第十八話・新たな覚悟
プールでの出来事から五日後の部室。
「仁、もう着くのか?」
「いま先生から連絡入った。もう来るだろ」
「さあ! まゆちゃんの快気祝いなのです! とっとと準備するのです!」
西園寺と麗奈がテーブルにカップや皿を並べている。
「ジュース持ってきたよ~」
「おぅ、健児ありがとな」
昨日の夜、榊原先生が急に提案した快気祝いパーティー。
準備する時間がなかったため、全員がバタバタしていた。
「お菓子はぁ、ここでいいのかなぁ?」
「お嬢、ケーキそこに置くからお菓子はここに置いてくれ」
「はぁ~い」
快気祝いパーティーと書かれた簡単な看板が取り付けられ、どうにか会場の準備が終わった。
みんながホッとしたところで部室の扉が開く。
「みんなお待たせー! 主役の登場よ!」
榊原先生の後ろから真由美が顔を出す。
「せ、先生恥ずかしいよ」
「何言ってんのよ。今日は彩木さんが主役よ?」
「まゆちゃーん! 早く主役席に座るのです!」
麗奈が奥の椅子を引き、西園寺と美春が席まで真由美を誘導する。
真由美を席に座らせたところで榊原先生が開始の挨拶を始める。
「えぇ~みなさん。今回は、わたしの監督不行き届きでご迷惑をおかけしました」
榊原先生の、真由美は悪くないんだと言う気遣いである。
「こうして、全員が集まれたこの日を嬉しく思います」
「先生、堅苦しいのです」
「そうだな。いつも通りで良いのではないか?」
麗奈と西園寺に突っ込まれてニヤリと笑う榊原先生。
「そうですね! それでは、彩木真由美さん快気祝いパーティー始めまーす!」
「まゆちゃんお帰りなさーい!」
麗奈の合図で部室にクラッカーの音が鳴り響いた。
「何か、申し訳ない気がするよ」
恥ずかしそうな顔をする真由美。
「本当にぃ、無事で良かったよぉ」
「まゆが無事だったことが本当に嬉しいのだ」
「わたしのせいで心配させてごめんね」
頭を下げて謝る真由美に全員がフォローを入れる。
「だから、まゆちゃんは悪くないのです」
「とにかく無事だったんだ。今日は楽しくお祝いしようぜ」
「仁の言う通りだ。今日は楽しもう!」
あの日以来、少し重くなっていた雰囲気を何とかしたいと開催したパーティー。
榊原先生の期待した通り、部室の雰囲気は元に戻ったようだった。
みんなが楽しんでいるなか、龍仁が南藤に声をかける。
「なあ、南藤」
「どうした?」
「ちょっといいか?」
席を立ち、南藤を少し離れたところへ呼ぶ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「何でも聞いてくれ」
少し間を置いて話し出す。
「鼓動が急に早くなるってどんな時だ?」
「はぁ?」
何が言いたいのか南藤には理解できなかった。
「だからさ、急に心臓がバクバクするんだよ」
「龍仁。まずは状況を説明してもらおうか」
「う~ん……」
龍仁は、病院であったことを渋々話した。
目を丸くして固まる南藤。
「お前、それ本気で聞いてるのか? 本当に分からないのか?」
「当たり前だろ。分かれば人に聞いたりしねえよ。病気か何かなのか?」
南藤は口をポカンと開けたまま呆然としていた。
「どうなんだよ。ヤバイ病気なのか?」
我に帰った南藤が笑いながら龍仁に答える。
「まあ、病気と言えば病気だな。ただし、お医者さんじゃ治せない病気だ」
「なんだそれ。不治の病なのか?」
「ある意味不治の病だな」
南藤がニヤリとする。
「でも心配しなくていいからな。俺も同じ病気だからな」
「南藤もなのか? じゃあ知ってるんだろ?」
「知ってるさ」
「教えろよ」
南藤が龍仁の顔を見つめる。
「恋の病だ」
眉間にシワをよせる龍仁。
「真顔で冗談言うんじゃねえよ」
「まっ、そうなるよな」
「俺は本気で聞いてんだぞ」
「もちろん俺も本気で答えた」
「本気で?」
「本気でだ」
二人の間に流れる沈黙の空気。
真剣な顔で南藤が口を開く。
「龍仁。その気持ち、大事にしとけよな」
「何がなんだか全然わからん」
「今はそれでいいさ」
「いいのかよ」
「これが始まりってことだ。とにかく、俺は嬉しいとだけ言っておく」
「何で南藤が嬉しいんだよ」
納得いかない顔の龍仁。なぜか嬉しそうな南藤。
「さて、そろそろテーブルに戻ろうか。この話は今度ゆっくりな」
「納得いかねえ……」
楽しそうに戻る南藤の後を不機嫌そうな龍仁がついていく。
「そうだ! まゆちゃんに返さなきゃいけないのです」
なにやらバッグの中から取り出す麗奈。
「はい、これ。ちゃんと直しといたのです」
取り出したのは、プールで浮いていたヘアアクセサリーだった。
「これ……れなちゃんが持っててくれたの?」
「あの時、まゆちゃんの危機を知らせてくれた恩人なのです。大切にしなきゃなのです」
「ありがとう……もう、無くなったんだと思ってた……」
「真由美ちゃん大事にしてたもんねぇ」
