第十六話・浮上

 晴天。これぞプール日和と呼ぶに相応しい太陽の輝き。

 

 部室には、プールへ行くために部員が集まりつつあった。

 

「みんな~おはよう~」

 

「おぅ。久しぶりだな、健児」

 

「チッ、来たのか。夕方まで寝坊してればいいのに」

 

「補習だらけで遊んでないんだよ~。一緒にプール連れてってよ~」

 

「自業自得だ。プールサイドで教科書でも読んでろ」

 

 相変わらず高崎にだけは口が悪くなる麗奈。

 

「れなちゃん……そこまで言わなくてもいいのに」

 

 さすがに真由美も苦笑い。

 

「たまには息抜きさせてやれよ」

 

「龍兄が言うなら仕方ないのです」

 

 そこへ南藤と美春が入ってくる。


「おぉー! 本当にエアコンが付いたんだな」

 

「涼しいねぇ」

 

「相変わらず二人一緒なんだね。もう付き合っちゃえばいいのに」

 

「ば、ばか! なに言ってんだよ! そんなんじゃないからな!」

 

 エアコンの冷気では冷やせないほど顔を赤くする。

 

「違うんだってぇ。哲也くんはぁ、何とも思ってないみたいだよぉ」

 

「いやいやいやいや! そうじゃなくてだな!」

 

「違うのぉ?」

 

「違う! いや、違わない! えっ? 何がだー!」

 

「その辺にしといてやれよ。南藤パニクってるぞ」

 

「からかい過ぎちゃったかな」

 

 真由美が舌を出して美春を見る。

 

「まだまだ先は長いねぇ」

 

 美春が首を傾けて、パニクっている南藤を見つめた。

 

 その時、部室の扉が開いた。

 

「遅れて申し訳ない!」

 

 西園寺が息を切らしながら部室に入ってきた。おかげで、南藤はパニックから立ち直った。

 

「ナナちゃんが一番遅いなんて珍しいのです」

 

「七海ちゃん、何かあったの?」

 

「い、いや。昨晩、寝るのが遅くなってしまってな」

 

「そっかぁ。今日が楽しみでぇ、眠れなかったんだねぇ」

 

「ははは……まあ、そんなところだ」

 

 頭をかきながら天井を見つめる。

 

「先生はまだなのか? わたしが最後だと思っていたのだが」

 

「言い出しっぺなのに遅いのです」

 

「どうしたのかしらね?」

 

 噂をすればと言うやつで、このタイミングで登場。


「みんな揃ってるかなー?」

 

「遅いのです」

 

「ごめんごめん。車借りに行ってたら遅れちゃった」

 

「借りてきたのです?」

 

「わたしの車じゃ全員乗れないでしょ。だから、十人乗りのを借りてきたのよ」

 

「そうか。そこまで考えてなかったな。先生やるじゃん」

 

「それほどでもあるんだけどね~」

 

 龍仁に言われてフニャフニャになる。

 

「くねくねしないで欲しいのです」

 

「じゃあ、行こうぜ!」

 

 みんなワクワクした顔で車に乗り込んだ。

 

 助手席に誰を乗せるのか。榊原先生と麗奈が争ういつもの儀式。

 

 真由美が高崎を助手席に乗せたことで儀式終了。

 

「バカザキも使い方次第で役にたつのです」

 

「高崎くん。補習増やしてあげるわね」

 

「えぇ~ぼく何か悪いことしたの~?」

 

 無事全員の席が決まったところで、車はプールへ向かって走り出した。




 プールに到着。入ってすぐの所にある更衣室へ着替えに向かった。

 

 先に着替え終わった男子が案内板の前に集まる。

 

「結構広いんだな」

 

「遊園地みたいだね~」

 

「健児。迷子になんなよ」

 

「やだなぁ~ささっち~。これだけ見通し良ければ大丈夫だよ~」

 

「大丈夫じゃねえから心配してんだよ……」

 

 そこへ、着替えの終わった女子が集合する。


「龍兄お待たせなのです!」

 

 黄色に白いフリルの付いたワンピース。腰辺りに付いている大きなリボンが麗奈らしい。

 

「佐々川くん。どうかしら?」

 

 紫のビキニでモデルポーズを取る榊原先生。残念ながら大人っぽさは出ていない。

 

「待たせてごめんね」

 

