第八話・足りないもの

「佐々川、ちょっといいか」

 

 昼休憩で廊下に出た龍仁に、百瀬先生が声をかける。

 

「先日の二輪車倶楽部の件だが、理事長から許可が出た」

 

「ありがとうございます!」

 

「活動するにあたって部室が必要だろう」

 

「それは欲しいです」

 

 百瀬先生の顔に笑みが浮かぶ。

 

「運動場の端に使われなくなった倉庫がある。そこでよければ使っていいとのことだ」

 

「本当ですか!」

 

「ただし、かなり汚れているうえ、あちこち破損している。清掃と補修を部員でやるのが条件だ」

 

「わかりました。部室は自分たちが責任もって管理します」

 

「よろしく頼む」

 

「佐々川くん、よろしくお願いします!」

 

 榊原先生が嬉しそうに声をかける。

 

 万全とは言えないが、こうして二輪車倶楽部はスタートすることができた。

 



「聞いてはいたが、こりゃボロいな」

 

 南藤が顔をしかめる。

 

「部室が与えられるだけありがたいさ」

 

 その日の放課後から、さっそく部室の清掃に取りかかる。

 全員ジャージに着替えて臨戦態勢である。

 

「よし、男子は中の不用品を運びだそう」

 

「じゃあ、女子は掃除から始めよっか」

 

 龍仁と真由美が指揮を取るかたちで始まった。


 大量のほこりが舞い上がるなか、女子が奮闘する。

 

「ほこりで視界が悪いのです。みんなの頭が白髪になるのです」

 

「そうだねぇ、これは予想以上に大変だねぇ」

 

「窓が開けばいいんだけど、壊れちゃって開かないからね」

 

 三人が軽快にパタパタしてるなか、西園寺がビクビクと警戒しながら掃除している。

 

 時々「ひっ」「ひゃっ」「ひぃ~」と小さな悲鳴をあげている。

 

「そうだった。ナナちゃんは虫が苦手なのでした」

 

 小さな虫があちこちで動きまわっていた。


「あっ、ナナちゃん! 肩に!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!」

 

 ダッシュで倉庫を飛び出す西園寺。

 

「ほこりが、って言うつもりだったのです」

 

 ニヤっとする麗奈。


 息をきらせて戻る西園寺。

 

「七海ちゃん大丈夫? あっ、足元」

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!」

 

 今きた方向へダッシュする西園寺。

 

「気を付けてね、って言おうと思ったのに」

 

 ニコっとする真由美。


「もぅ~七海さんにいじわるしないのぉ」

 

「ごめんなさい。テヘペロなのです」

 

「ごめんね。七海ちゃんの反応があまりにもいいもんだから」

 

 そこへ、息をきらせた西園寺が泣きながら戻る。

 

 二人が西園寺に謝ってから清掃を再開した。


「これで全部運び出せたかな」

 

 南藤が一息つきながら額の汗を拭う。

 

「この中で使えそうなもんあるか?」

 

 龍仁が運び出したものを眺める。

 

「イスやテーブルになりそうな物ならあるな」

 

「ねえねえ~。木材とか使っていいのかな~?」

 

 運び出した物を見ながら高崎が二人に聞く。

 

「中にあるものは、好きにしていいって言ってたぞ」

 

「じゃあさ~、棚とか作っちゃっていいかな~?」

 

「そうか。健児は工作とか得意だもんな」

 

「そりゃいいな。健児頼んだぞ」

 

「まかしといて~」

 

 そこへ遠くから声が聞こえる。


「みんなお疲れさまー!」

 

 何やら両手にぶら下げた榊原先生がやってくる。

 

「飲み物とか持ってきたから休憩しない?」

 

「おぉ、先生気が利くじゃん」

 

 龍仁に褒められてデレデレする。

 

「麗奈は休憩に大賛成なのです」

 

「そうだね。休憩しよ」

 

 倉庫にあったブルーシートを敷き、みんなが輪になって座る。


 どんな部室にするかを話しあいながら休憩する。

 

「電気は通ってるから電化製品は使えるな」

 

「トイレが近いのはラッキーだったぜ」

 

「水道があればぁ、良かったのにねぇ」

 

「水飲み場が近くにあるよ」

 

「麗奈はベッドが欲しいのです!」

 

「却下だ」

 

 口を尖らせる麗奈。

 

「最初は必要最低限で始めよ。先生も協力するから」

 

「少しずつ進もう。まだ始まったばかりだ」

 

「七海の言うとおりだな」

 

 休憩を終えて再び清掃作業に戻る。


 


「今日はここまでにしとくか」

 

「そうだね。もう時間遅いしね」

 

「よし! 今日は終了としよう!」

 

 西園寺に笑顔が戻る。

 

「それでは皆さん、気をつけてお帰りください!」

 

「先生、明日もよろしく!」

 

「佐々川くんに言われちゃ断れないわね〜」

 

 頬赤くして龍仁を見る榊原は乙女である。

 

「まゆちゃん」

 

「なに?」

 

「先生の龍兄を見る目が怪しいのです」

 

「言われてみれば、ウットリしてる気がするわね」

 

「これは要注意者リストに登録なのです」

 

「えっ? そんなリストあるの?」

 

「登録第一号はナナちゃんなのです」

 

「先生は?」

 

「本日付けで第二号に登録なのです」

 

「これ以上増えないといいね」

 

 その一言は自分の願いでもあった。


 


