第十四話・知ってた
「早く着きすぎたか」
会えるのが楽しみで、待ち合わせの一時間前に到着した西園寺。
普段Tシャツにジーンズなのだが、今日は黄色のワンピース。
「変じゃないだろうか」
着慣れてないので、似合わないのではないかと気になっている。
「お姉さんヒマしてるの?」
分かりやすくナンパされる西園寺。
「忙しい」
「待ち合わせ? すごい待ってるみたいだけど、すっぽかされたんなら俺らと遊び行かない?」
「お構いなく」
「そんなこと言わないでよ〜。綺麗なお姉さん」
「貴様らに言われても嬉しくない」
「なんだよ。下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「貴様らが勝手に声をかけて来たんだろ。大事な用があるんだ。これ以上わたしに構うな……」
静かで殺気のこもった声で男たちを威嚇する。
睨みつけるその目には炎が燃え盛り、全身からオーラが立ち上る。
「あっ、す、すみませんでしたー!」
身の危険を感じた男たちは高速で消え去った。
「大事な日に邪魔をするんじゃない」
殺気を収める西園寺。
「七海! 待たせたな」
そこへ龍仁が現れる。
「あっ、仁!」
先程のことが無かったかのように、可憐な乙女の笑顔で出迎える。
「だいぶ待ったか?」
「いや、今来たとこだ」
お約束のやり取りを決めたところで歩き出す二人。
「そういや今日は珍しい格好だな」
「そっ、そうか?」
「似合ってるな」
嬉し恥ずかし西園寺。
「そ、そんな世辞など、言わなくて良い……」
「いや、本当に似合ってるぞ。綺麗だな」
溶けて無くなりそうなほど熱くなる西園寺。ホワホワしたまま藤田バイク店まで歩き続けた。
「おやっさーん!」
「おぉ、来たか。嬢ちゃんも一緒か」
「おはようございます」
丁寧に頭を下げる。
「で、どこにあんだ?」
「慌てんなよ。裏に置いてある」
聞いた瞬間に裏の車体置場へ歩き出す龍仁。
「ったく、慌てんなって言ってんのに」
二人も後に続いていく。
「これか!」
黒と赤の二台が並べられていた。
「どっちもエンジンは問題なかった。外装はちょっと手入れねえとだな」
「フォークも問題なさそうだな」
「錆びとりやら色々とやるこたぁあるが、概ね良好だ」
「おやっさんサンキューな」
良く分かってない西園寺はニコニコと眺めていた。
「黒が前期で赤が後期だ。嬢ちゃんはどっちにする?」
「えっ、わ、わたしはあまり詳しくないので……」
「そっちの赤い方が少しハンドル位置が高いんだよ。両方またがってみろよ」
「わかった。あっ、ふ、二人とも、う、後ろを向いててくれないか……」
ワンピースでバイクにまたがる姿は見せたくない。
その意味を察した二人は、少し顔を赤くして後ろを向く。
「どうだ?」
「こっちの赤い方がいい感じだ」
「じゃあ七海はそっちだな」
「嬢ちゃん似合ってるじゃねえか」
「あぁ、いい感じだな」
「そうか。似合ってるか」
照れていた西園寺がハッとする。
「こ、こっちを向くな!」
慌てて後ろを向く二人。
「仁が見たいのなら別に構わないのだが……」
小さな独り言を言いながらバイクを降りる。
「じゃあ、車体はこれでいいか?」
「あぁ、これで頼む」
「これでお願いする」
「よっしゃ! これからバッチリ仕上げてやるからな」
「楽しみだぜ」
そこへ後ろから声がかかる。
「来てたのか、龍仁」
「おぅ、南藤」
「西園寺も来てたのか。そうやって並んでるとデートしてるみたいだな」
「デ、デート……」
沸騰したやかんになる西園寺。
「ほんとだねぇ。七海さんお洒落してるねぇ」
美春の追い打ちで機能停止。
「一緒に車体見にきただけだ。俺とデートなんて七海に申し訳ねえよ」
再起動した西園寺が龍仁に背を向けながら反論する。
「い、いやいや、わたしの方こそ申し訳ない」
美春が西園寺に近づきそっと耳打ちする。
「七海さんの気持ちはぁ、見てたらわかるよぉ。がんばってねぇ」
「あ、はは、はははは……」
なんと答えていいか分からず笑ってごまかす。
「あっ、龍仁。あとで連絡あると思うけど、明日部室でお祝いするから集まれってさ」
「そういや先生お祝い会やるって言ってたな」
「必要なものは先生が用意してくれるってさ」
「わたしたちは何もしなくてよいのか?」
「いいんじゃないかなぁ。二人はお祝いされる方だからねぇ」
そこで龍仁の携帯が鳴り出す。
「おっ、噂をすればだな」
榊原先生からの電話であった。
「はい」
「あなたの先生、榊原ですよ~」
「俺のってこたねえだろ」
「照れなくていいんですよ~」
「わかったわかった。で、明日の件か?」
「あら? 何で知ってるのよ」
「いま藤田んとこで南藤に聞いたんだよ」
「なら話は早い! そう言うことなんだけど、明日は大丈夫かな?」
「大丈夫だ」
「なら良かったわ。あとは西園寺さんだけね」
「七海ならここに居るから伝えとくよ」
「なぜそこに西園寺さんが……?」
