第十三話・ついて行きたい

「二人とも、卒業試験合格おめでとう!」

 

 自動車学校の駐車場で、待ち構えていた三人がクラッカーを鳴らす。

 

「おいおい、そんなことにクラッカーなんか使うなよ」

 

「めでたいのです」

 

「普通にやってりゃ合格するさ」

 

「祝ってくれてるのに、そんなこと言うもんじゃないぞ。ありがとう、みんな」

 

「本格的なお祝いは部員全員でやりましょー!」

 

 榊原先生が両手を突き上げる。

 

「そうね。部室で打ち上げだね」

 

「それは良い考えなのです!」

 

「決まり! それでは帰りましょー!」

 

 颯爽と車に乗り込む榊原先生。


「あれ? なんで佐々川くんではなく彩木さんが助手席に?」

 

「ちょっと前に座ってみたくなったの」

 

「まゆちゃんナイスフォローなのです」

 

 後部座席で、龍仁を挟んだ二人がニヤリとする。

 

「謀ったな……麗奈さん!」

 

「あなたは良い仲間ですが、龍兄への気持ちがいけないのです」

 

 腰に手を当てて笑みを浮かべる麗奈。

 

 静かな戦いの火花を散らしながら車は進む。


 


「先生、コンビニなどに寄ってほしいのです」

 

「そうですね。休憩がてらどこかに寄りますか」

 

 しばらくして、開けた場所にポツンとあるコンビニへ車を停める。

 

「ここで少し休憩にします」

 

 そう言いながら降りた榊原先生の前に、スーツの男が立ちふさがる。

 

「免許証見せて」

 

「はぁ? なんであなたに見せなきゃいけないの?」

 

「じゃあこれを見せるので、免許証見せていただけるかな?」

 

 そう言いながら胸の奥から取り出したのは警察手帳だった。

 

「お巡りさんですか。見せるのは構いませんが、何故ゆえに? 違反は何もしていないと思いますが?」

 

 免許証を差し出しながら睨む。

 

「ふむ。二十過ぎてたんだな。中学生が運転してんのかと思ったわ」

 

「中学生だと! 白羽学園教師の榊原理瑛様をつかまえて中学生だと! 良く見なさいよ! 立派な大人よ! もうすぐ彼氏もできる予定のある立派な大人よ!」

 

 目をつり上げ頭から湯気を出し、胸を揺らしながら吠える。

 

「白羽学園? 高谷先生のとこか?」

 

「あら? 理事長先生のことご存じなので?」

 

 高谷志乃たかやしの。それが理事長の名前である。

 

「あぁ、俺の恩師だ」

 

「あら、そうでしたか。ところで、もう容疑は晴れましたか?」

 

「すまなかったな。もう大丈夫だ」

 

「分かっていただければ良いんですよ」

 

「では、お気をつけて。……おや?」

 

 榊原先生の後ろに目を奪われる。

 

「おい! 西園寺じゃねえか」

 

「ど、どうも。お久しぶりです……」

 

 伏し目がちに挨拶する西園寺。

 

「元気そうだな。あの頃のほうがもっと元気だったがな」

 

 そう言いながら豪快に笑う。

 

「や、やすさん! や、やめてくれ……」

 

「七海ちゃん。お知り合い?」

 

「昔……色々と世話になった刑事さんで、保原誠二やすはらせいじさんだ」

 

「お前が暴れた時の出場は俺が良く当たってたな。しまいにゃお前の担当にされちまったよ」

 

「あ、あの頃はその、申し訳なかった」

 

 みんなが、頭を下げる西園寺を見つめる。

 

「ナナちゃん。そんなに暴れてたのです?」

 

「暴れてたってのは言い過ぎだったか。西園寺が悪いってわけでもないし。まあ、荒れてはいたがな」

 

「どういうことなのです?」

 

「人助けしてただけなんだがな。西園寺が相手をボコボコにするって感じなもんで、また西園寺が暴れてるぞって俺に連絡がきてたんだわ。そうかぁ、いっつも寂しそうな顔してた西園寺が、こんな顔するようになるとはな」

 

「も、もうそれ以上は言わないでくれ……」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしがる西園寺。

 

「最近はおとなしいと思ったら、いい仲間にめぐり会えたんだな。よかったな、西園寺」

 

「はい。とても良い人たちとめぐり会えました」

 

