第十二話・一緒

 合宿免許は予定通り順調に進み、明日が最終日となった。

 

「二人とも無事に免許取得できそうで良かったね」

 

「何だかんだで楽しかったよ」

 

「仁は楽々こなしてたが、わたしは必死だったぞ」

 

 調理しながら七海が話しかける。

 

「ニーグリップだクランクだなどと、聞き慣れない単語が多くて大変だったんだぞ」

 

「その割にはすぐに適応してたじゃないか。センスあるんじゃないのか?」

 

「そ、そうかな?」

 

 褒められて照れる。

 

「料理もセンスあるんじゃないのか? 旨い肉じゃがも作れるようになったしな」

 

 褒められて更に照れる。真っ赤な顔で、肉じゃがよりも多くの湯気を出している。

 

「毎晩の肉じゃがも今日で最後なのです」

 

 麗奈がややゲッソリした表情でつぶやく。

 

「でも、確かに美味しいよね。ここまで出来るとは思ってなかったよ」

 

「それは先生の指導がいいからですね〜」

 

 榊原先生の手柄アピール。

 

「さっ! 最高傑作ができたぞ!」

 

 榊原先生の作った料理の真ん中に肉じゃがが置かれる。

 

「旨そうだな。いただきまーす」

 

 合宿最後の晩餐を、みんなでワイワイしながらいただいた。


 


「ごちそうさん! じゃあ風呂入ってくるわ」

 

「いってらっしゃいなのです」

 

 そう言いながら榊原先生の服をガッシリと掴む麗奈。

 

「先生、信用されてないのね」

 

 ウルウル顔で麗奈を見つめる。

 

「他の事はともかく、龍兄に対する行動には信用してないのです」

 

 麗奈が少し照れた表情で榊原先生を見る。

 

「でも、先生のことは嫌いじゃないのです」

 

 二年前の話を聞いて、少し榊原先生を見る目が変わった麗奈。

 

「麗奈さ〜ん」

 

 麗奈に抱きつき頬をスリスリする。

 

「や、やめるのです!」

 

「子供がじゃれてるみたいだね」

 

「そうだな。でも、楽しそうでいい」

 

 二人は微笑ましく見つめている。


「ところでナナちゃん」

 

「なんだ?」

 

「いまのナナちゃん見てると、入学式のナナちゃんが不思議なのです」

 

「そ、そうかな」

 

「そうなのです。あれが本当のナナちゃんだと思えないのです」

 

「確かにそうね。いまの七海ちゃんが自然に感じるもんね」

 

「そうか。分かってしまうのか」

 

 恥ずかしそうに下を向く西園寺。

 

「人と関わることが怖かったんだ」

 

「怖い?」

 

「怖がってるようには見えなかったのです」

 

「人が怖いと言うことではないんだ。関わりを持つことが怖かったんだ」

 

「難しくて麗奈には分からないのです」

 

 麗奈が腕組みをして考え込む。

 

「そうだな。これだけでは分からなくて当然だな」

 

「訳ありなんだよね」

 

「先生に話してごらん! 受け止めてあげるから!」

 

 西園寺が、困った顔になりながら頭をかく。

 

「今まで誰にも話したことがないんだが……みんなになら話せそうだ」

 

「ナナちゃんが嫌なら無理に話さなくてもいいのです」

 

「大丈夫だ。つまらない話だが聞いてくれ」

 

 三人が正座して西園寺のほうへ体を向ける。


「小さい頃から空手の鍛錬で遊ぶ時間などなくてな。友達と呼べる子は誰もいなかったんだ」

 

 三人の顔を見るのが恥ずかしくて、下を向いたままの西園寺。

 

「学校で楽しそうにしてるみんなが羨ましくてな」

 

 少し顔をあげる。

 

「ある日、上級生にからまれてたクラスの女子を、ケンカまでして助けたことがあったんだ」

 

 三人が納得の表情でうなずく。

 

「それから、その子と良く話すようになって、わたしは友達ができたと思って嬉しかったんだ」

 

「それは良かったのです」

 

「いや、それがわたしの勘違いの始まりだったんだ」

 

 寂しそうな顔で麗奈を見る。

 

「こうすれば、わたしにも友達ができると」

 

「力に頼っちゃったんだね」

 

「まゆの言う通りだ。何かあれば頼られるようになり、その度に力で解決してたんだ」

 

 軽いため息をつく。

 

「いま思えば、とても友達とは言えない関係性だった。気がつけば、友達だと思ってた子は居なくなってた」

 

「どうしてです?」

 

「わたしの事が怖くなったんだろうな。面白い話題を持っている訳でもない。学校が終わればすぐに帰る。一緒に居て何の得もなかっただろうしな。それならそれで良かった。それだけなら、な……」

 

 少し涙ぐんで下を向く。

 

「それまで助けた子たちも含めて、陰口を言われるようになってたんだ。ゴリラ女、暴力女、サイボーグ女、極道の女、プレデターなんてのもあったな」

 

「女の子に言うことじゃないのです」

 

「猫の下着のこともバカにされてな。それを言いふらしてたのが、最初に助けた女子だったんだ。好きなものをバカにされたこと、友達だと思ってた子に裏切られたこと、それが悲しくて悔しくて……」

