第七話・伏兵現る

「佐々川、具合はどうだ?」

 

 龍仁が入院してから一週間。みんなが入れ替わりで見舞いに来ている。

 

 その中でも麗奈、真由美、西園寺は、毎日病室に顔を出していた。

 

「おぅ、七海。具合はいいぞ。もう退院してもいいと思うんだが」

 

「点滴ぶら下げて言う台詞じゃないな。みんなはまだ来ていないのか」

 

「今日は七海が最初だな」

 

 二人の他愛もない会話で時間が流れていく。

 

 話が途切れたとき、西園寺が頬を赤くしながら下を向く。


「さ、佐々川、あのな、ふと思ったのだがな……」

 

 いま思ったように話し出したが、三日前に思いつき、毎日ちゃんと呼べるように練習し、昨夜ようやく決意したのである。

 

「その、なんと言うかだな……」

 

 指をモジモジし始める。

 

「よ、呼び方を変えてみようかと思ったり……思わなかったり……」

 

「どっちなんだよ」

 

 笑顔で返す龍仁。

 

「好きに呼んでくれていいぞ」

 

「そ、そうか! では……りゅ…………じん」

 

 練習の効果はなかったようだ。

 

「その呼び方はいままで無かったな」

 

「え?」

 

「仁か。そう呼ぶのは七海だけだな」

 

 龍仁に聞こえたのは「じん」だけだった。

 

「あ、そ、そうなのか。では今後は、じ、仁と呼ぶことにする」

 

 訂正しなかった。いや、したくなかった。「七海だけ」それが嬉しかったのだ。



 

「もうこんな時間か。長居して申し訳なかったな」

 

「いや、退屈してるから助かるわ」

 

「そうか。では、また明日」

 

「気を付けて帰れよ」

 

「ありがとう。安静にしてるんだぞ。仁」

 

 手を振りながら病室を後にする。


「わたしだけの呼び方……わたしだけの仁……」

 

 頬を赤くしながら、にやけてしまう。


「ナナちゃーん!」

 

 西園寺が振り向くと、麗奈と真由美がいた。

 

「七海ちゃんもいま来たとこ?」

 

「いや、もう帰るところだ」

 

「そうなんだ。じゃあ、また明日ね」

 

「ナナちゃんまたなのですー」

 

「あぁ、また明日」

 

 手を振る西園寺。

 

 真由美は、軽やかに遠ざかる西園寺の背中を見つめていた。その表情に感情はなかった。




 病室の扉を元気よく開ける麗奈。

 

「龍兄!」

 

「龍ちゃん元気?」

 

「おう!」

 

 飛びかかりそうな麗奈の服を、真由美が引っぱって止めている。

 

 二人はベッドの横に座ってから、百瀬先生に言われたことを龍仁に話す。


「部活か」

 

「うん。入るも入らないも自由だけど『せっかくの高校生活なんだ。何かやったらどうだ?』って」

 

「今ある部活に興味ないんだよな……。あっ」

 

 何かに気づいた龍仁。

 

「生徒手帳見せてくれ」

 

「はい、これ」

 

 パラパラと生徒手帳をめくり、お目当てのページを探す。

 

「あった。これだな」

 

 ニヤリとする龍仁。

 

「龍ちゃん、何があるの?」

 

「ちょっとな」

 

「隠し事はイケナイと麗奈は思うのです」

 

「そんなんじゃねえよ」

 

「じゃあ何?」

 

「もうちょっと考えさせてくれ。まとまったら話すよ」

 

「麗奈はスッキリしないのです」

 

「まとまったら聞かせてね」

 

「あぁ、みんなに聞いてもらいたい」

 

 そんな話をしていると、食事の時間になった。


「じゃあ麗奈たちは帰るのです」

 

「龍ちゃんまたね」

 

「おう。気をつけて帰れよ」

 

 何度もバイバイする麗奈を真由美が引きずって病室を出る。

 

「龍兄が何を企んでるのか気になるのです」

 

「何だろうね」

 

「変なこと考えてなきゃいいのです」

 

「きっと大丈夫よ」

 

 ああだこうだ言いながら帰路につく二人。


 そして一週間が過ぎ、龍仁が復活した。


 


「龍仁! 退院おめでとう!」

 

「おめでとう〜ささっち〜」

 

「退院おめでとぉ」

 

 通学路でみんなから挨拶される龍仁。

 

「ありがと! 心配かけて悪かったな」

 

「無事退院できて何よりだな」

 

 そこへ、西園寺が息を切らせて合流する。

 

「仁! 大丈夫か? ちゃんと歩けるか?」

 

「大丈夫。もうバッチリだ」

 

 南藤が不思議そうな顔をする。

 

「じ……ん?」

 

「何かぁ、呼び方が変わってるねぇ」

 

 南藤と美春は、西園寺が「仁」と呼ぶのを初めて聞いたのである。

 

「呼び方だけじゃないな。ほら、リボンの色」

 

 ずっと黒だったリボンがピンクに変わっていた。

 

「そっかそっかぁ」

 