「見たことのねえ良い笑顔だ。これで、俺が呼び出されることもなくなるな」

 

 手を振り笑いながら遠ざかろうとする保原刑事が立ち止まる。


「あっ、そうだ。そこの兄ちゃん」

 

「えっ、俺ですか?」

 

「こないだの祭りで救急搬送されたのって、兄ちゃんか?」

 

「たぶん俺のことだと思います」

 

「名前は見てなかったんだが、被害者二人の特徴にそっくりだったもんでな。もう一人は西園寺、お前だな」

 

「はい……」

 

「連中の顔に見覚えあったろ」

 

「えぇ……」

 

「やっぱりか。前にお前がボコった連中だな」

 

 黙ってうなずく西園寺。

 

「ハッキリした証拠がないってんで、連中まだ野放しだ。気をつけろよ。何かあったらここに連絡してくれ」

 

 全員に名刺を渡す。

 

「みんな高谷先生の大事な人たちだ。何かあったら力になるから遠慮するなよ」

 

「なにも無いことを祈ってますが、何かあったら宜しくお願いいたします」

 

 榊原先生が代表して挨拶すると保原刑事は去っていった。


 


「七海にそんな時代があったとはな」

 

 コンビニを出た車の中。龍仁が話し出す。

 

「い、いや、その、あれだ。昔話だ!」

 

「昔話と言うには最近すぎる気がするのです」

 

「でも、人助けだったんでしょ?」

 

「街中で困ってる人を見ると放っとけなくてな」

 

「七海ちゃんらしさってとこかな」

 

「しかし、それが結果として仁たちに迷惑かけることになって……」

 

「気にすんなよ。七海が悪いんじゃねえからさ」

 

「そうだよ」

 

「悪いのはあいつらなのです」

 

「あ、ありがとう。みんな……」

 

「と、言うことでこの話はおしまいな」

 

「おしまいなのです」

 

 西園寺が恥ずかしそうに龍仁を見ていた。

 

「そうだ。先生、ちょっといいかな?」

 

「なになに~なにかしら~」

 

「デレデレしないでほしいのです」

 

「帰りに藤田んとこ寄ってもらえねえかな」

 

「いいわよ〜」

 

 と言いながら残念な顔をする。

 

「なんだ、デートのお誘いじゃなかったのか……」

 

「そんな訳ないのです」

 

「美春ちゃんちに何か用事があるの?」

 

「バイクの事でおやっさんに相談したくてな」

 

「バイク買うのです?」

 

「それを相談するんだよ」

 

「わたしも相談して良いかな?」

 

「もちろんだ。一緒に相談するか」

 

「いっ、一緒にな。じ、仁と一緒にな」

 

 デレデレ全開西園寺。

 

「麗奈も一緒にです」

 

「この流れですから先生も一緒です」

 

「み、みんな一緒にね」

 

 真由美が冷や汗を流す。

 

 何となく張り詰めた感のある車内。

 

 そして、車が藤田バイク店に到着する。


 


「おやっさんいるか?」

 

「おう。免許取れたか?」

 

 藤田美春の父であり、藤田バイク店社長の藤田勝利ふじたかつとし。見た目はゴツイが気のいいおじさんである。

 

「あとは免許センター行くだけだ」

 

「そうかそうか。で、今日は何の用だ? 二人なら今日は居ないぞ」

 

「いいんだ。今日はバイクの件で来たんだ」

 

「うちで買ってくれんのか?」

 

「いいのを安くな」

 

「祝い兼ねてサービスするぞ」

 

「そいつは助かる」

 

 後ろで西園寺が話に入りたそうにウロウロしている。

 

「そっちの嬢ちゃんは?」

 

「は、初めまして。仁と一緒に免許取った西園寺七海と申します」

 

 ペコリと頭を下げる。

 

「あんたがそうか。話にゃ聞いてたが、えらいベッピンさんだな」

 

「そ、そんなことは……」

 

 恥ずかしそうに仁の後ろに隠れる。

 

「で、嬢ちゃんも買うのかい?」

 

「今日のところは相談と言うことでお邪魔した」

 

「おう。何でも聞いてくれ」

 

 そう言うと奥のテーブルに二人を案内した。


「先生には、置いてあるバイクの違いが分からないわ」

 

「ご心配なく。わたしにも分かりません」

 