龍仁から貰った初めてのプレゼント。
小学生のとき初めて一緒に行ったお祭りで、龍仁がくじ引きで当てたヘアアクセサリー。
龍仁は必要ないから譲っただけだが、真由美には宝物だった。
すぐさま大切なヘアアクセサリーへ付け替える。
「やっぱりこれがいいな」
ヘアアクセサリーを撫でながら笑顔になる。
「れなちゃん、本当にありがとね」
その満面の笑みに安心する麗奈。いつもの真由美が戻ってきて嬉しかった。
「そう言えば佐々川くん。バイクはまだなの?」
「まだ連絡ないな。南藤、どうなんだ?」
「あとは最終確認だけだって言ってたな」
「では、そろそろ仕上がるのだな?」
「西園寺のも一緒のはずだな」
榊原先生が少し考え込んでから口を開く。
「あのね、二輪車倶楽部としての活動ってあまりしてないよね?」
「今のところ免許合宿くらいだな」
「だよね。そこで提案なんだけど、二人のバイクが仕上がったらキャンプしない?」
「なぜキャンプなのです?」
「夏だから!」
全員が無表情で榊原先生を見つめる。
「それはさておき、キャンプが活動のメインじゃなくて、キャンプ場までのツーリングがメインってことね」
「それなら二輪車倶楽部の活動って感じがするのです」
「二人がバイクで、あとはわたしの車で行けば全員行けるわよ」
「それはいいかも知れないな。仁はどうだ?」
「そうだな。いいんじゃねえか」
全員が納得した顔でうなずく。
「車に乗る人はサポート要員だからね。南藤くんは唯一のメカニックだから責任重大よ」
「任しといてくださいよ」
「彩木さんと藤田さんは、全員の体調管理要員ってところかしらね」
「救急箱とかが必要ですね」
「寒暖差に対する準備も必要になるわねぇ」
「わたしと麗奈さんは食材関係かしらね。調理は女子全員でいいかな」
「了解なのです」
「上達した腕前をお見せしよう。レパートリーも増やしたのだ」
「テントなどの設営は男子にお願いするわね」
「がんばるよ~」
「健児はこういうの得意だからな」
全員の役割分担が決まった。
「場所は遠足で行った山でいいかな?」
「距離的には丁度いいんじゃねえか」
「仁、あの山にはゴローが……」
「それなら大丈夫よ。キャンプ場は遠足で使った山とは反対にあるから。それに、百瀬先生があれから対策したそうよ」
「どんな対策したのです?」
「ゴローの小屋まわりに、百瀬先生の等身大パネルを設置するそうよ。センサーで声も出るらしいわ。キャンプの日が決まったら頼んでおくわね」
「ゴローの涙目を思い出しちまった……」
「そうだな。あの光景は忘れられないな……」
龍仁と西園寺は、百瀬先生に怯えるゴローを思い浮かべていた。
「では、わたしは活動の申請しときますね。今回は活動費も申請できるので、必要な費用はそこから出せるわ」
「食材以外は部室に集めときゃいいな」
龍仁が必要なものを書き出していた。
「テントなら僕んちに何個かあるよ~」
「わたしの家にも山籠り用のがあったな」
「ナナちゃん、山籠りしてたのです……?」
「わ、わたしではない! 父と弟子が山籠りする時のものだ」
「必要なものはぁ、ほとんど持ち寄りで集まりそうだねぇ」
「先生! お風呂かシャワーはあるのです?」
「露天風呂があるわよ」
「キャンプ場に露天風呂……最高なのです!」
「自然の中で露天風呂なんて素敵だね。れなちゃん一緒に入ろうね」
「露天風呂いいね~。混浴なの~?」
麗奈のドロップキック炸裂。
「お前はゴローと一緒に入ってろ!」
和気あいあいとキャンプの計画をたてるメンバーたち。
日時以外はほぼ決まったところでパーティーはお開きとなり、全員で部室の後片付けをして解散となった。
「龍仁の次は真由美ちゃん。なんか快気祝いパーティー続くな」
「今度は何かの記念パーティーとか、そんなパーティーしてえな」
「それじゃパーティークラブになってしまうのです」
「本当だねぇ。今から名前変更しちゃおっかぁ」
美春がいたずらっぽく笑う。
「勘弁してくれよ……」
みんなで笑い声を引き連れて校門を出ていった。
「これが、いい機会かもしれない」
その日の夜。部屋のベッドに腰掛けながら真由美がつぶやいていた。
真由美は、クロであることを告白すると決意していた。
振られると分かっていても、龍仁に気持ちを伝えるために。
「キャンプが終われば独りぼっちかな……」
今までみんなを騙していたことへのケジメをつける。たとえ独りになったとしても。
そう覚悟した真由美は、自分でも不思議なほど落ち着いていた。
人は、何かを失うかもしれないときに、怖さを感じるのだろう。
失うことを覚悟した真由美に、その感情はなかった。
柔らかな笑顔で、手に取った二輪車倶楽部の集合写真を見つめていた。
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