 美春がニコニコする。

 

 麗奈は面白くない顔をする。

 

「いつの間に距離を縮めたのか、麗奈は問いつめたいのです」

 

「友達としての距離が縮まったんじゃないかな」

 

 それは違うと分かっていながら笑顔で答える真由美。素直になれない自分の心が嫌だった……。


 


 龍仁がクラスで質問攻めにされた午前が終わり、屋上でのランチタイムが始まる。


「みんなに一つ提案があるんだ」

 

「聞かせてもらおうか! 龍仁先生!」

 

「先生やめろって」

 

 龍仁が咳払いして本題に入る。

 

「百瀬先生から、部活入らないかって話があったんだろ?」

 

「そんなこと言ってたな」

 

「今ある部活に俺は興味がない。そこでだ、新しく作っちまおうと考えた」

 

 全員がキョトンとした顔をする。

 

「メンバーが五人以上で、何かしら目標を持って活動するとの条件で創設できると書いてある!」

 

 生徒手帳を開いて見せる。

 

「もちろん他に細かい決まり事はあるが、ハードルは高くない」

 

「そこで、麗奈は何をやるのか質問するのです」

 

 龍仁がニヤリと笑う。

 

「よくぞ聞いてくれた。俺が創設したいのは……」

 

 全員龍仁に注目。


「二輪車倶楽部だ!」


 沈黙のあと、美春が口を開く。

 

「それってぇ、何をするのかしらぁ」

 

「主にバイクについての活動を考えてるが、もちろん自転車でもいい。目標は、部活を通じての交流だ」

 

「もっとハッキリした目標ってないのか?」

 

「ある!」

 

「なになに〜」

 

 龍仁が立ち上がる。


「耐久レースへの参加だ!」


「おっ! 面白そうじゃないか」

 

「麗奈にはサッパリ分からないのです」

 

「わたしも良く分からないかな」

 

 麗奈と真由美がイマイチ乗り気じゃない中、西園寺が手を上げる。

 

「わたしは仁がやると言うなら参加するぞ!」

 

「何か楽しそうだな〜」

 

「いいんじゃないかなぁ。バイクに関係することならぁ、わたしも協力できそうだしねぇ」

 

 美春の父親はバイク店を経営している。

 

「そ、そうだな! ぜひお嬢には参加してもらいたいな」

 

 南藤はそのバイクショップで、修行がてらバイトをしているのである。


「ということで、良ければみんなに参加してもらいたい」

 

「俺はやるよ。お、お嬢もやるよな?」

 

「うん、参加するよぉ」

 

 南藤ガッツポーズ。

 

「仁に助けられたこの命、好きに使ってくれ!」

 

「いやいや、そんな大げさなことじゃないだろ。じゃあ七海も参加してくれるんだな?」

 

 西園寺が首を何度も縦に振る。

 

「龍兄のいるところ麗奈ありなのです」

 

 西園寺を睨みながら参加表明する麗奈。


「何ができるか分からないけど参加するね」

 

 真由美が笑顔で答える。


「僕も参加させて〜」

 

「チッ」

 

「麗奈ちゃんが怖い顔してる〜」


「みんな、ありがと! 今日の放課後にでも百瀬先生に伝えに行くよ」

 

 全員の拍手を持って、二輪車倶楽部の創設に向けて動き出すこととした。




 放課後の職員室に、龍仁を先頭に全員が押しかける。

 内容を一通り説明し、現時点で七名集まったことを伝える。


「そうか。悪くはないと思うが、生徒だけでは活動できんぞ?」

 

「藤田のおやっさんにアドバイザーを頼もうと思ってます。あとは、顧問の先生が必要なんですよね」

 

「藤田の家はバイク屋だったな。顧問はどうする気だ?」

 

「百瀬先生は無理ですか?」

 

「わたしを含めて、先生たちは何かしら顧問を持っている。新たな部活動を持てる人は居ないのではないかな」

 

「そうなんですか?」

 

 皆が困った表情になったところで声が上がる。

 

「はい! わたし空いております!」

 

 榊原先生が立ち上がり手を上げた。

 

「そうか。榊原先生は空いているな」

 

「ぜひ、わたしに顧問をやらせてください!」

 

「わたしが副顧問として補助すれば大丈夫か。分かった、その線で理事長にお伺いしてみよう」

 

 榊原先生が小さなガッツポーズ。

 

「これでようやく近づく名目ができた」

 

「何か言ったか?」

 

「いえ! なんでもありません!」

 

 榊原先生は満面の笑みで答えた。

 

「結果については明日中に伝える」

 

「よろしくお願いします!」

 

 全員で頭を下げる。




「何とかなりそうだな」

 

「みんな、俺のわがままに付き合ってくれて感謝! ありがとな」

 

「なんかぁ、楽しくなりそうだねぇ」

 

 何かが始まる期待に胸躍らせる龍仁たちであった。


 そんな彼らを職員室から見つめる榊原先生。

 

 ここに、龍仁に想いを寄せる女性がまた一人、その存在を現しつつあった。

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