「もちろん、麗奈にも分からないのです」

 

 とりあえず三人は店内を見て回ることにした。


「そんで、龍は欲しいのあんのか?」

 

「前から言ってたやつを相棒にしようと思ってる」

 

「ブロスか。随分古いやつだな。中古を探すしかないが、いいのが見つかるかなぁ」

 

「程度が悪くてもいいさ。おやっさんと南藤に何とかしてもらうからさ」

 

 ニヤッとする龍仁。

 

「最初からそのつもりだろうが」

 

 おやっさんもニヤッとする。

 

「どんなバイクなんだ? そのブロスとやらは」

 

「これだよ」

 

 龍仁が本を開いて西園寺に見せる。

 

「これがそうか。わたしもこれにしよう」

 

 龍仁と同じにしたいので即決。

 

「嬢ちゃんもか? こりゃ探すの大変だな」

 

「そんなに大変なのか?」

 

「程度気にしなきゃ何とかなるだろうがな」

 

「頼むぜ。おやっさん」

 

「わたしからもよろしく頼む」

 

「わぁったよ。可愛い娘の友人のためだ。必ず見つけ出してやる」

 

「ありがとな」

 

「感謝する」

 

 二人は頭を下げ、店内へ移動する。


 


「もう終わったの?」

 

「探してもらうようにお願いしてきた」

 

「ナナちゃんもお願いしてきたのです?」

 

「仁と同じのをお願いしてきた」

 

 笑顔で頬を赤らめる西園寺を二人が睨む。

 

「そこまで一緒にしなくていいのです」

 

「せっかくだから違うのにしたらどうかしら?」

 

「仁が決めたバイクなら間違いないだろ? だから一緒でいいんだ」

 

 ニヤニヤしながら指をモジモジさせている。

 

「ほらほら、二人とも人の決めたことに文句言わないの」

 

 口を尖らせた二人はブーブー言いながら店をでる。

 

「じゃあ、見つかったら連絡するからな」

 

「あぁ、楽しみに待ってるぜ」

 

 みんなで礼を言いながら店を後にした。

 

 こうして合宿の全行程が終了。

 

 それから三日後の夜、龍仁に連絡が入った。


 


「もう見つかったのか? 早かったな」

 

「全国の知り合いに聞きまくったら意外と早く見つかったわ」

 

「もう車体はあるのか?」

 

「車体は明後日到着する。見に来るか?」

 

「もちろん! じゃあ明後日顔だすからよろしく」

 

 電話を切った龍仁は西園寺に連絡する。


 


 西園寺の携帯が鳴る。

 

「えっ、じ、仁か。な、何だろうか」

 

 思わず正座して電話に出る。

 

「は、はい。こちら西園寺」

 

「おれだ。夜遅くにすまんな」

 

「じ、仁。どうした?」

 

「さっきおやっさんから連絡があってな。明後日車体が届くらしいんだ」

 

「も、もう見つかったのか?」

 

「こんなに早く見つかるなんて思ってなかったぜ」

 

「そ、そうだな」

 

 龍仁と電話で話すことが初めてで、声が上ずり上手く話せない。

 

「それでな、明後日見に行くんだが、七海も一緒に行かねえかと思ってな」

 

「えっ、あっ、わ、わたしと、じ、仁でか?」

 

「あぁ、二人でだ」

 

 顔が赤くなっているのが自分でも分かるくらい熱い。

 

「あ、あぁ、そうだな。ぜひ、い、一緒に行こう」

 

「相棒に会えるのが楽しみだぜ」

 

「そ、そうだな。会えるのが、た、楽しみだ」

 

 西園寺が楽しみなのは、龍仁に会えることである。

 

「じゃあ明後日の十時に駅前でな」

 

「あっ、じゅ、十時だな。わ、分かった」

 

「じゃあな」

 

「で、ではまた」

 

 電話が切れる。

 

 しばらく携帯を眺めていたが、じわじわと顔がにやけてくる。

 

「二人きりか」

 

 クッションを抱き締め床を転げ回る。

 

「少しでも、仁の近くに居たい……」

 

 クッションを抱き締めたまま窓の外を見ていた。

 

「仁……好きだ……」

 

 輝く月を見ているうちに瞼が閉じられていく。

 

 そして、微笑みを浮かべて眠りにつく。

 

 草原の中を、一緒に走る夢を見ながら……。

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