第九話・なぜ?

「みなさんお待たせしました!」

 

 夏休みが始まって三日目の朝。学園の駐車場に龍仁、西園寺、麗奈、真由美が集合していた。

 

「遅れてごめんね!」

 

 夜遅くまで持参する服を選んでいた榊原先生。寝坊したとは言えない。

 

「先生が運転してる姿はいつ見ても驚くよな」

 

「人が乗ってないように見えるよね」

 

 榊原先生が乗っているのはレンジローバー。外から見ると、顔が何とか見える程度である。

 

「ナナちゃんが運転したら似合いそうなのです」

 

「そうか。なら車を買う際の参考にしておこう」

 

「あれ、結構高い車だぞ」

 

「そんなに高いのか?」

 

「前に親父が欲しがってたんだがな、一千万とか言ってたぞ」

 

「そ、それは、なかなかだな……」

 

 それぞれの荷物を車の後ろに積み込み、乗り込もうと前へ移動する。

 

「どうぞ、佐々川くんはこちらへ」

 

 助手席のドアを開けて笑顔で手招きする榊原先生。

 

「なぜ龍兄が助手席なのか説明を要求するのです」

 

「佐々川くん大きいから、後部座席じゃ窮屈でしょ?」

 

「ナナちゃんも大きいのです」

 

「西園寺さんスリムですからね」

 

「どこでもいいじゃないか。一緒にいるのは変わりないだろ」

 

 麗奈はプイと横を向き口を尖らせる。

 

「そう言う問題じゃないのです」

 

「れなちゃん。こんなとこで揉めてても仕方ないでしょ」

 

「さっ、出発しますよ!」

 

 ふてくされる麗奈を後部座席に押し込んで出発する。

 

「ところで七海」

 

「なんだ?」

 

「バイクについて予習したか?」

 

「あぁ、仁に貸してもらった本で予習したぞ」

 

「そうか。では質問だ。右手には?」

 

「アクセルと前輪ブレーキ!」

 

「左足は?」

 

「ギアチェンジ!左手がクラッチで右足が後輪ブレーキ!」

 西園寺のドヤ顔が決まった。

 

「初歩はちゃんと予習したみてえだな。えらいぞ」

「いやぁ~それほどでも」

 

 ドヤ顔からのデレデレ全開。

 

「何か呪文みたいだね」

 

「日本語で話してほしいのです」

 

 真由美と麗奈が眉間にシワを寄せる。


「バイクって難しそうなのね」

 

「顧問なら勉強したほうがいいと思うのです」

 

「なにも知らないのは良くないですよね」

 

 後ろから冷たい視線を感じる榊原先生。

 

「そ、そうですね。べ、勉強しますね〜」

 

 龍仁へ近づくために顧問を買って出た榊原先生。バイクには全く興味がない。

 

「そうだ! 佐々川くんに色々教えてもらおう!」

 

「龍兄は忙しいのでご自分でどうぞなのです」

 

「そ、そうですね。自分で勉強しますね〜」

 

 敵対心剥き出しの麗奈であった。

 

 そして学園を出発して二時間。人里離れた自然たっぷりの目的地へ着いた。

 

 目の前に現れた建物は、別荘というイメージからはほど遠いものであった。


「純和風建築物だね」

 

「いい感じじゃねえか」

 

「道場って書いてある別荘を見るのは初めてなのです」

 

 ここは、西園寺家が別荘代わりに使っている古い道場である。

 

「先生はこう言う感じ大好きです!」

 

「見た目は古いが設備は新しいものが設置されている。安心してくれ」

 

「とりあえず荷物運んでしまおうぜ」


 天井が高く、ここで宴会が出来そうなほど広い玄関を通り、長い廊下を歩いていく。

 奥へ進むと旅館のような造りになっており、廊下の左右に部屋が並んでいた。


「どこでも好きな部屋を使ってくれ。布団などは押し入れに入っている」

 

「これはなかなかですな。先生驚きです」

 

「お風呂がお部屋にあるのか気になるのです」

 

「風呂は大浴場だけだ。男女別ではないから交代で入る事になる」

 

「先生は〜佐々川くんと一緒でもいいですよ」

 

 ヨダレを垂らしながらニヤける榊原先生に、女子の冷たい視線が集中する。

 

「じょ、冗談ですよ〜冗談」

 

「油断も隙もあったもんじゃないのです」

 

「リストのトップにしておいたほうがいいんじゃない?」

 

「リストってなんだ?」

 

 遅れてやってきた龍仁が後ろにいた。

 思わずビクッとする麗奈。

 

「な、何でもないのです。龍兄は麗奈が守るから安心していいのです」

 

「何の話だよ」

 

「龍ちゃんは気にしなくていいの。女同士の話だよ。ねぇ~れなちゃん」

 

「そうなのです。気にしなくていいのです」

 

「なんだそれ」

 

 その後、麗奈が勝手に部屋割りを発表する。

 

 龍仁が一番奥の部屋、離れて真由美、麗奈、西園寺を挟み、榊原先生が龍仁から一番離れた部屋となった。



 

「じゃあ買い出し任せたぞ」

 

「任せろ。わたしが案内するから大丈夫だ」

 

「佐々川くんも一緒に来ればいいのに」

 

 ブツブツいいながら車を発進させる榊原先生。

 

 要注意者引き離しに成功した二人はハイタッチ。

 

 残った女子二人は食堂と呼ばれる部屋と調理場を掃除する。

 