 エメラルドグリーンに青いラインの入ったビキニ。真由美を爽やかに見せる。

 

「遅くなっちゃったぁ」

 

 オレンジに白のリボンが付いたワンピース。シンプルゆえに美春のバストが引き立つ。

 

「ま、待たせたな……」

 

 ワインレッドのワンピース。首元から胸元、そして両脇から腰までがレースになっている。

 

 顔までワインレッドに染めている。


「一気に華やかになったな、龍仁」

 

「彩やかだな。プールに華が咲いたみたいだ」

 

「みんな良く似合うね〜」

 

「バカザキに褒められても嬉しくない」

 

「そんな〜」

 

「七海。なに隠れてんだよ」

 

 一番後ろでモジモジしている西園寺。

 

「い、いや。こういう水着を着るのは初めてでな……」

 

「似合ってるぞ。七海は綺麗なんだから堂々としてろよ」

 

 龍仁に言われて、全身からハートをばら撒きクネクネする。

 

「佐々川くん。先生も褒めなさいよ」

 

「頑張ったな」

 

「それ、褒めてないわよ……」

 

 女子のファッションショーが終わったところで、それぞれが行きたいプールへ向かって行く。


 


「こりゃいいな。ノンビリできるわ」

 

 子供用プールで、風呂に入るかのようにくつろぐ龍仁。

 

 南藤と美春は流れるプールで流れていた。

 

「これがレインボートンネルだな」

 

「すごいねぇ。トンネルの中がネオンでキラキラしてるよぉ。綺麗だねぇ」

 

 榊原先生、高崎、西園寺の三人は、ゴムボートレースを楽しんでいた。

 

「西園寺さん! やるわね!」

 

「先生もなかなかやりますね。だが、勝つのはわたしです!」

 

 驚異的な早さでオールを水面に叩きつける二人。

 

「あの二人は普通じゃないよ~」

 

 遥か後方で泣きながら漕ぐ高崎。


 真由美と麗奈はレインボースライダーへやってきた。

 

「これは外せないのです」

 

「すごいスライダーだね」

 

 初心者用の短いものから、全長四百メートルの上級者用まで、全部で五本のスライダーがある。

 

 上級者用はループやトンネル、上下にうねるスネークストレートなどを通り、最後は巨大プールへダイブする。

 

「まずは初級者用からなのです」

 

「そうだね。いきなり上級者用は怖いね」

 

 まずは初心者用を滑る二人。

 

「もの足りないのです」

 

「あっという間だし、迫力にかけるわね」

 

「上級者用に行くのです!」

 

「いきなり上級者用? れなちゃん大丈夫?」

 

「なめてもらっては困るのです」

 

 不敵に笑う麗奈。


 颯爽と上級者用へ登る。そして、スタートで立ちすくむ麗奈。

 

「上から見ると、とても怖いのです……」

 

「これはすごいね。やめとく?」

 

「下のスライダーで修行してくるのです……」

 

「じゃあ、わたし滑ってくるね」

 

「まゆちゃんはチャレンジャーなのです……」

 

 麗奈は、下のスライダー目指して階段を降りていった。

 

「下で待ってるからね!」

 

 そう言うと、なんの躊躇もなく滑り出した。

 

 四十五度の急勾配を滑り、数々の仕掛けをくぐり抜ける。

 

「すごーい! 楽しいかもー!」

 

 そろそろゴールの大ジャンプに差し掛かろうとしたとき、真由美を異変が襲う。

 

「あっ、痛っ!」

 

 足に激痛が走る。こむら返りである。

 

 次の瞬間、真由美の身体は巨大プールへ放り出された。

 

 ジャンプの直前に足を掴もうとして体勢を崩し、後頭部を水面に強く打ちつけた。

 

 一瞬意識が飛ぶ。足の痛みで気がついた時には、水面が遠くに見えた。

 

 足が上手く動かせない。体全体が思い通りに動かない。

 

 スライダーからの飛び込み用に、巨大プールは深く造られている。

 

 監視員は、他のスライダー前で遊ぶ子供を注意していて気付かなかった。

 

 真由美は、誰にも気付かれぬまま、プールの底へと沈んでいく。


 


 中級者用スライダーを滑り終えた麗奈が周りを見渡す。

 

「まゆちゃん遅いのです。先に来てるはずなのです」

 