 

「非道ここに極まれりなのです」

 

「悔しくて、その子に言い寄ったんだが、それが決定打になった。もう、誰もわたしには話しかけなくなったんだ」

 

「そうだったのね……」

 

「それをキッカケに、みんなの見た西園寺七海が出来上がった。友達と言うものが分からなくなった。それに、あんな思いをするのなら、もう友達なんか要らないって思ったんだ」

 

「でも、本当は友達が欲しかったんだよね」

 

「欲しかった。だが、何が友達か分からないから、どうしていいか分からなかったんだ」

 

 堪えてたものがこぼれ落ちてくる。

 

「みんなに話しかけられたとき、本当は嬉しかった。でも、またあんな思いをするんじゃないかと怖かった。だが、みんなと一緒にいるうちに、その不安がなくなっていった」

 

 涙を流してはいるが、とても嬉しそうな笑顔で真っ直ぐ前を向く。

 

「あの時、声をかけてくれてありがとう。みんなと出会えて良かった。これからもよろしく頼む。ずっと、ずっとみんなと一緒にいたいんだ」

 

「ナナちゃん! ずっと一緒なのです!」

 

「そうよ。ずっと友達だよ」

 

「まゆ……れな……ありがとう」

 

 こんな時でも麗奈は忘れない。

 

「友達であっても龍兄のことは話が別なのです」

 

 後ろを向いてつぶやく。

 

「西園寺さんも、佐々川くんに救われたのね」

 

「仁には色々と助けられた。これからは、わたしが仁を助けてあげたいんだ」

 

「そっか。西園寺さんもライバルか〜。強敵だな〜」

 

「ん? なぜ先生のライバルになるのだ?」

 

 真由美と麗奈がハッとする。

 

「だって、佐々川くんのこと好きなんでしょ?」

 

 二人が慌てて榊原先生に襲いかかったが間に合わなかった。

 

「えっ? わたしが、仁のことを、好き?」

 

 キョトンとした顔をする。

 

「どう、考え、て、もそう、じゃ、ない?」

 

 二人に押さえ込まれながら話を続ける。

 

「好き? 好きなのか? わたしが仁を?」

 

 真由美が息を切らしながら麗奈を見る。

 

「ここまで来たら気づいてもらいましょ」

 

「もう、ごまかしきれないのです」

 

 榊原先生を縛り終えた二人は西園寺の前に座る。

 

「七海ちゃん。今から言うことを想像してください」

 

 真由美が真剣な顔で見つめる。

 

「わ、分かった」

 

「南藤くんと二人きりで手をつなぎながらデート」

 

「う〜ん。何かピンとこないな」

 

「高崎くんと二人きりで腕を組んでデート」

 

「弟ができたみたいで面白いな」

 

「龍ちゃんと二人きりで食事」

 

「じ、仁と二人きりで、しょ、食事? いや〜それは何と言うか、楽しいとか、嬉しいとか、恥ずかしいとか、何と言うか〜」

 

 真っ赤になってデレデレしている西園寺を、二人が呆れた顔で見る。


「今のでハッキリしたんじゃない?」

 

「龍兄の時だけ、明らかに反応が違うのです」

 

 まだ真っ赤な顔の西園寺。

 

「そっ、そうか。仁のことを考えると鼓動が早くなるとか、一緒に居ると嬉しいとか、これは好きってことだったのか……」

 

「好き以外の答えある?」

 

「好き以外の答えはないのです」

 

 真っ赤になって固まっている西園寺。

 

「やっぱり、言わないほうが良かったかな?」

 

 麗奈の顔を見る。

 

「機能停止してしまったのです」

 

 龍仁に対して、普通に接することが出来なくなるのではないかと心配していた二人。やはり、まだ言うべきじゃなかったのかと思ったその時。

 

「そうか! これがわたしの初恋と言うことだな!」

 

 キラキラした顔で立ち上がる西園寺。

 

「あれ? 何か心配してた反応とはほど遠いのです」

 

「生き生きしてるね」

 

 麗奈を見つめる西園寺。

 

「麗奈! すまない! 一度違うと言ったが、わたしは麗奈のライバルになるらしい!」

 

 麗奈に拳を突き出す。

 

「ふふっ。望むところなのです!」

 

 シャドウを開始する麗奈。

 

「わたしを忘れてもらっちゃ困るわね!」

 

 縛られたままの榊原先生が名乗りをあげる。

 

「心配して損しちゃった」

 

 元気な三人を見て微笑む真由美。

 

「諦めたからかな……少し、楽になってる気がするな……」

 

 騒がしい三人のおかげで、その声は誰にも聞こえなかった。


「ずっと一緒がいいと言っても、好きな人まで一緒じゃなくていいのです!」

 

「それもそうだな。しかし、好きになったものは仕方がない!」

 

「こんなにライバルが多いとはね。さすが佐々川くん、わたしが惚れるのも無理ないわね! って言うか、いい加減このロープ解きなさいよ!」


 こうして、お互いにライバルと認めあった三人の争奪戦が本格的に始まったのである。

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