「二人でバイク見にきたんだよ」
「何で先生に声かけてくれないのよー!」
「先生バイク買うわけじゃないだろ」
「そ、それもそうね。まあいいわ。西園寺さんに、よろしく! って言っておいて」
「わかった。それじゃ明日また」
「またね~」
携帯をポケットにしまいながら先生からの伝言を伝える。
「それと、先生が七海によろしく! だってよ」
「そうか。ふふっ」
「なんか可笑しかったか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
そう言いながら龍仁に笑顔を向ける。
「そっか。じゃあ、あとはお任せして帰るとするか」
「そうだな。今のわたしに出来ることはなさそうだからな」
二人はおやっさんたちに挨拶して店を出て駅前へ向かって歩き出した。
駅前に着いた二人。西園寺は、もう着いてしまって少し残念な顔。
「じゃあ七海、また明日な」
「あぁ、また明日」
「気をつけて帰れよ」
「仁もな」
手を振り離れていく龍仁。
西園寺は、その後ろ姿が消えるまで見つめている。
「これも、デートということになるのかな」
幸せいっぱいの笑顔で今日のことを思い出していた。
家に向かって歩き出そうとすると、今朝ナンパしてきた男たちが目に入る。
またナンパしているようだが、相手の女の子は困っているようであった。
「君たちは、まだナンパしていたのか?」
「あぁ~ん、うるせ……え……」
「うるさくて申し訳ないな」
満面の笑顔で答える西園寺。
「あっ、いや、その、これは……」
「今日のわたしは機嫌がいい。このまま黙って帰るなら、見逃してやってもよいのだが?」
「失礼しますっ!」
あっという間に消え去る男たち。
女の子は礼を言って立ち去っていった。
「さて、わたしも帰るとしよう」
頭上にハートマークが浮いて見える。そのハートマークを引き連れて、跳ねるような足取りで歩き出す。
「明日も楽しみだ」
翌日の部室。部員全員が集まったところで会が始まった。
「免許取得おめでとー!」
榊原先生の掛け声で一斉にクラッカーが鳴らされた。
「ありがとな」
「みんな、ありがとう」
「さあさあ、大したものは無いけど遠慮せずにどうぞ」
ジュースやお菓子、そして榊原先生が作ったサンドイッチや唐揚げなどが並んでいた。
「あいかわらず先生の料理は旨いな」
「もっと誉めていいのよ~惚れてもいいのよ~」
「その気持ち悪い踊りをやめるのです」
「ほれほれ~そんなこと言う子には、こうだー!」
麗奈の周りを回っていた榊原先生が飛びかかる。
「や、やめるのです! ぎゃははははは!」
くすぐり地獄発動。
「あの二人またじゃれてるよ」
「先生、すごい変わったよな。実習の時とは別人だもんな」
「えっ? 龍ちゃん知ってたの?」
「何を?」
「榊原先生が、えっと、丸メガネだってこと」
「最初見たときにすぐ分かったぞ」
「すごい! 何で分かったの?」
「顔見たら分かるだろ」
「あっ。龍ちゃんはメガネ外したとこ見たんだよね」
「何で知ってんだ?」
「屋上の話、合宿のとき先生に聞いたのよ」
「そっか。そんな訳でさ、ここまで変わるのに頑張ったんだろうなって感心してんだわ」
「仁は知ってたんだな。それでだな……屋上でのことで、他に何か聞いてたりするのか……?」
気になる西園寺。
「そういえば、俺が初恋の人だって言ってたな」
「そ、そそそ、そう、なのか」
「まっ、笑えねえ冗談だな」
「龍ちゃんってこんな感じなのよね」
「それでも、先生は気持ちを伝えていたのだな……」
「れなちゃんだって何度も言ってるんだよ。でも、全然相手にしてないのよ」
「そうなのか。わたしも言ってみようかな……」
真っ赤な顔でモジモジ。
「華麗にスルーされる可能性が高いけど」
「やはりそうなのか……」
肩を落としてしょんぼりする。
「一回くらいであきらめちゃダメだよ。アタックあるのみ!」
「そ、そうだな。あきらめないで頑張ってみよう」
気合いの入った顔で拳を握りしめる。
その後も、騒いで笑ってお祝い会は盛り上がった。
「さて、今日はこの辺でお開きといたしましょうか」
「そうだな。先生、今日はありがとな」
「佐々川くんのためなら、このくらい何でもないわよ」
くねくねしながらハート目で見つめる。
「さっ、龍兄。帰るのです」
手を引っ張って榊原先生から引き離す。
「じゃあまたな!」
それぞれ挨拶しながら帰宅して行く。
真由美は、歩きながら西園寺に言ったことを思い出していた。
自分が出来ないことを人にやれって……わたし、なに言ってんだろうな。
でも、みんなには可能性があるから。わたしは、振られるって知ってるから……。
諦めたはずなのに、心がチクチクと痛む。
自然と流れ落ちる涙。
真由美の心は知っていた。まだ諦めきれていないことを……。
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