 麗奈が下に降りてから滑る時間を考えれば、真由美が先に待っているはずだった。

 

「まだ、滑ってない可能性もあるのです」

 

 もう一度周りを見渡した麗奈の目に飛び込んできたのは、プールに浮かぶ真由美のヘアアクセサリーだった。

 

「まゆちゃん……?」

 

 ヘアアクセサリーの近くに、水中から泡が上ってきていた。

 

 何かがおかしいと思った麗奈がプールの中へ顔を突っ込む。

 

 そして、身動きせず沈んでいく真由美を発見した。

 

 自分では助けられないとすぐに理解した。助けを呼ぼうと顔をあげた時に声が聞こえた。

 

「麗奈、楽しんでるか?」

 

「龍兄! まゆちゃんが沈んでるのです! 早く助けないと!」

 

 次の瞬間、龍仁はなんの躊躇もせずに飛び込んだ。


 


 水面の光が遠くなっていくのを見つめていた。

 

 意識が遠くなっていく中で、脳裏に浮かぶのは龍仁のことだった。


 


 龍ちゃん……好きだよ……。

 こんなことになるなら……ちゃんと伝えればよかった……。


 


 徐々に、目の前が暗くなっていく。

 

 意識が薄れゆく中で、ほんの少し見える光の中に、自分に向かってくる人影が見えた。


 


 りっくん?……クロは……ここに……。


 


 そして、真由美の意識は暗闇に包まれた。




「まゆちゃん! まゆちゃん!」

 

 女性スタッフが蘇生措置を行う横で麗奈が泣き叫ぶ。

 

 異変が起きているのを見て、他の五人も集まってきていた。

 

「おい! あれ、真由美ちゃんじゃないのか」

 

「何があったの?」

 

 南藤と榊原先生が麗奈に問うが、答えは帰ってこない。ただ泣き叫んでいるだけだった。

 

「龍仁!」

 

 青ざめた顔で横たわる龍仁を発見。

 

「どうしたんだ! 何があったんだ!」

 

「すまん……ちょっと気分が……」

 

 そこへスタッフが声をかける。

 

「お知り合いですか? 彼を医務室へ運びますので一緒に来てもらえますか」

 

「わかりました。先生、麗奈ちゃんも連れてきてくれないか?」

 

「そ、そうね。その方が良さそうね」

 

「美春とわたしがここに残る。そっちは頼んだぞ!」

 西園寺と美春が真由美の近くに移動した。

 

 遅れてやってきた高崎は、少し離れたところでオロオロしていた。

 

 しばらくして、スタッフの懸命な措置により、真由美に反応が見られた。


「まゆ! まゆ!」

 

「真由美ちゃん!」

 

 真由美の口が動いた。

 

「りっくん……来て……くれた……クロ……嬉しい……」

 

「えっ?」

 

「真由美ちゃん?」

 

 その言葉を聞いた二人は、それが何を意味するのかすぐに思い当たった。

 

「ま、まさか、あの話のクロと言うのは……」

 

「断定はできないけど、そう思わざるをえないかしら」

 

「この話は後だ。まゆの無事、今はそれが大事だ」

 

「その通りね」


 蘇生した直後に救急車が到着し、真由美は病院へ搬送された。

 

「佐々川くんは、もう大丈夫みたいよ」

 

「そうか。それは良かった。れなはどうしてる?」

 

「ちょっと落ち込んでる。でも、心配しなくても良さそうよ」

 

「とにかく、二人とも無事でよかったよ。西園寺、お嬢、ありがとな」

 

「わたしたちは何もしていない。見ていただけだ」

 

「七海さんとわたしには、何も出来ることはなかったよ」

 

 二人は、力なく返事をした。

 

「じゃあ、みんな着替えたら病院へ寄るわよ。念のため、佐々川くんも看てもらったほうがいいわ」

 

「そうだな。仁も、かなり具合が悪そうだったからな」

 

 西園寺と美春。真由美の言葉に、二人はそれぞれ思い巡らせていた。

 

 この事実を明かすのが良いのか、このまま胸に秘めておくのが良いのか、その答えが見つからない。

 

 朝、あんなに楽しかった車内が、いまは重い空気で押し潰されそうになっていた。

 

 沈黙を乗せた車は、病院へと向かって走り出した。

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