 この後も、清掃と補修の日々は続いた。

 

 龍仁と南藤は壁や天井を補修し、高崎は棚やテーブルなど作成し、女性軍はお茶会ができるように必要なものを揃えていった。

 

 西園寺はお茶会に必要なものではなく、虫対策に必要なもの中心に揃えていった。

 

 作業開始から一週間。ようやく部室らしい場所が出来上がってきた。


 


「なんとか部室っぽくなったな」

 

「ちょっと殺風景だけどねぇ」

 

 イスやテーブル、棚にカップや湯沸かしポットなど、お茶会をするには問題ない。

 

「これじゃ何部か分からないよね」

 

「元倉庫だけあって華やかさにかけるのです」

 

「ポスターとか貼ったらどうかな~」

 

「いいなそれ。バイク雑誌なんかも置こうぜ」

 

 それぞれ案を出しあい決めていく。

 

 カーテンやカーペットなどは女性軍の意見を尊重し、二輪車倶楽部らしい雰囲気は男性軍が考えることになった。


「あとは、バイクなんか飾れると一気に雰囲気出るんだけどな」

 

「それは実現させるさ。だが、それ以前の問題があるんだが」

 

「なんだ?」

 

 一呼吸おいて、龍仁が難しい顔で話し出す。

 

「この中で、免許持ってるやつ居るか?」

 

 全員の動きが止まる。

 

「だよな。つまり、現在の二輪車倶楽部で扱えるのは自転車だけだ」

 

「どうする?」

 

「いま免許取得できる年齢なのは、俺、南藤、真由美、七海の四人だ」

 

「俺はおやっさんの手伝いするのに必要だから取るつもりだ。でも今じゃないかな」

 

「大きいバイク乗るつもりはないよ。スクーターなら乗ってみたいかも」

 

「バイクの免許とは簡単に取れるものなのか?」

 

「車の免許よりは時間がかからないはずだ」

 

「そうなのか。どうしたものか」

 

 悩む西園寺。

 

「俺は、夏休みになったら免許を取る。合宿免許でな」

 

「わたしも免許を取ろう! その合宿とやらで!」

 

 西園寺即決。

 

「なら一緒に行くか?」

 

「そ、そうだな。ならば、ご、ご一緒させてもらおうか」

 

 顔を赤くする西園寺に、麗奈と真由美が氷点下の視線を向ける。

 

「うら若き男女が二人で合宿など言語道断だと麗奈は思うのです」

 

「そうね。さすがに二人で合宿とかどうかと思うな」

 

 二人の言葉には感情の起伏がない。

 

「私の出番のようね!」

 

 突然現れる榊原先生。

 

「確かに二人だけでと言うのは先生もどうかと思うのよ」

 

 そして歩み寄り、仁王立ちになって宣言する。

 

「そこで、先生も付き添います!」

 

「しかし、先生にご迷惑をお掛けしては申し訳ない」

 

 二人で行きたい西園寺。

 

「いいえ、顧問として当然のこと! 遠慮は無用よ!」

 

「では麗奈も付き添うのです」

 

「れなちゃんが行くならわたしも行こうかな」

 

 二人で行かせたくない三人。

 

「いいんじゃないか? 大勢のほうが楽しそうだしな」

 

 龍仁の一言で決まりである。

 

 西園寺は頬をふくらませ残念そうな顔。


「よし! 二輪車倶楽部の初活動は、免許取得夏合宿だ!」

 

「俺とお嬢は例のごとくショップの手伝いで行けないからな」

 

「一緒に行きたかったなぁ」

 

 残念そうな美春の横で楽しそうな高崎。

 

「旅行みたいで楽しみだね~」

 

「高崎くん。あなた補習がたくさんあるよね。先生として同行は許可できません」

 

「そんな~」

 

「さすがバカザキ」

 

 高崎を見ずに冷たく言い放つ麗奈。


 

 

 この周辺には合宿免許を実施している自動車学校がないため、少し離れたところまで行かなくてはならない。

 

 女性軍の意見により、温泉に近い自動車学校が選ばれた。

 

 しかし、宿泊費など部費で出るわけもなく、計画遂行は無理かと思われた。

 

「せっかく理事長に付き添い許可もらったのに」

 

 榊原先生ガックリ肩を落とす。

 

「宿泊場所なら心当たりがあるのだが」

 

「ナナちゃん、本当なのです?」

 

「あぁ、うちの別荘がこの近くにあるんだ」

 

「えっ? ナナちゃんってお金持ちの子なのです?」

 

「お金持ちかどうかは置いといて、その別荘使わせてもらえると先生助かります!」

 

「了解した。手配しておこう」

 

 二人合宿阻止同盟三人でハイタッチ。


「龍ちゃん。合宿免許って宿泊施設決まってるんじゃないの?」

 

「そう言えばそうだったな。となると俺と七海は二人で別の宿泊所だな」

 

「えっ、そうなの? ちょっと待っててねー!」

 

 榊原先生が猛ダッシュで校内へ走り出した。

 

 ほんのしばらくして猛ダッシュで帰ってくる。


「その自動車学校の経営者が、理事長の教え子だって聞いてたのよ。それで理事長に聞いてもらったら、指定の宿泊所じゃなくてもいいってことになりました!」

 

 榊原先生が息を切らせながら渾身のサムアップ。


 かくして、二輪車倶楽部夏合宿と言う名の旅行が決まったのである。

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