 龍仁は玄関先を掃除することにした。

 

「まゆちゃん」

 

「なに?」

 

「先生がなぜ龍兄を狙うのかナゾなのです」

 

「そうだね。一目惚れとか?」

 

「こう言っちゃなんですが、龍兄は一目惚れされるほどイケメンではないと思うのです」

 

「それもそうね」

 

 麗奈が目を細めながら真由美をみる。

 

「そこで素直に納得されるのも悲しいのです」

 

「あはは、なんかごめんね」

 

「それはさておき、先生には一度探りを入れてみたいのです」

 

「その意見には賛成よ」

 

「さっそく今晩辺り行動開始なのです」

 

「わかったわ。今晩、女子会という形で先生お誘いしましょ」

 

 こうして二人の計画は決行されることとなった。




「ごちそうさんでした! 旨かった!」

 

「先生、料理上手なんですね」

 

「意外なのです」

 

「わたしは全く料理ができないので尊敬する」

 

「先生の料理には愛が入りまくってますから~」

 

 デレデレと体をくねらせる榊原先生。

 

「じゃあ、俺は風呂入ってくるわ」

 

「先生が背中流して……冗談ですよ~」

 

 突き刺さる視線を感じた榊原先生。

 

「先生は麗奈たちと入るのです」

 

「お風呂で女子会だね」

 

「女子会! そうか、女子会か!」

 

 今まで女子会と言うものとは無縁の西園寺はテンションが上がる。

 

「じゃ、お風呂までに洗いもの片付けちゃおうね」

 

「そうだな。料理できないぶんは後片付けで頑張るとしよう」

 

 真由美と西園寺が食器を片付けているあいだ、麗奈は榊原先生をマークしていた。

 

 そして片付けが終わり、龍仁が上がったのを確認してお風呂へ向かう女子会メンバー。

 

 作戦開始である。




「うわぁ~広い~すごいのです~」

 

「すごく立派なお風呂ね」

 

 旅館の大浴場と遜色ない光景がそこにはあった。

「父のこだわりなんだ」

 

「それはそうと、ナナちゃんスタイル良すぎなのです」

 

 筋肉質だが柔らかくしなやかなラインは、女性でも見とれるほど綺麗である。

 

「そそ、そんなにジロジロ見ないでくれ! 恥ずかしいではないか……」

 

 顔を赤くする西園寺に榊原先生が一言。

 

「お胸のサイズはBあたりですかな」

 

「な、なんでわかるのだ!」

 

「先生には何でもお見通しです」

 

 調子にのって続ける榊原先生。

 

「真由美さんはC! 麗奈さんはA!」

 

 ドヤ顔で突きだしたその胸はDである。

 

「おのれ、ロリ体型で巨乳とは……これで勝ったと思わないでほしいのです!」

 

「これは女性としての魅力のひとつではないかしら。ほ~ほっほっほ!」

 

「わ、わたしは、何とも思ってないぞ。むしろ、邪魔にならなくて助かっている……のだ」

 

 西園寺の目に涙が光る。

 

「早く湯船に入ろうよ。風邪ひいちゃうよ」

 

 真由美の一言で一時休戦となり、みんなで湯船に浸かる。


 お風呂を堪能してるなか、麗奈が突然口を開く。

 

「先生、質問があるのです」

 

「なんですか? 彼氏ならまだいませんよ。候補ならいますが」

 

 にやける榊原先生。

 

「それです。なぜ龍兄なのです?」

 

 麗奈のど直球質問。

 

「そっか。不思議……だよね」

 

「えぇ。一目惚れではないんですよね」

 

「そうね。それは違うわね」

 

「入学から三ヶ月。龍兄と話してるのもあまり見たことないのです」

 

 榊原先生がちょっと遠い目をしながら答える。

 

「初めて会ったのはね、二年前なのよ」

 

「えっ。二年前?」

 

「どこで会ったのか今すぐ白状するのです」

 

「西園寺さんは学園で会うのが初めてだけど、二人とも二年前に会ってるのよ」

 

 真由美と麗奈が顔を見合わせる。

 

「れなちゃん覚えてる?」

 

「まったく記憶にないのです」

 

「ははっ、やっぱり分かんないよね。これならどうかな?」

 

 みんなに背を向け、ポーチから何やら取り出し顔に付けている。

 そして、手で髪をつかんでお下げ風にして振り向く。

 

「これなら思い出せるかな?」

 

「あっ、二年前ってまさか!」

 

「まゆちゃん! 思い出したのです! 丸メガネなのです!」

 

「丸メガネか〜。懐かしい呼び名だな〜」

 

「ちょ、ちょっと待って待って! 変わったどころじゃないよ! もう別人じゃないですか!」

 

 困惑する西園寺。

 

「知り合いだったのか?」

 

「教育実習でね、佐々川くんたちの中学校にお世話になったのよ」

 

「そうでしたか。れなとまゆは、全く分からなかったのか?」

 

「ナナちゃん。先生はあの時と別人のようになってるのです」

 

「外見もだけど、性格まで別人のようなのよ」

 

 少し照れたように頭を掻いている榊原先生。

 

「不思議だよね~。いい機会だから、なぜこうなったか話そっか?」

 

「よろしくお願いするのです」


 二年前、榊原先生に何があったのか。なぜ龍仁に心奪われているのか。

 

 いま、お風呂女子会の湯船で語られるのであった。

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