絡して部室に集まろう!」
出来るだけ明るく振る舞う西園寺。
「まあいいわ。確かに、今はキャンプの話が大事だものね」
膨れっ面で西園寺を睨む榊原先生。
何となく申し訳ない気持ちになった西園寺。額の汗が止まらない。
その横で龍仁が電話をかけていた。
「麗奈と真由美は今から部室向かうってよ。健児は学園に居たから問題ない」
「急で申し訳ないが、南藤と美春は大丈夫か?」
「俺はこれが終わったら行くよ。お嬢と一緒にな」
榊原先生が南藤を見つめながら藤田社長に声をかける。
「南藤くんは美春さんが好きなんですよね。お父様はどう思います?」
「哲也が美春好いてんのは分かってんだがよ、どうにもハッキリさせねえんだよな」
「お父様的には南藤くんでいいんですか?」
「そいつぁ美春が決めるこった。俺は口出ししねえよ」
美春の知らないところで父親の交際許可が出ていた。
「先生! 先に行ってるぞ」
龍仁がバイクに跨がりエンジンをかけながら声をかける。
「わたしもすぐに行くわよ」
「では先生、部室でお待ちしてます」
龍仁について西園寺も走り出した。
「羨ましいな……」
走り出した二人を見つめながらつぶやく。
「この年齢差だけはどうしようもないか……」
悲しげな表情で車に乗り込む。
「もっと遅く生まれてたら良かったのに……。でも、そしたら佐々川くんと出会ってないのか」
学園に向けて車を発進させる。
「年齢差なんか気にしてどうする!」
唐突に復活する榊原先生。
「恋に年の差なんて関係ないのよ! わたしは佐々川くんの隣にいたいの! がんばれ理英!」
車は踊るように走り学園に向かっていった。
「龍兄! 遅いのです!」
「ささっち~待ってたよ~」
「龍ちゃん、そのジャケット格好いいね」
部室に入った龍仁と西園寺を三人が出迎えた。
「これか? おやっさんにもらったんだよ」
「仁と色違いだがお揃いだ」
脱いだジャケットを嬉しそうに見せる西園寺。
「お揃いなのはジャケットだけじゃないのです」
「こ、これは偶然なんだ。仁とわたしは気が合うのかもな」
照れながら勝ち誇るという芸を見せる西園寺。
「何気にナナちゃんが積極的なのです。負けてられないのです」
バイクに料理にスタイルなど、麗奈に有利と思える要素が見当たらない。
兄妹として一緒に住んでいるが、家ではあまり交流がないのでは有利な要素とは言えない。
麗奈は焦っていた。このままでは西園寺に負けてしまうと。
「おっ待たせー!」
麗奈の焦る気持ちを吹き飛ばすほどに元気な登場をする榊原先生。
「先生はいつも元気ですね」
「元気すぎるのです。少しはおしとやかにするのです」
「それでは先生の良さが無くなると思うのよね~」
「元気だけが取り柄と言うのは認めているようなのです」
ひとつでも取り柄があることを羨ましく思う麗奈。
それを努力で手に入れた榊原先生に尊敬の念を抱いていた。
「では、早速ですがキャンプの詳細について決めていこうと思います!」
「まず、必要なものの確認からだな。麗奈と真由美でチェックしてくれ」
「了解なのです」
「龍ちゃんのメモでチェックすればいいのね」
「バイクが先行するから、七海は先生とルートの確認しといてくれ」
「先生よろしく頼む」
「任しといて。まずは地図で確認しましょう」
「健児はテントに不具合ないか俺と確認な」
「わかったよ~」
そして、それぞれが確認作業に入ってしばらくした頃、南藤と美春が到着した。
「遅くなったな」
「お待たせしましたぁ」
「美春ちゃん、手伝ってほしいのです」
「二人だと時間かかっちゃってね」
「はぁ~い。お手伝いしますねぇ」
龍仁が南藤の手にある袋を不思議そうに見る。
「それ、何だ?」
「よくぞ聞いてくれました。秘密兵器だ」
「秘密兵器?」
南藤が袋から何やら機器を取り出す。
「簡単に言うと、トランシーバーみたいなもんだな」
「どうすんだ?」
「まずは、これを先生の車に取り付ける」
スピーカーのようなものを机に置く。
「そして、これを龍仁と西園寺が装着する」
ヘッドセットのようなものを机に置く。
「すると、バイクの二人と車とで通信できると言うわけだ」
「へぇ~そんなもんがあるんだな」
「おやっさんから教えてもらったんだよ。さっそく先生の車に取り付けてくるよ」
先生に車の鍵を借りて取り付けに行く。
必要な準備も終わり、明後日の朝に出発することでキャンプ開催が決定した。
「龍兄。そう言えば、まだ二人のバイク見てないのです」
「そういやまだ見せてなかったな。秘密兵器のテストがてらお披露目するか」
全員で部室を出て、車とバイクを置いてある駐車場に集合した。
「ピカピカだね」
「綺麗なのです。二人とも乗ってみてほしいのです」
麗奈に言われてバイクに跨がる二人。
「なかなか絵になるのです」
「二人とも格好いいな~」
「じゃあ、二人はヘッドセット装着してくれ。みんなは車に乗ってくれ」
みんなが南藤に言われた通り動く。
「よし、始めるか」
南藤がスイッチを入れる。
「二人とも聞こえるか?」
「おぉ、バッチリだぜ」
「こんな風に聞こえるのだな。これなら運転しながら会話できそうだ」
「すごいのです。離れてても二人と会話できるのです」
「これならぁ、運転中の二人と連絡取れるねぇ」
みんなが楽しそうに会話するなか、真由美だけは参加していなかった。
このキャンプが、みんなとの最後の思い出になるのか……。
真由美の覚悟は少しも揺らいでいなかった。
だが、告白するタイミングだけは決めかねていた。
できるだけキャンプの楽しい雰囲気を壊したくはない。
そう考えながらみんなの姿を見ていた。
みんなの楽しそうな姿を目に焼き付けておくために。
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